中学生ライフプランニング ~生活困窮エイジのための、新しい中学生支援

■日本社会はずいぶん階層化してしまった

僕はこの4年、「高校生サバイバー」と題するフォーラムを、大阪府事業等のなかで開催してきた(どならない、高校生カフェ~「高校生サバイバー」3)。

高校の中に「居場所/サードプレイス」をつくって高校生への文化提供とソーシャルワークを行なう事業の報告イベントである同フォーラムは、初回は在阪テレビニュースが取材に終結するなど、大きな手応えを感じてきた。

その高校生居場所カフェの元祖である西成高校となりカフェも今年は自主事業となり、当欄でも「モーニングとなりカフェ」の様子と意味について報告するなど、さらに充実している。

西成高校でとなりカフェを開始してもう6年になる。

この間、日本社会はずいぶん階層化してしまった。ただ、階層化(「階級」化というには、下流層がまだ層全体で世代代わりしていないため少し早い)という現象は、「スモールサークル化」でもあり、自分の階層以外の社会文化が見えにくくなるということでもある。

下流層は下流層の文化、中流層は中流層の文化内で価値と情報が共有される。

下流層から見ると、中流層の思春期の苦悩(『ライ麦畑でつかまえて』サリンジャー的な自意識の問題や、リストカット現象のようなコミュニケーションの問題)はイマイチピンとこない。

中流層から見ると、下流層の貧困や虐待の問題は、想像はできるが実感できない。

それぞれのタコツボの中で苦悩する。これが、階層社会における若者の10代の状況だ。

■下流層の一部の家庭では深刻な問題

ただ、となりカフェを開始して6年、高校生へのアプローチに社会はようやく目覚め始めてきているように僕には思われる。

先進的な大阪では、すでに10校程度「高校内居場所カフェ」(校内にサードプレイスを形成し、文化を提供しソーシャルワークを展開する)が設置されてきたが、これに加えて、神奈川県では県立田奈高校「ぴっかりカフェ」(神奈川県立田奈高校 ぴっかりカフェ)をはじめとして、10校ほど高校内居場所カフェが開始されているという。

最近、支援スーパーバイズのためにいろいろな県に呼ばれる僕からすると、たとえば札幌や仙台や静岡などに高校内居場所カフェを設置する動きが出ていることを知っている。

高校は、やっとここまできた。

ただ、アルバイトもなんとか許可される高校生と違い、その下の中学生はさらなる狭間の時空で生活している。

また、高校生よりはまだ子どもであり、まだまだ保護者の影響下にある。

この保護者が中流階層が絶対的多数であった時代はそれほどともに生活する中学生の子どもたちに影響はなかったが(不登校や「中二病」への理解不足程度)、下流層が4割を占める社会に移行したここ数年は、下流層の一部の家庭では深刻な問題が起きている。

■都市部で広範囲に現在広がっている

もろ児童虐待の場合は、児童相談所をはじめとした行政が動けるが、事態の中核はもっと微妙であり、それが広範囲に広がっていると僕は想像する。

それは、大阪市福祉局が行なう「子ども自立アシスト事業」(生活困窮者自立支援事業)のスーパーバイズを行なっていても僕が感じることだ。

「生活困窮」と称される、相対的貧困の手前にある状態の世帯の中学生を支援する同事業では、「複合的貧困問題に苦しむ保護者が切り盛りする家庭の中で育っている」というその事実ゆえにふりまわされる中学生たちと出会う。

40代前半の保護者も諸事情でマイノリティであり、その保護者(子どもからみて祖父祖母世代)からの虐待被害者であるとともに、その被害故に陥った軽度知的障害等を背景にして、その子(中学生)をネグレクトしたり言葉の暴力を行なったりする。

ここでのネグレクト(育児放棄)や言葉の暴力(心理的虐待)は、身体/性的虐待に比べて見えにくく、統計にあるよりははるかに広く行われていると僕は推測する(性的虐待も身体的虐待に収斂される見えにくさがあるが)。

親たちも被害者であり、まだ声をあげることのできない中学生(以下の子どもたち)も絶対的被害者だ。こうした構造は、虐待事件が起きたレアな家庭だけの話ではなく、都市部で広範囲に現在広がっている。

児童相談所や基礎自治体の家庭児童相談室、または社会福祉法人や特定非営利活動法人は情報を共有しているものの、後者の民間団体は力量不足であることが多く、前者の行政は担当者一人が50世帯以上担当していることも珍しくはない。

■中学生なりにできる「ライフプランニング」

日本に不登校問題が顕在化した20年前から僕は10代支援を行っているが、90年代までは「自己決定」等のある意味「思想的」問題を中心に議論していればよかった。「リストカット」などの心理的問題もそこに含まれるだろう。

それは今から考えれば、総中流社会の時代の課題だったのだと思う。

冒頭に書いたように社会が階層化した今、それら中流階層の問題だけでは10代は救えない。

階層社会の問題とは、まずは、大人の経済問題であり家庭問題だ。子どもたちはそこに巻き込まれている。

大人への入り口が見え始めている高校性の問題とは別に、貧困層大人たちにとっては子どもにすぎない中学生の「被害」は潜在化させられ、大人たち(彼女ら彼らも虐待被害者ではあるが)にいいように使われている。

ここ、今の10代前半に焦点を当てるときがやっとやってきた。それは、抽象的「自己決定」的議論を超えた、現実的で「キャリア」的で、ある意味「経営的」なドライさの意味を含む「ライフプランニング」という言葉を僕(たち)はシェアしたいと思う。

90年代的自己決定論ではない、中学生なりにできる「ライフプランニング」を提供していく時が来た。

その手始めに、以下のようなイベントを開催してみます。元・大阪市西成区区長や、スクールソーシャルワーク研究者が登壇します。

「中学生ライフプランニング」フォーラムのチラシ
「中学生ライフプランニング」フォーラムのチラシ
その裏。なかなか気合入っている。事例発表もあります。
その裏。なかなか気合入っている。事例発表もあります。