新しいワークライフバランス~「サードプレイス」の場所

糸井重里さん(マイナビニュースより)。インタビュー記事は下記URLからご参照を。

■「仕事か生活」か、「仕事は生活」か

僕は今年で50才になる。それを節目に、これまで仕事中心で生きてきた人生を少し見なおそうと思っている。

それは具体的には、あの「ワークライフバランス」を具体的に自分の生活に組み入れていくということなのだが、現在停滞気味かもしれないワークライフバランスに関する議論に関して、それでも議論されているいくつかの中身を見ていると、どうやら2つの流れがあるようだ。

それは、

1.仕事と生活(現在の議論では主として「プライベート」全般〈特に「家庭」での生活〉を指す)をどう両立させるか、という議論。記号で短縮して書いてみると、「仕事⇔生活」議論。

2.仕事は生活に含まれるので両者は厳密には区別できない、という議論。記号で短縮すると、「仕事∈生活」議論。

1については、ビジネス書等で普通にテーマになっている、仕事の効率化とほぼ重なる。

ビジネス書のジャンルで「ワークライフバランス」に絞り込んでしまうとおそらく書籍売上に影響してしまう。ビジネス書の世界は、「働いてナンボ」が前提だから、ワークライフバランス議論は下手すると仕事のモチベーション低下になるため、どうやらあまり人気がないテーマのようだ。

あるいは、NPO等のソーシャルセクターのなかで働くあり方として、ワークライフバランスは議論になっている。

いずれも、仕事とプライベートを二項対立で捉えて「仕事を合理化してプライベートを充実させると(あるいはプライベートに時間を割くと)、結果として仕事も充実していくのでウィンウィン」という理屈立てだ。

2については、たとえばこの糸井重里さんのインタビューなどを参照いただきたい。

糸井重里さんに聞いた「公私混同」する働き方

仕事とプライベートは厳密に区別できず、プライベートの中での仕事的側面をポジティブに活かしていくと、結果として両者がウィンウィンになるという考え方。

糸井さんだけではなく、独立系の方々にこうした提案をされる方が多いようだ。

■男性優位社会だからこそ

どちらの議論も、「仕事」をどう取り扱うかということがポイントになるようだ。

仕事は両刃の件であり、生活の中に含むこともできるが、仕事そのものは非常にシリアスなものでもあるから、下手をすると生活全体がシリアスになりかねない。だから通常は、ビジネス書のように二項対立で捉えるほうが無難だろう。

ちなみにワークライフバランスの議論はこの社会が男性優位社会だからこそ起こる議論であり、出産や育児がライフサイクルの中に組み込まれている(その不可の検討と受け入れも含み)女性ジェンダーからすると、「仕事」はそもそも「ライフ」とのバランスをとれてこそ行なうことができるものだ。

女性ジェンダーにとっては、両者のバランスをとることは、いちいち命題化されなくても行なわなければならない。

ただ残念ながら今のところ男性優位社会は続いているので、そこを前提としてこのブログ原稿も書かれている。

さて、「仕事」と「ライフ」を対立させるか一方に含んでしまうかという議論だが、僕はこれも非常に狭い議論になっていると思う。

「仕事」か「(プライベート)ライフ」か、「(プライベート)ライフに仕事は組み込まれているか」という議論とは別に、3番目の項目があってもいいのではないだろうか。

それを言い換えると、我々の人生に「サードプレイス」という項目を加えてみては、という提案だ。

■サードプレイスで「脱臼」させる

サードプレイスは非常に新しい概念で、詳しくは昨年末刊行されたオルデンバーグ『サードプレイス』(みすず書房『サードプレイス』)を参照されたい。

または僕の書いたこの記事も参考になると思う(グローバリゼーションと「サードプレイス」)。

職場や家庭は互いの「顔」や自我が際立った、個対個のコミュニケーションだが、サードプレイスは、「場」そのものがコミュニケーションの対象になる。オルデンバーグはそれを「対『セット』」と表現するが、場にいる個々のメンバーが変更しようが、場そのものが維持されていることが重用だ。

「セット」のなかで、個々のメンバーは自分の居場所を見つける。こうしたコミュニケーションがサードプレイスの特徴であり、その中で雑談やカードゲームなどを通じて交流していく。

オルデンバーグの本の中ではサードプレイスは主として「新しい場所」を説明するものになっているが、サードプレイスはさらに概念拡大し、これを加えた「新しい生き方」として提示することができると思う。

サードプレイスはいろいろな場所に組み込むことができる。

たとえば、「仕事⇔生活」の生活の項目に「(家庭⇔サードプレイス)」を加えて、「仕事⇔生活(家庭⇔サードプレイス)」とするパターン。

これは仕事と生活を二項対立化させ、「生活」の中でさらに家庭とサードプレイスを二項対立させている。

こうすることで、「生活」水準に、家庭とサードプレイスの2局面が存在することがわかる。

あるいは「仕事、家庭、サードプレイス ∈生活」というパターン。これは、仕事も家庭もサードプレイスもすべて「生活」だとしてひとつにするものだが、たぶん糸井重里さん級の達人でないとなかなか難しいだろう。

いずれにしろ、職場と(プライベート)生活以外にももうひとつ「場所」をつくり、それを概念化していることがポイントだ。

このサードプレイス概念はまだまだ曖昧だが、その曖昧さゆえに、いろいろな応用が効く。サードプレイス概念をこれまでの人間のあり方の中に組み入れていくことで、硬直化しているかもしれない人々のあり方を「脱臼」させることができる。

今回のようにワークライフバランスの中に組み入れることも、そのひとつの事例だ。仕事と(プライベート)生活の二項対立ではなく、そこにサードプレイスを組み込んだ人生をイメージしてみる。そうすると、我々の人生はより豊かになるのではないだろうか。★