「パッション/情熱」が仕事を支える~それはフリーターも正社員も同じ

こうした看板一つにも、スタッフのパッションが反映する。(大阪府立西成高校「となりカフェ」にて)
こうした看板一つにも、スタッフのパッションが反映する。(大阪府立西成高校「となりカフェ」にて)

■仕事と情熱の関係

自分の法人のいくつかの事業が超多忙になり、当欄は久しぶりの更新のような気がする。この間、さまざまなYahoo!ニュースネタを思いついたり出会ったりしたが、ここ数日考えこんでいるのが、「仕事と情熱」の関係性だ。

というのも、青少年支援を長く続けてきた僕からすると、よく理解できないことがいくつか続いたから。

よく理解できないことというのは、あまり詳しくは書けないが、「ケース(子ども若者支援)にあまりこだわりのない若手支援者」たちと連続して出会ったということと関連する。

個人で不登校の子どもたちを訪問支援していた頃から含めて約20年間、僕はたくさんの子どもや若者を支援してきた。そして、たくさんの子ども・若者を支援する人たちと出会ってきた。

それらの支援者たちは、ふだんは仲がよくなかったとしても、いったん支援対象者の子どもや若者をどう支援するかという話題になった時、それぞれの意見を一生懸命表明し、ぶつけあうということが普通だった。

また、そうした会議が終わったあとも、会議の余韻を引きずりつつ「あのケース(不登校・ひきこもり・ニート・貧困の子どもや若者)をどう見立ててどう支援方針を組み、どうカウンセリングしてどうネットワークしていくか」という議論を続けることが普通だった。

それぞれの見立てや方針が食い違ったときは、時には熱い議論になってしまう、それが民間の(いや公的機関も含めて)「支援者」というものなのだ、僕にとっては。

■情熱のない会議

それがここにきて、僕の「常識」が通用しなくなってきた。

どう支援するか、という白熱した議論もならず、淡々と会議は進行し、たとえその会議中はそれなに盛り上がったとしても、会議後は一切余韻に包まれることもなく次の仕事に移っていく。

そうした光景に時々出会うようになってきたのだ。

組織マネジメントが失敗しているからそうなっているのではない。情熱のない会議と熱を引きずらない支援者は、組織マネジメントが機能している団体でも現れる光景だ。

組織が崩壊していないのに、支援そのものが白熱化しない。支援に向かう姿勢に、情熱を感じられず、「その他の仕事と同じ」ものとして取り扱われている。

このことが僕には信じられない。

なんのためにその人達は「支援者」になったのかがわからないからだ。

■その時「情熱」は生まれるか

これは他の業界でも起こりえることかもしれない。

他の業界では、その場合「支援」ではなく別の用語になっているだろう。それは、ものづくりや販売や流通など多種多様に分かれるだろう。

が、その会社にとってキモとなる業務は必ずあるはずだ。

そのキモの業務の話題になった時、そこに「情熱」が生まれているか。

あなたの会社では、その会社にとって最も重要な分野・製品・サービス等の話題にその会議がなった時、前後の文脈や仕事の流れを忘れるほどの白熱した議論が社員の間で生まれているか。

あるいはあなたが「フリーター時々ニート」という立場であつたとしても、あなたが関連するその会社・団体のキモの業務の話題になった時、そこで「熱」が生じるほどの議論が生まれ、フリーター/ニートのあなたはそこになぜか巻き込まれてしまっているか。

もし巻き込まれているとしたら、そして巻き込まれたことに腹が立つどころかワクワクしてしまったのだとしたら、あなた自身に、その仕事や会社・団体に対する「パッション/情熱」が生まれているということだ。

■アップルと「激しい情熱」

アップルの故スティーブ・ジョブズは、マーケティングとブランディングを嫌ったという。そうした技術論ではなく、社員が激しい情熱を持ってアップル製品を制作することを要求したという。そのことが結局、社員も消費者も満足するという結果を導くと確信していたのだそうだ。

そして、仕事が続かない人々を見ていると、その人々が正社員だろうがフリーターだろうが、結局いきつく原因は、こうした情熱/パッションを持ちきれていないということになると思う。

で、その情熱はどうやって形成されるかというと、結局は抽象的理念に行き着くだろう。

それは、人々の幸福や、革新性や、社会の作り変えといった抽象的なものだ。

言い換えると、「理念」そのものになる。

その理念の下に、「どういう社会にしたいか(ビジョン)」→「そのためにどういう使命を持つか(ミッション)」→「そのミッションを補足するもの(行動指針)」→「それらに基づいた数年単位の計画(戦略)」というおなじみの展開が待っている。

支援にしろ新製品にしろ、それを支えるには激しい情熱(パッション)が必要になる。それは幹部によって上から押し付けるものではなく、人々を自然と惹きつける抽象的理念だ。「子ども若者の幸福」「社会の革新性」……。

こうした理念を社員(職員)が共有するとき、その会社や組織は強くなる。

それが強いものであれば、たとえ創業者世代が去っていったとしても(あるいは会社や法人に「世代代わり」が起きて間延びした組織になったとしても)、情熱を持って事に当たれる。苦言や説教では情熱は生まれない。★