■マツダとApple

この前、最近のマツダの快進撃を伝えるこの記事を読んでいていかにしてマツダは「デザイン」で変わることができたのか?不思議な気持ちになった。

有名なデザイナーによるかっこいいデザインの最新車によってマツダは生き残り新しい次元に入ったとする記事なのだが、それはそうだとしても、有名デザイナーによる革新をそもそもプッシュする構造がマツダ内にどのようにして培われたか、このほうが僕には大事だと思うからだ。

また、最近のAppleを例にあげると、ジョブズ亡き後もジョナサン・アイブによる革新的なデザインが支えているという記事も時々見かけたりする。たしかアイブは、ジョブズ不在時の「パフォーマ」もデザインしていたりするのだが、そんなことは同種の記事では触れられることはない(パフォーマも僕は所有していたし、あれもそれなりにカッコよかったが)。

あと、Apple Watchは某有名ブランドのオマージュらしいけれども、そんなことも、デザインがテーマの記事では、微妙にスルーされたりする(そしてApple Watchのデザインはそもそもかっこいいか、ということもあまり触れられない)。

マツダのデザイナーにしろアイブにしろ、結局は一デザイナーだったりデザイン会社であり、これら「有名デザイナー(会社)」たちが、革新的企業を引っ張っているわけではない。が、デザインに注目する記事(や書籍)を読んでいると、あたかもこれらデザイナーたちが世界を牽引しているように勘違いしてしまう。

あたりまえだが、これは勘違いだ。

では、何が革新的企業を引っ張っているのか。

それは、偶然にも1人の人間(スティーブ・ジョブズ)や、一つの集合体としての会社(マツダ?←詳しくは勉強不足で不明なので推測です、スミマセン)に束ねられた「ミッション」や「行動指針」や「戦略」だ。

■シンク・ディファレント

Appleにはジョブズ存命時にはミッションがなかったとされる。が、おそろしいまでの統一感があの会社にはあった。いまのAppleでミッションが明文化されたのかはわからないが、発売日に在庫がすぐに切れたり(新MacBook)、iPadのブランディングがぶれていたり、Apple Watchのデザインが微妙だったりと、ジョブズ時代よりは多少のゆらぎを感じる(が、予想以上に統一感は保たれている)。

上でも触れたが、ジョブズ追放時代に発売されていたパフォーマ・シリーズも、ジョナサン・アイブがてがけていたものだ。ちなみに、ジョブズ復帰後発売されたiMacやiPhoneも当然アイブが手がけている。

パフォーマはそこそこおしゃれだったが、そこそこの製品だった。ジョブズ復帰後相次いで発表された諸製品とは、その緊張感とレベルが違う。iPod、iPhone、iPad、MacBookAIR、ジョブズ復帰後のすべての製品はある統一感を持っていた。

その統一感は、Apple内ではミッションとして明文化されていなかった。が、僕が思うには、この「シンク・ディファレント」のCMがすべてを表していたのではないかと思う(ナレーションはジョブズ版を選んでみた)。

■ウッドストック?

「自分が世界を変えられると本気で信じている人たちこそが、世界を変えているのだから~シンク・ディファレント」

このビジョンというかミッションというか行動指針というか、よくある紋切り型のビジネスワードでは捉えることが難しい感覚(が、一言でいうと「ロック(ウッドストックかな)・スピリット」)によってジョブズ時代のAppleは異常なテンションとともに統一され、その第一の支配下に有能なデザイナーであるジョナサン・アイブは配置されていた。

そのとき、iPodやiPhoneや初代MacBookAIRが生まれている。

有能なデザイナーであるアイブがAppleの快進撃のスタートを支えたわけではなく、その土台として「シンクディファレント」というミッションと行動指針があったと僕は思う。

だから、「デザイン」だけでは何もできない。★