「選挙に行こう」はなぜ若者に届かないのか

■不思議な日常

参院選は与党大勝で改憲勢力まで入れると2/3にまでいってしまったが、民主党も3年前よりは微増したりそこそこ検討したため、与党圧勝なのだがなんとなく敗者がいないような不思議な結果となってしまった。

改憲を警戒する人たちは、改憲勢力が2/3になりピリピリしているのかもしれないものの、月曜日になっても火曜日になっても当たり前だがすぐに改憲されるわけなく日常は過ぎている。

昨年のアンポ騒動の時も同じだった。その時は大騒ぎになっても、実際ヤマ場を超えたあとは日常が続く。すぐには何も変わらない。アンポでは今頃スーダン云々と言われているものの、人々の関心は今週や来週は「都知事選」になるだろう。ここに来て鳥越俊太郎の名が出てきているのだから自ずとそうなる。

だから今回の選挙結果が実生活に響きだすのはまだまだ先の話だろう。その頃は何が話題になっているのかはわからないものの、日本人特有の「つぎつぎとなりゆくいきほい」(丸山真男)現象は、何も戦争末期の非日常時だけではなく、日常から発動されている。

つぎつぎと出来事は現れ、その都度なにごとかが成り立ち、勢いのまま流れていく、この我々の特徴がこの先10年、さらにどうなっていくのだろうか。

■「選挙に行こう」と呼びかけられない理由

今回の選挙から18才19才も選挙権をもち、いつも以上に若者に向けた「選挙に行こう」という呼びかけが行なわれた気もする。

僕などは、18〜20才の3学年合わせても360万人しかおらずただでさえ「若者」は投票に行かないのだから(18才は51%だったそう。ただし19才は39%と、通常の20代前半の投票率に近づく)、若者に期待するのは酷だ。

そんな酷な期待を投げかけるよりも、まだ高齢者とは言い切れない「団塊の世代」800万人(67〜69才の3学年)の少しでも子ども若者のことを思って(次世代と次世代が築く社会のことを思って)投票してくれないか、と書いた(67~69才団塊世代800万人の何割かが、18~20才360万人のことを思って投票すればいいのに)。

僕は「選挙に行こう」とは呼びかけることはできなかった。それは、上に書いたことも含めて、以下のような理由からだ。箇条書してみる。

1.人口が少ない若者に対して「選挙に行こう」は酷

2.成長過程にある若者(社会に反抗、虚しい、逃げるが「若者」の定義)に対して「選挙に行こう」は若者をわかってない

3.「選挙に行こう」と呼びかける人はミドルクラスの人で、呼びかけられる(主としてアンダークラスの)人は特有のコンプレックス(自分には選挙は関係ない)とルサンチマン(選挙に行かないほうが正しい)を抱く。

4.「選挙に行こう」と呼びかける人は全員に呼びかけているようで、呼びかけが届く人(「ミドルミドル」から上の社会階層)にしか呼びかけていない(たとえば英語のチラシが読めない若者もいる)。

5.「選挙に行こう」と呼びかけられる若者たちの何割かは、自分たちのスモールサークルの中に引きこもっており、その中のよろこび(趣味)のほうを優先する。

6.選挙という民主主義システムは「永久革命」(丸山真男)を象徴しており、そもそもシステムが常に未完成であり、その象徴が「若者の不在」である。

■若者の自分は選挙に行くが、選挙に行かない君は同じ若者として恥ずかしくないのか

等々が考えられるが、ほかにいくらでも並べることはできるだろう。

僕が思うには、毎度毎度「選挙に行こう」と語りかけ、それでも50%程度しか行かない(20代前半は30%台)のであれば、もうそんな語りかけはやめることだ。

語りかけてもなお行かない、そのこと自体が、我々のタテマエ社会においては負の材料となる。

あれだけ呼びかけ、予算をかけて広報したのに、なぜ君たちは行かない? 君たちは社会のことをどう思っている? 社会の一員として責任を果たしていると言えるか?

等の、自分たちが20代だった頃は選挙に行かなかったことは棚に上げて(事実、僕も初めて選挙に行ったのは28才時です)、すでに若者ではない人々が若者を責める格好の題材となってしまう。

また僕が怖いのは、主として「選挙に行く」ミドルミドル以上の若者と、「選挙に行かない」アンダーミドル〜アンダークラスの若者との世代内断絶だ。

少数の若者同士、本来は仲良くしたほうが社会構成上は有利なはずなのに、少数階層同士で対立してしまう。

若者の自分は選挙に行くが、選挙に行かない君は同じ若者として恥ずかしくないのか。そんな対立だけは表面化しないでほしい。

そんな悪い予感も含めて、そろそろ若者に対して過剰に「選挙に行こう」と呼びかけるのはやめることを提案する。

それよりも、少し元気なシルバーたちが、次世代のことを考えて(自分の健康のことも考えつつも)行動してみてはどうだろう。

「少数の若者のために多数のシルバーが動こう!」ということです。★