「第三の人口ボリューム」は現れなかった~ひきこもりの高齢化問題と「90才母の年金」

■ひきこもりの高齢化

最近僕は「高校中退」問題に全力で取り組んでいるのだけど(ハイティーンのひきこもり予防こそが日本の諸問題を防ぐという考えから)、ここ5年ばかりは「ひきこもりの高齢化」問題にも積極的に向き合ってきた。

そのなかで、「60才半ばから70代前半の親、30才半ばから40才前半のひきこもり・ニート当事者」という組み合わせは珍しくもなんともなくなっていた。

統計局ホームページから、2010年の人口ピラミッド。50~60年後には長方形。
統計局ホームページから、2010年の人口ピラミッド。50~60年後には長方形。

ひきこもりの高齢化とは、言い換えると、ひきこもりの子ども(年齢的には30代半ば以上)をもった親たち(年齢的には65才前後以上)が、「限りある資産を運用していかにサバイバルするか」ということでもある。

引退世代である団塊世代がいかに中流社会の恩恵を受け資産的に豊かであったとしても、アッパークラスというほど資産があるわけではない。

多くは、限りある年金と貯蓄を運用しつつ堅実に生活していることだろう。

講演等で僕がそうした団塊親たちに語るのは、「できれば70才頃までは後悔ないよう子どものために動き続け、70才を超えたあたりからは、いかに長生きするかを考えてください、特にお母さんたちは」ということだ。

残念ながら男性の場合は、女性より早く亡くなることが多いから、残された母たちは遺族年金を堅実に使いつつ、老後を生活することになる。

母が長生きすればするほど、子どもの年金取得年齢が近づいてくる。現在の仕組みと将来もほぼ変わりないとすれば65才だろうから、いま子どもが40才で母が65才だとすれば、あと25年母が生きれば子どもは65才になり(国民年金ではあるが)年金取得年齢となる。

母はこの時90才だ。

90才の人生は、いまの高齢社会の雰囲気ではまったく自然であり、食生活と運動と健康診断をきちんと行なっていれば、癌等の遺伝的な要因を持っていない場合到達できる年齢だ。

■消えた「団塊ジュニアジュニア」

だから、ひきこもりの高齢化の問題とはひきこもりを持つ親のファイナンシャルプラン問題でもあるのだが、多くの場合、実際はこのように「母がいかに長生きするか」ということに行き着くと僕は思っている。

そして、母が亡くなった後は当然月6万ほどの年金(これも現行制度が変更しないという前提だが)では食べていけず、生活保護でフォローすることになる。

この「年金+生活保護」で生活していく人々の数が今後激増するという見通しなのは、種々のニュースで伝えられるとおりだ。

そんなことをぼんやり僕は毎日考えているのだが、この前、素朴な疑問として、「『団塊ジュニアジュニア』が存在していれば、もしかしてこんな問題も少し問題の矛先がずれていたのでは?」と思った。

団塊ジュニアジュニアとは団塊ジュニアの子ども世代のことで(すみません、いい言葉を思いつきませんでした)、人口ボリュームとして膨れ上がった団塊世代が自分の子ども(団塊ジュニア)世代を大きな人口ボリュームとして膨らませたように、団塊ジュニア世代も自分の子ども世代(ジュニアジュニア)を自分の親たちと同様膨らませていれば、年金財源や高齢者福祉の問題も別のものとなっていただろうと予測できるということだ。

添付した図で言うと、65才前後の膨らみが団塊世代、35才前後の膨らみが団塊ジュニア世代ということになる。このペースでいくと、順調ならば、5才前後あたりに「第三の人口ボリューム」が現れてもおかしくはなかったはずなのだ。

が、現実は、一学年あたり100万人強の数字が膨らみなく並ぶ、逆ピラミッドというよりは長方形の図となっている(だからこのまま50~60年たてば一学年100万人でみんなが80~85才頃まで生きるとして、日本の人口は8000万人程度になる)。

■団塊ジュニアは階級社会の先鞭

90年代後半からの産業構造の激変とグローバリゼーションの本格展開にモロ直撃された団塊ジュニア世代では、3分の1が非正規雇用になり晩婚・非婚化がすすんだ。

そして日本社会は「ひきこもり・ニートを恒常的に生む社会」となり、その先鞭・代表世代として団塊ジュニア世代はある。

一方で団塊ジュニアは「(NPOやIT企業等の)起業ブーム」の中心世代でもあり、世間から脚光を浴びる人たちも多く存在する。

一方でひきこもり・ニート、一方でソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)。一方で生活保護、一方でそれなりの年収といった、上と下の両ウィングがかけはなれた世代の魁となっている。

つまりは「階級社会」の始まりが団塊ジュニア世代なのだ。

高齢化ひきこもりの問題に向き合っているうちに、いつのまにか日本社会の階級化にぶち当たってしまった、というのが僕の不思議な感覚だ。

団塊ジュニアジュニアがもし「塊」として存在していれば、高齢化したひきこもりの問題解決自体にはそれほど影響はないかもしれないが、問題解決するための財源保障(税と年金)等から、現在のような暗い見通しにはならないと思う。

考えても仕方ないことではあるものの、ひきこもりやニートの問題は、以上のような世代間格差や階級社会の問題と裏表のため、あえて言語化し比較してみた。★