東日本大震災から遠く離れて〜休眠預金活用法が可決〜

■休眠預金活用法が可決

休眠預金活用法、これまで休眠口座法案と称されてきた法案が12月2日に参議院で可決され、成立した。有力NPOを中心にこれまでも「アドボカシー」(支援を受ける当事者たちに代わっての代弁・広報・ロビイング活動)を続けてきた結果だけに、「ソーシャルセクター」(下記参照)としては念願の法案だが、さっそく識者からは法案により回収される膨大な資金(数百億円)の運用に関して心配の声、というか疑念が湧き上がっている。

その代表は、可決前の記事ではあるがいちはやく事の問題性を見抜いていた山本一郎氏によるこの記事だろう(NPO界隈「税金つかみ取り」休眠口座法案が通りそうな件で)。

氏は、資金の回収・運用に関する大雑把さや、税での補填の懸念、運用先NPOの分野の偏り等をあげ、休眠口座の丁寧な活用を願う。

僕もまったくの同意見だが、僕は長らくNPO側として子ども若者支援にかかわってきた立場から、山本氏とは少し違った意味での、「NPOやソーシャルセクターの未熟さ」について自己言及してしまうのだ。

つまり、我々ソーシャルセクター側に、休眠口座といった大切なおカネを活用できるほどの技量や体力があるのか、という根本的な問題だ。

■「社会貢献」ブーム

東日本大震災以来、「社会貢献」ブームがにわかに沸き起こり、たとえば僕の関係する子ども若者支援分野でもNPOたちがそれに押し寄せた。

かくいう僕もそのブームに乗り、それまで10年経営してきたNPOを去って、現在の小さな社団法人をつくり、大阪市南部での子ども若者貧困支援を始めた。

そのこと自体はよかった。が、この頃思うのは、そうした社会貢献がもつ負の側面に対してもしっかりと言語化すべきなのではないかということだ。

特定非営利活動法人、一般社団法人、社会福祉法人、社会貢献を意識する株式会社等、さまざまな法人形態をまとめて「ソーシャルセクター」と僕は呼んでいるが、東日本大震災以降、これらソーシャルセクターは一丸となって日本の新しいかたちをつくるべく努力してきたと思う。

が、東日本大震災からまだ6年程度だが、日本社会の雰囲気はずいぶん変わってしまった。

活躍するNPOたちは今日も「希望」を語り、いろいろな事業を提案し、クラウドファンディングの新しいかたちを考え、いくつかの賞を設定して内輪で盛り上がる。

そうしたニュースだけを見ていると、いかにもまだソーシャルセクターブームは続いているように勘違いしてしまうが、なんとなく風向きは変わっている。

そう、最近の福島県被災子どもに対するいじめ事件にみられるように、単純に「日本がんばろう」だけではおさまりきらなくなっている。人間の醜いあり方、いいかえるとすこぶる人間らしいあり方が、やっとというかついに今年になって現れたように思える。

人々は、社会貢献的NPOの提案に乗りながらも、その未熟さに気づき、それをうさんくさいと思うようになり、困っている人に対する支援に対してとりあえず疑うようになったあるいはまずはためらうようになったと僕には思えるのだ。

■「支援してください」は胡散臭い

無邪気に「私達NPOを支援してください」は胡散臭い。その「もらって当たり前」感が僕には気持ち悪い。

そうではなく、社会が隠蔽している問題、あるいは必要だろうとコンセンサスをえられるだろうがなかなか言語化しにくい問題を愚直に追求する事業しか、2016年以降は生き残れないような気がする。

生き残れるような事例としては、たとえば、

NPO法人育て上げネットの「少年院から退院した子どもたちが安心して再チャレンジできるよう『みんなで』支えたい」事業がある(少年院から退院した子どもたちが安心して再チャレンジできるよう「みんなで」支えたい)。

あるいは手前味噌であるが、11月からやっと今年も大阪府事業になった高校生居場所カフェ事業がある(高校生居場所カフェプロジェクト)。

ほかにもたくさんあるだろうが、これらは、具体的事業を通して社会に訴える。これまでは潜在化してきた(社会的に忘れられる存在になった)少年院や困難高校を体験したハイティーンたちに焦点を当て、そうした若者たちが再チャレンジできる社会こそが豊かな社会であると具体的に示す。

このような超具体性があって初めて、人々の関心を(少しだけ)呼び寄せることができる。

それだけ「社会貢献」に対して社会はシビアになってきたと僕は思う。

■evvnementは遠く去り

僕も知り合いのNPOが福島におり、ずっと応援している。が、東日本大震災は遠くに去ってしまった。

東日本大震災という「出来事 evvnement(アクサン略)」は遠くに去り、やっと日常が帰ってきた。だからこそソーシャルセクターは、具体的で現実的できちんと報告ができる事業の考案と実施が求められている。

お涙頂戴な事業立案と寄付要望の時代は去ったのだ。大風呂敷なミッションではなく、現実的かつ人々の心をつかむミッションを真剣に提示し、数年ごとの画期的な戦略を立案し、財務・人事戦略を考案し、事業ごとの戦略を練る時期がやっとやってきた。

以上の理由で、ソーシャルセクターは転換期にあると思っている。転換期でありまだまだ黎明期であるソーシャルセクターが、休眠預金などという国民のおカネを公正に使うことができるのだろうか。

冒頭の山本氏と同じく、いや僕としては「内部」にいるからこそさらに不安も大きいのだが、これはいわばソーシャルセクターが黎明期を脱出するチャンスでもある。

事業内容や財務事務等を大企業並みの水準に押し上げるチャンスと訓練の場を、「法」が準備してくれたとポジティブに解釈したい。

いずれにしろ、東日本大震災から我々は遠く離れ、より現実に密着した堅実で誠実で、当然そこには気の利いたユーモアも漂うような社会づくりが求められている。★