■「貧困エリート」と「真の貧困当事者」

今日の夕方、以前当欄でもお知らせした「中学生ライフプランニング」というイベントがある(中学生ライフプランニング ~生活困窮エイジのための、新しい中学生支援)。

大阪市の「子ども自立アシスト事業」の流れで行なうイベントで、同事業は最近よく聞く生活困窮者自立支援事業の大阪市バージョンに含まれている。

引用記事にも書いたように、そんな流れのなかで、僕は「中学生」のあり方、あるいはミドルティーンのあり方についてこの頃よく考える。

そして、その子どもが属する家庭が貧困家庭だった場合に起こっている諸事態についても考える。

あるいは、なぜ僕が直接関節的に関わる子どもや親たちは、現在NPOが中心になって進める「学習支援」や「子ども食堂」とは無縁なのだろう、とも考える。

それらNPO関連の報告記事などを見ると、学習支援や子ども食堂は繁盛している。が、僕の知っている貧困家庭の子どもや虐待サバイバーの子ども(ミドルティーンやハイティーンたち)は、そうした学びや食事とは縁遠いところにいる。それらのサービスを知らないティーンたちもいるし、知っていても自分とは関係ないと前提化しているティーンたちもいる。

この頃の結論は、学習支援や子ども食堂利用者は「地域コミュニティ」の中にいるということだ。親がその地域の中に知り合いや友達がいて、その流れでそれらサービスを利用する。そんな親たちもかつて子どもだった頃はそのまた親世代よりそうしたサービス(というか人)を紹介され、いつのまにか友人や知人となっていった。

が、僕が支援で関わる親や子どもたちは、それら地域コミュニティをもたない。あるいはかつてはもっていたが、虐待やDV等の事件によりそこから離れている。

学校も、それら「見えない孤立」の中にいる世帯を把握しきれない。NPOも、地域コミュニティの中にいる人々の利用が盛んなだけに忙しく、「真の貧困当事者」といっていいそれらの人々にまで想像力が及ばない。

貧困関連のサービスをめぐって、地域コミュニティをもつある意味「貧困エリート」な人々と、コミュニティから孤立する「真の貧困当事者」の二種類があり、後者が潜在化しているというのが現在の状況のように思われる。

■「訪問者」

萩尾望都の名作「訪問者」のラストで、主人公のオスカーは義父に捨てられギムナジウムに預けられた日に、「僕は、家の中の子どもになりたかったのだ」と泣く。オスカーの義父は、オスカーの母を射殺しており、オスカーはその事実を間接的に知っている。その後、義父とオスカーは1年間の放浪の旅に出る。

旅を終了させ、義父はオスカーをギムナジウムに預け旅立つ。そんな義父を、子どものオスカー(その数年後にあの『トーマの心臓』の出来事が起こる)は明確に「愛している」。

そう、子どもとはそんなものだ。この「子ども」は、上限が14~15才頃ではないかと僕は推測する。どんな親ではあっても、子は親を「愛する」。換言すると、その「アタッチメント(くっつき)」をいつも欲望する。換言すると、子はミドルティーンあたりまでは親の支配下にある。

この、支配されながらもアタッチメントを求め(実は10代になってからではアタッチメントは間に合わない)愛する、これが「子ども」の定義だと僕は思っている。

その「終わりの始まり」がミドルティーン、つまり中学生であり、反抗期の始まりであり中二病突入の時期となる。

それでも、その頃までは子は親を求める。「あなたの家の中の子どもになりたい」と願う。たとえ親が虐待したとしても(そのほとんどは言葉の暴力と無視や放棄)、家の中に黙って潜んでいる。

そうして潜んでいるうちに、客観的に見ると、「真の貧困当事者の子ども」となっていく。

この場合、潜在化を子どもたちは主体的に選んでいるのだろうか。

■戦略的ライフプランニング

このように、経済的下流層のなかでも現代の子どもたちのライフは多種多様だ。

その子らが中学を終え(不登校でも卒業する)次の選択をする時、目先の「高校をどこにするか」という視点が現在ではすべてだ。そして、上のような真の貧困当事者になると、どこの高校にも行かないままひきこもることが多い。

僕はこれまでこうした事態を時々耳にして、「では可能な高校はどこだろう」という発想をしてきた。今はひきこもっているが、行くことが可能な高校はあるのだろうかと。

そして、通信制高校等の情報を求め、それを出会った保護者には伝えるようにしていた。

だが、こうした「短期キャリア型」ともいえる目先の高校探しに終止する中学生支援では、上に書いたような潜在化する真の貧困の子どもたちに届くことはできない。また仮に届いても継続的支援は難しいことから、すぐにそれら高校には行けなくなりひきこもっていく。

おそらく、目先の高校選択ではなく、その子の長い90年程度の人生全般をみた選択が必要なのだ。

いわゆる「戦略的」に、その子の「情報」を集め、「アセスメント」し、長期「目標」をたてその下に短期「目標」をぶら下げ、短期目標に従って具体的「アクションプラン」をひねり出す。

こうした戦略的ライフプランニングの中のアクションプランのひとつとして、「進路」がある。

現在はひきこもりではあるが、戦略的にライフプランニングして長期目標をたとえば「なんらかの就労を行ない(それは障害者枠かもしれない)親から独立する」であれば、それが可能な短期目標をたて、その下に具体的アクションプランをぶらさげる。

その結果、中学後が全然違うものになるかもしれない。目先の「行きやすい高校」、たとえばほとんどスクーリングがなくネット授業だけで単位を取得し事実上ひきこもりを延長させてしまう高校は、選択から排除されることもあるだろう。

■「家の中」の思い出は苦く甘く

「高校くらいは」という、目先の、行き当たりばったりの短期的視点の外に出るということだ。長期的視野に立ち、長期目標を定めてそこから具体的アクションプランをたてる。これを、中学生の時代から始めることにより、親の「家の中」から出ていくことになる。

その「家の中」の思い出は苦く甘く、オスカーの涙に見られるように、その思い出がどんなに単独的で時として残酷なものではあっても(トラウマであっても)、子はその思い出がある種の「人生の土台」になっている。

その土台の上に築く建物は、現在のように行き当たりばったりも悪くはないものの、その境遇が困難であればあるほど(生活が困窮していればしているほど)、長期的視野に立ったプランニングがあってもいいように思う。