スーパーリッチな子どもと、貧困の子ども

「スーパーリッチキッズ」、フランク・オーシャン。本文とは関係ないが、スーパー皮肉な歌詞らしい。
「スーパーリッチキッズ」、フランク・オーシャン。本文とは関係ないが、スーパー皮肉な歌詞らしい。

■子どもへの福祉対策

ここ数年、ますます経済格差が進み、子どもの貧困も拡大しているという。この記事(子どもの貧困 支援は社会全体のため)によると、子どもの6人に1人が貧困で、貧困率は16.3%。過去最悪なのだそうだ。

子どもが貧困ということは、その子どもが属する家庭が貧困だということだ。同記事によると、貧困ラインは直近で年収122万円で、非正規雇用と母子世帯の問題と密接に結びついている。

これに対して、僕はよく知らなかったが1月に「子どもの貧困対策推進法」というのが制定されているのだそうだ。奨学金(返済不要)や学習支援が盛り込まれているとのこと。

プラス、NPO等が子どもへの学習支援を行なったり(僕の知り合いのNPOも行なっている)、食糧支援なども展開されているという。同記事は、保護者への就労支援、特に非正規雇用対策に取り組むべき、と締めくくる。

この種の記事はどれも似たようなものだと思う。経済格差が固定→貧困世帯の増加→子どもの貧困が増加→貧困状態にある子どもを支援しよう、といった、いわば「貧困状態にある子どもへの福祉対策」として述べられる。

■保護者と政治

貧困状態にある子どもは、直接的には、生活保護や母子世帯等、そうした状態に追い込まれた「保護者たち」によって、その状態となる。

保護者たちを責めることは簡単だが、そうした保護者たち(いずれも若い~30代も珍しくない)も実は、貧困や虐待の連鎖の被害者でもある。

だから、保護者だけに問題を押し付けるのは、あまりに酷だ。

政治的な側面で見ると、いまは自民党政権だが、僕は実は、金融政策や財政政策を段階的に繰り出したアベノミクスについてよくわからない。それは古典的ケインズ主義とも違うようだし典型的新自由主義でもなさそうだ。いろいろ読んでみても、たとえばレーガノミックスやサッチャリズムのようにわかりやすものではなかった。

が、実は、上記事にある、過去最悪の子どもの貧困率は2012年のもの、つまり民主党政権最後の年のものなのだ。安倍政権が本格的に動き出したのは2013年はじめだから、まだ2013年の統計は出ていない。

だから今のところ、自民党政権に戻ってからの子どもの貧困率はわからない。これが改善されていれば、民主党政権の経済政策よりアベノミクスのほうが貧困対策には向いているということになる。

■どこかにいるスーパーリッチ・キッズ

混迷した民主党政権の末期において、子どもの貧困率は最悪になっていた。リベラル政権は、保守政権よりも貧困政策としては一応優れているはずだから、その他の要因(震災やグローバル化)も大きかったのか。

が、もう民主党政権のことは誰もが(僕も)忘れてしまったのだけど、最後の野田政権は、実はかなりの新自由主義的政権だったのかもしれない。

というか、自民党も民主党も含めて、また他の野党も含めていずれもが(共産党等古典的左翼野党は除く)新自由主義を標榜しているのか。

そうだとしたら、メディアでは「子どもの貧困」ばかりが取り上げられるが、経済格差が固定化すると、一方では「スーパーリッチ」な子どももすでに誕生しているはずだ。

子どもの貧困というと、すぐに保護者のあり方や福祉・教育政策に結びつくのであるが、そうした貧困は、グローバリゼーションが覆う世界では不可避の現象なのだと僕は思う。

だから同時に「スーパーリッチ」な子どももどこかで出現している。そのスーパーリッチ・キッズは何にも困っておらず、また極端に数が少ないため(スーパーリッチな親は少数)にわざわざ報道されたりしない。

子どもの6人に1人が貧困であるということは、その直接の原因である保護者のあり方のその背後に、大人の一定数を貧困状態として維持し続ける必要がある経済状態(グローバリゼーション)に世界中が巻き込まれているということだ。

それ(子どもの貧困対策)を、1.福祉の問題としてグローバリゼーションの補完機能として考えるか、2.グローバリゼーションと対峙しつつ共存するもうひとつの経済政策(それはリベラルや持続可能な経済政策等で呼ばれるだろう)のなかに位置づけるか(結局「中流の下」世帯を多く生み出す?)。

これからの選挙ごとに、いずれかの選択が可能な政治体制をつくってほしいと僕は願う。

今のままではすべてが新自由主義であり、子どもの貧困率はあまり減少しないと思う(かわりにグローバル経済として経済は活性化する?)。★