SNEPはいらない~マイナーの顕在化のために

■マイナーの顕在化がひきこもり2.0

少し前に僕は「ひきこもり2.0」の時代がきたのでは、と当欄に書き、これまでひきこもり事象の影に隠れていたさまざまなマイナー性(LGBTや虐待被害女性のPTSD等)がついに顕在化するムードが出てきたと歓迎した(ひきこもり2.0~LGBTと女性のPTSD)。

これに応えてくれたかのように、ジャーナリストの池上正樹さんが、ダイヤモンド・オンライン連載「『引きこもり』するオトナたち」の最新記事に、「当事者の周囲の人たちこそ変わらなければいけない――引きこもりに関する2014年を振り返る」という記事を書いた(当事者の周囲の人たちこそ変わらなければいけない)。

そこで池上さんは、「生きづらさを抱えさせられながらも言葉を封じ込められてきた人たち」として、LGBTを含むセクシュアルマイノリティの方々の声や、男性ひきこもりの影で見えなくなっていたひきこもる女性の存在、生活保護行政からも撤退し貧困に陥っている生活困窮の人々、ひきこもりの経験者たちが支援者たちに向けてそれぞれが受けた支援「利用者体験(UX~ユーザー・エクスペリエンス)」を発信する「ひきこもりUX」の試み等に焦点をあてている。

これら(セクシュアルマイノリティ、女性、生活困窮、ひきこもりUX)を総合して、やはり「ひきこもり2.0」と呼んでもいいのでは、と僕に同調していただいた。

うれしいことだ。

ひきこもり2.0とは言い換えると、セクシュアルマイノリティ等、これまで「ひきこもり」という一般概念の下に隠れていた「マイナー」なあり方がついに顕在化し始めたということだ。

マイナーの顕在化、これがひきこもり2.0なのだ。

■10%の謎

この問題でポイントなのは、「ひきこもり」という大雑把な概念が、現代社会の価値である「男性権力社会」と見事につながってしまい、「ひきこもり=男性の問題」として流通してしまったことだ。

以前から僕は謎だったのだが、ひきこもりに関する諸調査のなかで、その男女比が、たとえばWikipediaでは以下のように記述される。

「(男女比は)NHKのネットアンケートによると54:46、『社会的ひきこもり』に関する相談・援助状況実態調査報告によると男性が76.4%、殆どの調査報告において男性は6~8割の割合で女性より多く存在する」

男性が6~8割って、さらりと書いてはいるが、調査としては大雑把すぎないか、と以前から僕は疑問だった。

女性は状態として「外出可能型ひきこもり(準ひきこもり)」であったとしても、面接型の調査では結果として多くの男性がひきこもりとして捉えられる(たとえば、少し古いが2003年に厚労省が保健所等の公的機関に向けて行なった調査では男性77%・女性23%「社会的ひきこもり」に関する相談・援助状況実態調査報告)。

が、内閣府が2010年に行なった調査は本人聞き取りのない記述方式だったため、男性66%・女性34%となった(“予備軍”155万人の衝撃! 「趣味のときだけ外出する」新たな引きこもりが急増中)。

傾向として男性は多いものの、10%の差はよく考えてみると大きい。この「10%の謎」こそが、マイナーの潜在化とかかわっていると僕は考える。

自己申告型では準ひきこもりに入る人が、専門機関の視点からすればそれはひきこもりではなく別のカテゴリーになる(おそらくPTSDや「人格障害」等)。女性は、ひきこもりである前に別の問題として表象させられ、男性はひきこもりであることが一義的にひきこもりになる。

この表象の違いは、社会がそれぞれのジェンダーに与えている役割の違いだと僕は思っている。この社会は、女性の一般概念(この場合ひきこもり)へのカテゴリー化程度にも曖昧な社会であり、それは実態の正確な把握を遠ざける。

つまりは問題を「潜在化」させてしまう。

「女性」ジェンダーという、男性権力社会の中では実はかなりの自由さを奪われてはいるもののジェンダーとして「公式認定」される人々でさえこうなのだから、社会から完全なマイナーとして排除されるセクシュアルマイノリティの人々は調査の外にある(対象としては男女二項対立のいずれかの性に振り分けられる)。

■SNEPがくり返す

このように、「ひきこもり」という曖昧な状態像を示す概念が、社会のメジャーな価値(男性中心で事象を捉える傾向)とくっつき、マイナーな人々を潜在化してきた。

そのマイナーな人々には、セクシュアルマイノリティや虐待被害後PTSDを抱える女性に加え、高齢化し生活困窮する人々、難病を抱えながら認定を受けられず結果としてひきこもる人々(たとえば「今を生きる会」関西慢性疼痛患者の集い)などが入る。

また、軽度知的障がいをもちながら徐々に社会のなかで潜在化していき、「累犯障がい者」として刑務所の「内と外」を行き来する人々も、ここに入ると僕は推測している。

いずれも個々のマイナー性は深刻な問題であり、一つひとつに光をあてて(顕在化させ)よりよい方向に変化していくことをお手伝いする時がやってきたと思う。

その、マイナーの顕在化を、曖昧で大きく、単なる状態像の一般概念にすぎない「ひきこもり」が阻む。ひきこもり以降では、「ニート」もそこに入るだろう。

新しいところでは例のSNEP(スネップ(solitary non-employed persons、SNEP))もここに入ると思う。

SNEPを創設した意図は、ニートがカバーしきれない35才以上に光をあてるという意味では僕は理解できる。が、SNEPをつくることで同時に生じる以上のような「マイナーの潜在化」にも配慮する必要はある。そうしないと、現代の男性権力社会の強力な力に覆い尽くされ、再びマイナーが潜在化してしまう。

せっかく光があてられようとしている時に、再び潜在化するしてしまうことを防ぐために。

SNEPはあえて封印し、「アフターニート」あたりの無難な言葉でとどめておくことを期待したい。まだ間に合えば。★