「警告としての階級社会」の終わり~派遣法改正の動き

■ずっと非正規で非正社員

どうもこの頃の僕はニュースにうとく、それは3年前に脳出血で死の淵を彷徨った時以来の傾向ではあるが、下の写真の元ニュースである「労働者派遣法改正」に関係する動きは珍しく関心をもった。

詳しくはこのウェブニュース(東京新聞「非正規 増やさいないで」)を参照いただきたいが、要するに、派遣のジャンルと期間制限を撤廃し、幅広く誰でもなんでもいつまでも派遣社員でいられる決まりに変更しようということらしい。

東京新聞web記事より
東京新聞web記事より

わざわざ法的根拠まで与えなくても実態システムとして「階級社会」化は着実に進んでいるのだから、そんな几帳面に法律までも変えなくてもいいのではと僕は思うのだが、それが几帳面では世界一の我が国民性らしく、法的にも裏付けていくようだ。

このように法改正がなされると、非正社員/非正規雇用から正社員/正規雇用への「昇格」の道が事実上閉ざされると思われる。

ただでさえ、学卒後、正規雇用ではなく非正規雇用から始めたものはなかなか正規雇用に入り込めない労働風土を持つ我が国なのに、この法改正で、本格的に、非正社員が正社員よりひとつ「下」のクラス、つまりアンダークラス/下層・下流階級に固定されるだろう。

このことで、我が国の「21世紀における階級社会」のあり方は、19世紀~20世紀中盤のようなブルジョワ/プロレタリアートではなく、なんのことはない、正規雇用/非正規雇用(あるいは正社員/非正社員)という経済的「身分」で階級固定されていくと想像する。

現在40%近くに膨れ上がった非正規雇用は、「いつか正規雇用/正社員になれる人たち」ではなく、「ずっと非正規雇用で非正社員」つまりは「ずっと非正規」ということになる。

ずっと非正規ということは、ボーナスもなく年金も多くは国民年金ということだ(同じ非正規でもアルバイトではなく契約社員の場合は期間限定で厚生年金だろうが)。同じ仕事をしていてもボーナスや月給で生涯賃金の大きな開きがあり、何よりも、毎年毎年次に自分が働く場所を考え続けなければいけない----このため、非正規雇用の人は正規雇用をこれまでは目指してきた。

■絶望の国の幸福な若者たちは、新階級の一つの生き方

こうした階級社会化の将来はどうなるのだろうか。

前世紀、変則的ではあるが(マルクスが想像もしなかった農村等から)、ロシアや中国やキューバでは「革命」が起こった。ヨーロッパでは、社民主義が新自由主義的勢力のフォロー役にまわってバランスをとってきた。

グローバリゼーションに覆われた21世紀の「階級社会」において、この先どのような展開が待っているのかは僕には想像もできない。

ただ、日本を覆う若者に関する一連の「ムード」は、こうした階級社会化の動きとかけ離れたものではないと思っている。

たとえば、『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿)で示された、「閉ざされたスモールサークルのなかで、若者たちはささやかな『幸せ』に満足している」というあり方。

あれは言い換えると、「非正規雇用という新階級のなかで、若者同士ほのぼのとした交流を行ないささやかな満足を得る」ということだと思う。

あの本の「幸福な若者たち」とは、主として「非正規雇用階級の中の幸福な若者たち」を指すのだと、今僕は納得している(正規雇用の若者も登場していたが)。

■「幸福」か「革命」か

また、最近僕は、非常にやる気があり、よく働く「元ニート」の若者と出会うことが多くなってきた。

そうした若者たちは全員契約社員(具体的には、政府の緊急雇用創出事業の中で働く若者たち)なのであるが、限られた雇用期間の中、熱意と真面目さで仕事に向かうその姿に(仕事のスキルやスピードはさておき)僕は時々感動させられる。

つまり、「階級社会」を分析する視点と、その社会の中で肯定的に幸福に生きる方法を見つけていく視点は、そもそも立つ地平が異なっている。

中流社会が前提だったこれまでは、中流社会の崩壊をくい止めるワードの一つとして「このままでは階級社会になるぞ」という警告に意味があった。僕のブロクで使ってきた「階級社会」とうワードも、こうした警告的意味が多く含まれていたと思う。

けれども、法改正を目前にしつつも実態としてはすでに階級社会になったこの社会に生きる若者(これからこの社会に入っていこうという人々)にとって、これまでの「警告としての階級社会」という使用法にはほとんど意味がない。

必要なのは、階級社会を前提とし、その前提としている社会の中でどのように生きるのかを提示する言葉なのだ。

そうした言葉たちの中には、「幸福」があるかもしれないし「革命」があるかもしれない。

いずれにしろ、警告として階級社会を使用する時期は終わった。今度の法改正はそうしたことを意味していると思う。★