おかあさん、90才まで生きましょう!!~思春期は40才で終わる

■母が長生きして子どもを65才に

今日も僕は、某地域若者サポートステーションで、ひきこもりやニートの子どもを持つ親御さん対象のセミナー講師をこなした。

そこで語ったのは、「ひきこもりの高齢化」といういつもの問題であり、「母親が90才まで生きること」について、だった。

父親がたとえ平均寿命通り亡くなったとしても、子どものひきこもりは続き、母親は生きる。ここで母親は暗くなることなく、父からの遺族年金を引き継ぎながら、なんとか90才まで生きてみる。

仮にその子どもを25才で産んでいたとすると、母が90才まで生きると子どもは65才になることができる。僕の予想では、このまま日本社会の少子高齢状態が続くと年金システムは徐々に崩壊するだろうが、仕組みそのものは青息吐息で維持されると思っている。

が、現役世代が引退世代をカバーするという仕組み自体が生き残るとしても、年金額(国民年金でいうと1ヶ月67,000円程度)自体はかなり減額されるだろう。下手すると3万円程度まで目減りするかもしれない。

それでも、「決断できない政治」を誇る我が国では、第二次大戦以上の悲劇が起こらない限りは現制度は変化しないと僕は予想する。

最近の研究では、現制度(正社員等)自体、第二次大戦中に創設されたというものもあり(厚労省の家父長主義は<満州>で始まった)、国債破綻の事態が訪れようが、核兵器等による徹底的破壊のない限り、社会保険などの現制度は残るという読みだ。

そうなると、3万円に目減りしても、親が子どもの代わりに国民年金を払い続けていれば、子ども65才時には年金をゲットすることができる(今回は階層社会での親子断絶には言及していない。ひきこもり=ミドルクラス現象という前提で書いている)。

ここでは両親が生ききる必要はなく、平均寿命優位者である母親が90才まで生きていれば、遺族年金によって生活費がゲットできるという点を指摘している。

■ひきこもりは40才で終わる

つまりは、母親が90才まで生きれば、子どもは65才程度になった時に母が受け取る遺族年金により生活費の心配をすることなく、同時に自分の国民年金もゲットできるということだ(僕の社会保障システムの理解が甘そうであれば、みなさん各自お調べになってください)。

この議論に平行するように最近僕が感じるのは、「ひきこもりは40才で終わる」あるいは「思春期は40才で終わる」ということだ。

どれほど「しぶとい」ひきこもり体質であっても(思春期体質であっても)、またそこに「発達障がい」が絡んでいたとしても、どこかの平均的支援施設に引っかかっていれば、何人もの「当事者」や支援者と出会うなかで、40才になる頃には問題は軽減すると僕は実感する。

その「軽減度」は親御さんからすればうれしいものかもしれないが、支援者の僕からすれば若干残念だったりする。この前まで半分ニート状態でありながらも(時々バイトしてはひきこもる生活)、たとえばアニメトーク(エヴァがどうたらとか)は個性的な意見を聞かせてくれたのに、40才頃に到達すると同時に何となく大人びてくる。

「田中さん、綾波レイがいったいどうしたの? それが現実とどう関係あるの?」みたいなトークに変質してしまう。

と同時に、社会的責任を持ち始め、単純な現場仕事であれば卒なくこなす。それが僕はたいへん頼もしいいものの、なんとなく寂しい。

「ひきこもりの終わり」はある日突然やってくるのではなく、徐々に社会的責任に自覚するなかでやってくる。社会的責任の自覚は、思春期の終了の自覚でもある。

■母の100才の正当化

つまりは子の思春期は40才頃に終わる。その時、母親は65~70才だ。

子どもは40才からさらにゆっくりと大人化していき、45才時にはしっかりひきこもりあるいはニートを終えているだろう(今回は階層社会の問題は一休みし、ミドルクラスより上におけるひきこもり問題、つまりはゼロ年代までの日本社会を前提としたうえでのひきこもり問題を考えている。このように階層化日本社会は、問題ごとの射程を表明しなければいけない状況になった)。

だからこそ、母は90才まで生きなければいけない。あるいは、90才程度まで生きて、子どもの年金受給年齢を待つ必要がある。

そして、国民年金6.7万円~3万円では額的にはまったく足りないので、その時に控えて子どもは就労支援を受け、月収10万円強を確保するためにアルバイトする必要がある。

このように、「ひきこもりの高齢化」問題とは、母が70才後半からいかに長生きするかということと直結する。

こう書くと悲惨な話題だけれども、ひきこもりの子を持つ保護者セミナーでは結構ポジティブに盛り上がるテーマなのだ。ただただ不安に子どもの加齢を待つのではなく、能動的に母自身が生きていくというイメージを描くことができるから。

特に75才を越えてからは、子どものケアよりも自分(母)自身の長生きを考えてください、と言うと、わりと盛り上がる。

誰もが100才になりたいと思っており、こどものひきこもり高齢化は母自身が100才になるための正当な理由になるからだ。★