「生活保護」のネーミングを変えよう!!~セーフティーネット普及のために

■月9万円が2,000万人

月9万円で暮らす人が、我が国には2.000万人いる。6人に1人の子どもが貧困状態にあることは以前から指摘されていたが、世帯全体、国民全体でみても、6人に1人(2,000万人/1億2,000万人)が年収120万円台で生活していることが明らかになってきた(月9万円以下で暮らす日本人が2,000万人いる:「相対的貧困率」16%の意味)。

こうなると当然「生活保護」受給世帯は増加していくが、その内訳を見ると、実は高齢世帯が増加はしているものの、働く母親たち、つまりはシングルマザー世帯は微減傾向にあるという(“貧困の母”はまだ救われていない――生活保護受給者「過去最高」の知られざる真実)。

高齢世帯も生活保護で守っていく必要はもちろんあるが、現役世代として社会を支え、同時に少子社会のなかで次世代を育てるシングルマザー世帯は、「最後のセーフティーネット」である生活保護で支えているのが当然だと僕は思っていた。

シングル母子世帯は当然生活が苦しくなる。たとえばこの記事などを読んでも(「SOSを出せない子供」とシングルマザーの悲しい関係)、苦闘する当事者(特に子ども)の姿が描かれている。

この記事にもあるように、この問題が本当に「潜在的」な問題になるのは、貧困当事者たち(子どもと親)は、自らの貧困を隠さざるをえない問題だということだ。

貧困は、誰もが「自分は貧しい」と簡単には名乗れない問題なのだ(当事者の尊厳やプライドの問題と深く結びつく)。だから、その潜在的当事者性に関しては、それに気づいた他者が、代弁したり当事者に情報を伝えていく必要がある。

■マイナスイメージ

上記「“貧困の母”はまだ救われていない」記事にもあるように、申請窓口で簡単に手続きをすすめにくいいわゆる「水際作戦」の問題もあるが、なんといっても「生活保護にはマイナスイメージが強く生活が苦しくても抵抗感があるために利用しな」いという点も大きい。

上記、尊厳とプライドの問題により、どうしても負のイメージのある「生活保護」という言葉を受け入れられないということだ。

ここには、シングルになったががんばり続ける女性の複雑な思いが含まれているだろう。その複雑さを、明瞭な言葉にする能力は僕にはない。その「複雑さ」を言葉で説明すればするほど、苦闘するシングルマザーたちの「当事者」性から離れていくような気がする。

言葉で、その「生活保護を受け入れられない」複雑な感情を定義づけると、何か重用な意味合いが抜け落ちる気がする。一般的に言葉による説明は始原的な「暴力」だが(デリダ『グラマトロジー』)、この「生活保護を拒否する感情」の言語化は、最も重用な感覚を捉えることが難しい作業だと思う。

■決断できない国で決断する

だから発想を変え、そもそも「生活保護」という言葉そのものにネガティブイメージが付いているのだとしたら、そのネガティブイメージを払拭させるために「生活保護」を別の言葉に変えてしまえばいいと僕は考える。

これは子ども支援や精神医療ではよくある動きで、たとえば「登校拒否」が「不登校」に変わったことで、登校拒否のもつマイナスイメージはある程度緩和された。たとえば「精神分裂病」が「統合失調症」に変えられたことで、精神障害者に対する負のイメージは緩和されたと思う。

言葉は、言葉そのもので意味を生み出す。言葉が代わることで、従来の意味は別の意味になってしまう(少し飛躍するが「狼」から「山犬」への変更等)。

言葉と言ってもあなどることはできず、それは始原的「暴力」であり、すべての「意味」を産出するものだ。

だから、マイナスイメージの「生活保護」は名称変更し、本当にこの制度が必要な人々(貧困母子世帯等)が気軽に問い合わせでき、利用できるように変えるべきだ。

日本の代表的で唯一(?)のセーフティーネットである「生活保護」が、もっと身近になってほしい。

そのうえで、上記「SOS~」記事の最後にある「保育所増設」や「最低賃金制度創設」などを政治判断で行なってほしい。同時に、公共事業(6兆円)や防衛費(5兆円)の不要部分と、保護費の不正受給を精査し削り、真のセーフティネット用の財源を確保してほしい。

これらは結局、「政治判断」で誰か(政権トップ)が決断することだ。決断できないこの日本で、本当にそれをやらなければいけない時が来ている。★