「最終決戦(関ヶ原)思考」が勝った〜大河ドラマ「軍師官兵衛」

■「戦略思考」と「最終決戦思考」

1年間楽しんできたNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』が終わった。関ヶ原の戦いを最終回にもってきた構成は見事で、基本的にはマンガ的ドラマ(あらゆる部分で紋切り型時代劇)ではあったが、岡田准一のかっこよさと「参謀のあり方」をテーマにした珍しいドラマということもあり、僕としては久しぶりの大河完全視聴ができた。

関ヶ原の戦いが描かれた最終回は、僕にとって示唆の多いものだった。

それは、日本では結局、「陣取り合戦」としての戦略は成り立たず、世の動向を結局「最終決戦」(関ヶ原)に絞りこみ、最終決戦後に究極の目的である「平和」が訪れる、ということだ。

隣国とのせめぎあいには基本的に終わりはなくあるのはその時々の情勢に応じた「陣地の取り合い」があるのみ、という状況から生まれたのが「戦略思考」で、周囲とのもめごとの決着は常に「最終決戦」に勢いで雪崩れ込みその結果次第で究極目標である平和が偶然に訪れるというのが「最終決戦思考」だということだ。

言い換えると、終わりなき陣取り合戦が前提とされる世界では「戦略思考」が現れ、最終決戦後の完全平和が前提とされる世界では「最終決戦を前提とした日々の燃焼」が現れる。

前者はヨーロッパ(や中国)に見られ、後者は日本に見られると思う。

戦略思考とは、「1.情報分析、2.アセスメント(評価)、3.目標設定(長期/短期)、4.アクションプラン(作戦/戦術)」という一連の流れを指すと思う。

最終決戦思考には、丸山真男が「歴史意識の古層」(『忠誠と反逆』ちくま学芸文庫所収)で指摘した「つぎつぎとなりゆくいきほい」のニュアンスが含まれ、日本に根づく「滅びの美学」が含まれると思う。

行為の「落としどころ」(目標)を設定せず、目標完遂のためのバックヤードや補給体制も整えず、とことんその行為を敗北してもやりとげ、それが「美しい」とされる独特の美学だ。

■「戦略」と「いきほい」のダブルスタンダード

僕は長い間、日本には「戦略」と「いきほい」の一種のダブルスタンダードがあると思っており、特に、戦略思考があらゆる局面で必要だとされながらその実は「つぎつぎとなりゆくいきほい」で物事を処理し結局は滅びの美学に行き着くこの国の感覚が不思議だった。

ビジネス書等には「戦略」の言葉があふれかえり、いかにもあらゆる局面で戦略思考が展開されているように我々は勘違いしているが、おそらくそれは、一部のグローバル企業の、外国本社や部署でだけ展開されているものでは、と疑っている。

グローバル企業(G型企業)といえども国内では戦略思考はダブルスタンダード化し、それ以外の8割を占めるというL型(ローカル型)企業では基本的に戦略思考は根付いていないのではないかと思っている(G型とL型は前回のこの記事参照Lの世界(ローカル経済圏)での、新しいハイブリッド・ジョブトレーニング)。

戦略思考はなにもビジネスだけに求められるものではない、それは僕の仕事の現場でもある「支援」の局面でも求められている。

たとえば、「個別支援計画」というものがあり、そこには上記の戦略思考がベースになっていると思われる項目(アセスメントや目標)が並ぶ。そして、福祉や医療の現場では日常的にその書類が埋められている。

■戦略思考は実践されない

福祉の現場だけではなく、教育や若者就労支援の現場でも、書類の項目にはこうした「戦略思考」は並ぶ。

が、この11月に内閣府にて行われた全国の青少年支援組織(公民含めて100人ほど)対象の研修や、各地で行われた類似の研修講師仕事でも僕は実感したことだが、戦略思考は書類面では模索されているものの、その実践はなかなか難しいようだ。

たいていは、2のアセスメントあたりを中途半端なまま実践に向かい、4のアクションプランを具体的タクティクス(それは本当に具体的〜若者の特徴と短期目標に応じて超具体的行動〜たとえば「カラオケレクリェーションでどの曲を歌う」等)まで落とし込まず単に「個別面談を行なう」でお茶を濁す。

また、1の情報分析も、肝心の就学前の問題を聞いていないなど不徹底なものが多い。提出書類では、情報とアセスメントと目標とアクションプランの言葉は踊っているのに、具体的支援の局面では「熱く関わっていればよい結果になる」と信じている。

これは通常の(L型)ビジネスでも同じだ。

実際によい結果になることもあるので、僕はそれを責めているわけではない。

僕が不思議なのは、戦略思考が根付かない日本の社会と、戦略思考と「いきほい」思考のダブルスタンダードを見事に使い分ける、日本の裏表社会のあり方だ。

戦略思考を体現した黒田官兵衛がその戦略に則って九州平定から始めたのをあざ笑うように、偶然のなりゆきが重なってたった1日で関が原が終結し、偶然に「平和」が始まりだしたその動きを描いた『軍師官兵衛』最終回は実に日本的で、岡田准一の独特の苦笑いが、これまでこうした日本的ダブルスタンダードに敗北していった戦略家たち(具体名は挙げないが)と重なるようで、僕はミョーにしみじみしたのだ。★