「高校生サバイバー」が日本を背負う~「居場所」「学習」「子ども食堂」

■高校生サバイバー~学校と若者をつなぐ新しいカタチ

11/13(金)、大阪府が事業委託する8つのNPOが中心となって「高校生サバイバー~学校と若者をつなぐ新しいカタチ」という無料イベントを開催する(高校内における居場所のプラットフォーム化事業フォーラムを開催!)。

府内21高校で展開する「高校内における居場所のプラットフォーム化事業」を、多角的に府民・市民に説明するためのイベントで、昨年も同じ名称で行なわれた。

昨年は関西メディアには大注目され、在阪テレビ局や新聞社が会場の一角にズラリとそろった姿は圧巻だった。その光景にイベント慣れした僕も感動させられ、思わず当欄でも紹介している(「高校生サバイバー」とは何か~フォーラムに関西メディアが集結)。

去年は8校展開だったものが今年は21校まで拡大した背景には、大阪での高校生の状況(不登校数全国1位)や、大阪をはじめとした大都市での「階層社会」化に伴う貧困層の増大(全国で相対的貧困者2,000万人、非正規雇用4割、貧困の子どもが6人に1人等)があげられるだろう。

「困難校」という表現を教育関係者は避けるが、これは、ダメな学校という意味ではもちろんなく、主として経済的理由から生きづらさを抱えた子どもたちが入学する率が高い学校という意味では、的を得た表現だと思う。

誤解を与えるため僕もなるべくその表現は避けているものの、貧困で生きづらい子どもたちは6人に1人いるのだから、その事実に目を背けては「教育」とは言えないだろう。

相対的貧困とは、アフリカ・サハラ以南の子どもたちに代表される絶対的貧困とは違ってひと目でわからない貧困ではあるが、そうした「困難校」においては、ネグレクト虐待や経済的虐待により衣食が与えられない子どももが普通に存在する。

また、ステップファミリー(再婚者同士が互いの子どもをつれて形成する家族形態で、当然大家族になる)状況に突然巻き込まれるハイティーンの女性からすれば、突然やってくる義父や義理の男性きょうだいを受け入れることは難しい。

実際に性的虐待もそこには潜むため、家に帰れず町を徘徊したり友達宅を泊まり歩く。つまりは、相対的貧困が生み出す家庭状況は、衣食住の「住」もハイティーンから奪う。

■その存在を気にしながらも、対応する時間がない

ここに、子どもたちが背負う「発達障がい(特に、児童虐待を原因とする『第四の発達障がい』)」やPTSD(心的外傷後ストレス障害~これも児童虐待を起因として一生抱える病だ)の問題が重なり、貧困層のハイティーンの支援は様々な角度から構築する必要がある。

が、現実は、学校には、つまり教師集団には、そうした余裕はない。よく言われることではあるが、教師はいくつもの仕事を多重に背負わされている(生徒対応だけでも、1.授業、2.生徒支援、3.生徒指導、4.進路指導、それらに付随する、5.資料作りや6.クラスマネジメント等がある。一国一城の主の教師は基本これをすべてひとりでこなすが、これは「クラスマネジメント」にしかすぎず、それ以外も、いくつもの教員間の会議や調整〈クラスマネージャー同士の調整〉、イベント担当、上司〈校長や教頭〉との種々の調整、それらにすべて伴う資料作り、また、外部機関との調整や各種研修などもある。これらがマネジメントとしてあまり整理されず、すべて同時進行にごちゃごちゃに進む)。

それら「塊」のような日常業務に加え、「不登校」「非行」「障がい」状態にある生徒たちの対応もこなしていく。

このような業務をひとりで抱え込んでいると、当然、クラスで「見えにくい」生徒、つまり何かの悩みや課題(家庭の経済状況が反映する)を抱えている生徒がいたとしても、その存在に気になりながらも、対応する時間がない。

そして毎年、「中退」していく生徒が多く生み出されていく。

■「一億総中流社会」から、「階層社会」へ

こうした状況をフォローするためには、外部機関との協力が必要になる。ということがずいぶん前から教育現場では語られてきたようだが、なかなか実行に移されることはなかった。

やはり、一国一城の主である教師という誇りは高く、その誇りと実働により多くの問題が解決されてきたことも事実だからだ。

が、それは、「一億総中流」時代の話である、おそらく。

今の「階層社会」(おおまかに言って、『21世紀の資本』著者のピケティは、日本やヨーロッパは、アンダークラス4~5割、ミドルクラス4~5割、アッパークラス1割だと指摘する)が学校現場に与える甚大な影響は、ひとりの教師が幾重にも重なった問題を剥ぎ取り抱え解決することをできなくした。

児童相談所や児童精神医療センターのような公的機関の協力はもちろん、どうしても、子ども若者支援NPOやSSW(スクール・ソーシャルワーカー)の力を借りざるを得なくなっている。

そのことを認め、行政として推進しているのが、冒頭に書いた「高校内における居場所のプラットフォーム化事業」ということになる。

■居場所、学習、食堂

僕もNPO内で長らく「居場所」活動を行なってきたが、階層社会化の固定にともない、通常の「居場所(人々が集い自由な活動を行なうサードプレイス~ファーストは家庭、セカンドは職場)」支援とは、別に、「学習」支援や「食事」支援が拡大してきたと感じる。

学習支援は、生活困窮者自立支援制度のなかに組み込まれ(生活困窮者自立支援制度では次のような支援を行います)、社会福祉協議会等が事業受託して全国で展開されている。

僕が委託事業で関わる大阪市の住吉区などでも社会福祉協議会による学習支援が行なわれ(これは住吉区単独予算)、学習ニーズを媒介としつつ、同時に大学生スタッフたちによる「居場所」的かかわりが展開されている。

食事支援のほうは僕は公的支援については不勉強であまり知らないが、たとえばこの大阪(CPAO食堂)や、石巻(県内初の「子ども食堂」 食事で居場所づくり  石巻日々新聞)での取り組みは画期的だ。

これら「子ども食堂」の動きは決してレアなものではなく、各地で急展開されている印象を抱く。

これと連動するかたちで、「高校内における居場所のプラットフォーム化事業」では、高校の中に「居場所」をつくる。

以上のような、居場所、学習、食堂が、これからの階層社会での3大子ども若者支援になると僕は予想する。

これらの第三者機関が中心となった支援を通して、1人でも多くの「高校生サバイバー」(高校まで子ども時代をサバイブし乗り切り、潜在化することなく社会人となる)を生み出していくことこそが、21世紀ニホンの基礎になっていくと僕は思う。★