「ポスト・ポリティカルコレクトネス」〜トランプでも、ひきこもりでも、NPOでもなく

■「ポリティカル・コレクトネス」に疲れている

トランプ大統領の支持率は週ごとに落ちているようだが、トランプ氏自身の「暴言」はとまらない。

今朝(2月21日)のニュースでは、スウェーデンでテロがあったかもしれないという「フェイク・ニュース」を発信しているようだ(「スウェーデンでテロ」、トランプ氏発言が波紋呼ぶ)。

メディアの「フェイク」ぶりを批判しつつ、自らも平気でフェイクする、このゴリ押しぶりは、下がり続ける支持率とはいえそのコアな支持層は一定数よりは減らないという確信があるからなのだろう。

この確信は、アメリカ市民の半数は「ポリティカル・コレクトネス」に疲れているという確信でもある。

ポリコレについては当欄でも度々してきたが(たとえばこれ→「PC」はパソコンではない~西宮市長とトランプ)、ポリコレの中心であるマスメディアの人々におそらく自覚がないせいか、トランプが支持されてしまった重要性になかなか気づけない。

かくいう僕も「変だぞ」とは思いながら、なかなかわからなかった。

が、トランプという超ポピュリズムに大揺れしてしまったそもそもの原因、「マイノリティへの過剰な擁護への反発」、特にマジョリティ(多数派)内少数派の人々(アメリカであれば貧困白人層)が抱くルサンチマン的憎悪は、2017年のアメリカだけではなく、日本にも十分当てはまる構図だと僕は思っている。

■ひきこもりはトランプを支持するか

日本にもしもトランプが現れるとすれば、ひきこもりの若者が支持するように思える。

ひきこもりは中流階層の問題であり(下流階層では経済・家族構成的事情からひきこもれない)、中流層はこの10年で細くなったとはいえ、全体の4割を占める。2割と言われる上流層も含めるとまだそれらはマジョリティである。

マジョリティではあるものの、ひきこもり(ニートも)の中には経済的には貧困ではないものの、親が高齢化しやがては死んでいくその先を考えると(親の貯金を使い果たした先)、そこには生活保護受給という事実が待っている。

まあ、以前も書いたとおり(高齢ひきこもりは「高齢者の海」に溶けていく)、その事態はそれほど悲観するものでもなく、そこそこの「スモール・ハピネス」が待っているのではあるが、現在ひきこもりまっただなかの若者からすれば、その将来は悲観そのものだ。

だからその悲観は怒りに転嫁し、現在社会的に守られているマイノリティへと向けられる。

ひきこもりの中心はもう40才前後になってしまった団塊ジュニアだが、彼らが好んで使う「2ちゃんねる」には、既存マイノリティ(女性等)への皮肉や攻撃が満ちている(若者の保守化という傾向も、この点から見る必要がある。ある意味、社会の少数派となった若者全般も、トランプ支持者になりえるということだ)。

2ちゃんねらーは単なる差別主義者ばかりではなく、ヒューマニスティックな保守主義者も多いと僕は思っているが、既存マイノリティへの機械的で過剰な擁護には反吐を吐く。

その反吐はこれまで、単なるルサンチマンやコンプレックスなどで片付けられてきたが、トランプ出現とともに、機械的で過剰なマイノリティ擁護に対して辟易としているのは何もひきこもりや2ちゃんねらーだけではなく、マジョリティの中のマイノリティといえる貧困白人層も含む世界的現象であることがわかりはじめた。

■本当の「ポスト・ポリティカルコレクトネス」

このことを、マイノリティの人々、あるいはマイノリティを「代弁する人々」は、これからは常に意識する必要がある。

メディア/ジャーナリズムは、トランプをポピュリストと片付けることなく、その背景にいる多くのマジョリティ内マイノリティの存在(貧困白人層や中流ひきこもり層)を意識して記事を書き番組をつくる時代となった。

それらを単に「ネットが荒れる」等で茶化していては、現代が理解できない。

また、マイノリティ(被差別者)の苦しみはあらゆる社会にまだ残ると僕は確信しているが、トランプ的言説というかノリでは、そうした苦しみさえ「フェイク」として片付けられてしまう。

その「フェイク化」の一刀両断ぶりが、トランプ支持者、言い換えると体制内少数派である貧困白人層やひきこもり層(あるいは若者層)にはこたえられない。トランプの断言が、気持ちいいのだ。

だから、現代のポリティカル・コレクトネスを社会運動として担うNPOたちも、こうしたメカニズムを意識する必要がある。

ソーシャルセクターに関するさまざま賞を設定したり海外に視察したりするのもいいが、以上のように体制内少数派を大々的に取り込みながら、従来のマイノリティ運動を問いつつ自らの主張を達成させるトランプ・ムーブメントを「ポスト・ポリティカルコレクトネス」としてしまっては、現在も差別に苦しんでいるマイノリティの人々と、これまでマイノリティ運動に命を捧げてきた(文字とおり死んでいった人々は世界中にいる)人々に申し訳ない。

トランプとその支持者の出現(日本では広義の若者)は、だからこそ、現代のマイノリティ運動を考えさせてくれる好機だと僕は思う。つまり、本当の「ポスト・ポリティカルコレクトネス」を提起する時期が来ている。★