10代の「新しい光」~「新しい孤独」のあとのオザワケンジ

■オザワケンジ

最近僕のまわりでは(ほんとに地味な話ですが)、オザワケンジという名前を再び聞くようになってきた。

たとえば、メキシコかアメリカからのスカイプ中継で日本のNPOに声を届け、世界と日本のグローバリゼーション化の荒波を怒ったり嘆いたり、たとえば、最近知り合いになって意気投合した某NPO事務局長が昔のオザケンのビデオをFacebookで添付していたり。

そのYouTubeビデオをぼんやり眺めていると、このオザワケンジのさまざまな表情と、僕が仕事で出会うさまざまな若い人の表情がなぜかつながったのであった。

そのビデオとは、この『ある光』。

オザワケンジ、つまり小沢健二は、僕より年もそんなに離れていなかったはずだから、もうあと数年で50才になるはずだ。

最近の言動は、すっかりリベラルな人になってしまったけど、このビデオが作られた頃、20代なかばから後半にかけては、90年代なかば、まだこの社会が「失われた10年」なのか「失われた20年」なのかもわからず、その頃「社会化」にもがいていた若者の問題が実はグローバリゼーションの余波としての非正規雇用拡大の流れだったとも判明しておらず、若者の問題はそれまでと同じように「若さ」の問題、個人的なポスト思春期の問題であると誰もが思っていた頃。

その頃の時代の旗手がオザケンであり、このビデオでも見られる「はにかんだ笑顔」だった。その流れの中での「この線路を降りたら赤に青に黄に願いは放たられるのか」という歌詞だった。そして「連れてって、こころの中にある光」という言葉だった。

■若さは、暗さを引き裂く

だから、階級社会に突入した中で、いまの高校生たちが僕に見せる笑顔と、このオザケンの表情は、根本的に時代背景の異なったところから出てくるはずなのだ。

オザケンの、笑顔とはみかみと、ついでにいうと悲しみは、今の高校生たちが見せる表情とは違った背景から出てくるはずなのに、僕が抱く印象はなぜかそれほど違わない。

僕は、日々の高校生支援の中で、高校によっては、高校生たちが互いに明るく食事を分け与えてそれぞれの「欠食」を補っている姿を見ている。

また、複雑な家族の問題(新しい義理の親やきょうだい、ハンデや借金を抱えた親、家に自分の「居場所」〈文字通り部屋がない〉がないこと)を、それほど暗くない表情で語る高校生たちと接している。

暗くはないが底抜けに明るくもなく、笑顔は出るのであるが、その笑顔は何かを抱えながらも、なぜか彼女ら彼らを支援する僕のほうを少しだけ元気にする。

こんなブログなどで最近の僕はよく「階級社会」などと論評しているものの、その階級社会にモロさらされている子ども若者は、論評も嘆くこともせず、日々淡々と生きている。

生きているのだが、そこには笑顔があり、はにかみがあり、悲しみもある。

その笑顔やはにかみや悲しみは、15年前のオザケンの表情と僕にはそれほど違って見えない。

「若さ」は、周囲の暗さを切り裂く何かの力を祕めている。時代が、バブル経済後の暗中模索期だろうが、階級社会化の入り口だろうが、それぞれの「いたみ/痛み/傷み」の種類が微妙に異なろうが、あまり関係ない。

それが「若さ」の強さだ。

■孤独の先の光

オザケンのビデオを久しぶりに見ていて、僕はなぜか勇気づけられた。20年前、フリッパーズ・ギターの「偶然のナイフ・エッジ・カレス」にもずいぶん勇気づけられたが、あれは個人的生き方を模索する中でだった。

今回は、日々仕事で出会う子どもたち若者たちの「笑顔」を、真剣に信じてみようと思った。

僕としてはかなりベタだけれども、この感覚は、「信頼」としてしか表現することはできない感覚が生まれてきた場所から来る。その場所を再び気づかせてくれたという意味で、僕は再びオザケンに勇気づけられた。

少し前に僕は、大きなシンポジウムで「新しい孤独」という提言をしたが(「新しい孤独」~2013年の子ども・若者)、このビデオの次の地点を見つけたように思えたので、以上を書いてみた。★