仕事は「気持ちいい」〜長時間労働の謎

■2大原因

日本は相変わらず長時間労働のようだ。

そのことが、結果として女性が社会に入ることを阻む。女性の社会参加の不完全性は、女性の労働力化を阻み、一部エリートと、シングルマザーに代表されるアンダークラス化の二極化となっている。

二極化は結果として、税や社会保障の負担者という点では劣ることになる。

労働人口の補完勢力としてはほかに「若者」「高齢者」があるものの、ニート若者の労働者化は異常に時間がかかり(数年は当たり前)、高齢者は税負担者としては期待できるものの社会保険(年金)負担者としてはターゲット外だ。

労働のモチベーションと能力という点では女性が最も有望である。

だから、女性が働きやすい社会をつくることが求められているが、それを日本の長時間労働社会が阻んででいる。

その構造はたとえばこの記事女性活躍とは「女を男にして働かせること」ではないなどを参照にしてほしいが、要するに、長時間労働のせいで育児と両立できないということだ。

■生真面目社会

ではなぜ日本社会は長時間労働になってしまうのか。

それは、現象的には以下の点が考えられる。

1.長時間労働になってしまう強迫/生真面目社会

日本の仕事は、マネジメントがあまり機能しないため(責任不在・転勤の多さ等理由は複雑)、よく言われることだが「現場」が支えている。このことを各現場も誇りに思っている。これを、日本人の国民性かもしれない「生真面目さ」が支える。

生真面目さは言い換えると、強迫的、潔癖主義的でもある。完全主義的といってもいいかもしれない。マネジメントが機能していないから仕方がないのかもしれないが、自分たちが現場を支えるという責任感の強さが完全主義を呼び、すべての仕事を完ぺきにチェックしていくために仕事の時間が長くなってくる。

2.未熟な会議〜司会と構成

会議の長さはよく言われることではあるが、この中身を見ていくと、進行役の力のなさと、構成の中途半端さがあげられる。一例では、僕がスーパーバイズする「青少年支援」の各現場では、たいていは司会と構成が弱い。ケースカンファレンスひとつとっても、「情報」「アセスメント」「目標」「アクションプラン」の戦略的な構成をとる会議があまりない。

だらだらと時間ばかりがすぎる会議が、1週間の中で妙に多くなる。

3.決定の多重性と遅延

組織に、何重もの確認段階がある。ちなみにアメリカCIAの「組織を破壊するポイント」資料では、組織内にあえて確認段階を増やすことが組織を機能させなくさせるためのコツだと言われ、日本はCIAの介入なくともチェックポイントを多くしている。

これが結果として、決定の遅延を招く。

4.書類(形式)至上主義

役所に代表される、細かい書類形式の徹底。これもCIAは苦労して導入するそうだが、日本の現場は最初からこうなっている。

形式を重視すると、書類作成に異常に時間がかかる。

5.確認至上主義/不要なホウレンソウ

これは1.の言い換えでもある。特に、ホウレンソウ至上主義は改革できると僕は思っている。すべてに時間を要する。

■快への欲望

こうした点を、ヒトのもっと深いレベルにあるものが支える。

それは、「快感という欲望」だ。

仕事は、過労死の報道などでとにかく過酷なものだと捉えられがちだが、基本的に人々、あるいは男性中心社会における男たちは、「快」として楽しんでいると僕は読んでいる。

仕事は、多くの男達にとって快感なのだ。

仕事は、そこそこスリリングで、そこそこ責任がかかり、そこそこチーム感を味わえ、そこそこ飲んで騒げる。

そして何よりも、実は楽しいのに立派なことをしていると言い訳できる。

育児もやってみると快感ではある。乳幼児とのコミュニケーションはたいへんではあるけれども、やりがいと快感はある(僕自身、育児をやってみてそれは感じる)。

が、それよりも「仕事」のほうが、多くの男たちにとっては快感なのではないだろうか。

だからこそ、男ジェンダーは仕事を手放さない。日本社会のこれから、男性自身の生き方、すべてをトータルすると仕事はどんどん手放して女性とシェアしたほうが理にかなっている。

が、男たちは仕事を手放さない。

それはつまりは、「仕事が気持ちいい」からではないか。★