おとうさん、高田純次を真似しましょう!!~40才でもひきこもりは続く

■200万PV(ページビュー)!!

前回の当欄の記事は(おかあさん、90才まで生きましょう!!~思春期は40才で終わる)、僕のYahoo!記事中でも記録となり、なんと200万PVにもなってしまった。

僕としては何気ない気分で、いつもひきこもりをもつ母親たちを励ますモードでこのYahoo!記事でも励ましてしまったのだが、あんなに反響があるとは思ってもいなかった。

僕は基本的にネット上での「反響」や書き込みは見ないようにしているが、さすがに200万ともなると、注意していても目に入る。

それはTwitterの自分のページの下のほうだったり、Yahoo!記事の下のほうに唐突に感想がくっついていたりと油断ならないのだが(だからTwitterは自分のiPhoneから削除してしまった←一時的ね)、とにかく目に入ってしまう。

それは好意的な感想もあるが超怒っている感想もある。そこは言論の自由、僕はどんな誹謗中傷も書いたっていいと思うが、匿名で書くほうの側はやっぱり楽です。

こちらは実名を晒していて、こんな僕でもハートは弱いため、感想を書くのは自由だが見ない。まあそれは仕方ないと思う。

■「地雷」=仕事、親の死、同級生の成功

前回は母親について書いたので、今回は軽くだが父親について書いてみたい。

これは実は、数年前に岩波ブックレット(「ひきこもり」から家族を考える―動き出すことに意味がある (岩波ブックレット NO. 739))を出版させていただいたときにも書いた内容なので、僕としては今回は「父」を(「母」の対概念のように)とりあげることはやめようと思っていた。

が、今日ネットニュースで出ていた、高田純次氏に関するこの記事(  高田純次が情熱大陸に登場 自分に戒めているルールなど名言を連発)の内容とタイトルを読んでやっぱり「父」についても触れておこうと思ったのだ。

高田氏は同記事で、60才を超えた自分を戒めるルールとして以下のものがあると語る。

「それは『説教』『昔話』『自慢話』の3つだ。高田は『だいたい年寄りはこの3つ(を話す)。だから、俺はこの3つを無くしてる』」

僕は上の岩波ブックレットにおいて、父親がひきこもりの子どもに対して言ってはいけない「地雷」として、「将来/仕事」や「親の老後(あるいは親の死)」があるとした。これに加えて、「同級生」や「近所」の(成功)エピソードなどもある。

これら、仕事や親の死や同級生の出世などを気軽に(もしくは子どもを叱咤激励しようとして)語りかけると、それはすべて「地雷」となる。ひきこもりの人たちは、自分の仕事や親の死や同級生の出世を常に気にしている。そして、そのことと自分の現状を、自分の内面では常に気にしている。

■地雷と比例する

これは発達障がいがあろうが精神障がいを患っておろうが同じで(両者はひきこもりの二大背景)、気になるものは気になってしまうようだ。

そのいつも気にしていることを、わざわざ親から言われるのは最もヘコむ。あるいは腹が立つ。だから、ひきこもり当事者によっては鬱っぽくなるし、人によっては親に対して暴力をふるってしまう。

暴力をふるった時点で被害者は親(特に母親)になるので見えにくいものの、その原因をつくったのは、親が「地雷」を踏んだことに尽きる。

だから、ひきこもりをとにかく軽減させたい場合(親子間の会話のないひきこもり→会話はあるが外出しない→会話はあって外出できるものの親以外とはコミュニケーションがないと、スモールステップで進んでいく)、親は地雷を踏まないことがひきこもりを終わらせたいための何よりの条件なのだ。

踏んでいる限りは、ずっと(40才を過ぎても当然)ひきこもりは続く。

その「地雷」がもつ意味合いのワードの言い換えとして、高田さんは「説教」「昔話」「自慢話」をあげる。なるほど、いずれも父親たちの「仕事」自慢でもあり、「将来への不安(の裏返しとしての説教)」でもある。

子どもがひきこもりになって悩んでいるお父さん、まずはこの高田さんの言葉を実践してみましょう!! と僕は言いたいのだが、実はそれほど簡単なことでもない。

というのも、「仕事」は、父(=「男性ジェンダー代表」)にとっては最も自分が自分であるという「アイデンティティ」につながっているからだ。

仕事を語らないということは、現在の日本のオトコにとっては「自分を語らないこと」と同じだ。つまりは、仕事を語らないと、会話のネタがない。

男たちの会話から「仕事」をとると、なんにも話すネタがないのだ。

その困難さ(会話から「仕事」を消滅させること)は、自分の男性ジェンダーを持て余す僕にもよくわかる。が、ここをどれだけ実践するか(地雷ゼロは無理なので説教は10日に1回くらいにするとか)で、子どもたちのひきこもりの期間は決定される(注意してほしいが、子どもたちがある程度アルバイト等で社会参加すると、「地雷」は普通の「子どもの自立のためのことば」となる)。

つまり、ひきこもりの期間とは、親の地雷を踏んだ数と正確に比例している。★