子ども・若者の「ホーム」レスとは?

■広義の「ホームレス」

ここでいう「ホームレス」とは広義のホームレスであり、いわゆる路上生活者を指すところの狭義のホームレスではなく、経済的理由や家族構成的理由等により、家に「いづらくなった」人々を指す(タイトルはよりわかりやすく「ホーム」レスとした)。

現代日本では特に、子どもや若者が自分の家にいづらくなりつつある。

具体的には、虐待被害や、ステップファミリー形成時のいづらさなどを指す。

虐待は理解しやすいが、ステップファミリーとは、再婚同士の両親が伴ってきた子どもたちがいきなり同居し、家族を形成することを指す。

この子どもたちの中に思春期の子どもが入っている場合、より問題は困難になる。新しい親、新しいきょうだいに対応できず、家の中に「居場所」が見つからなくなる。

この時子どもたちは、学校の友だちを頼り、あるいは学校外の友達を頼り、家の外を連泊することになる。

教師をはじめとした周囲の大人は、様子を見守るのではあるが、学校によっては類似の生徒が何人もいるため、一人ひとりの生徒を丁寧に見守ることに多大なる労力を要する。

やがて生徒は、ゆっくりと学校の「視野」の外に出ていく。

■「貧困」は子どもを直撃する

現在、こうした生徒たちはそれほど珍しくはないと思う。地域や学校によっては、学校と地域の社会資源が連携して、生徒の自立を支援する取り組みを展開しているだろう。

僕が考えてほしいのは、こうした10代の生徒を含んだ日本の家族のあり方が、一部の家庭にとどまらなくなるだろうという、現代日本の現実だ。

現代日本は、非正規雇用が40%近くになり、年収200万円以下が10人に1人となり、生活保護の受給が215万人を超えている。

このように数だけ並べるのは簡単だ。

が、実際には、上のようなかたちで、「貧困」はまず子どもたちを直撃する。

もちろん、子どもたち自身は、部外者の大人が想像するよりははるかに逞しく生きている。たいへんな状況の中でも笑いを忘れず、強く生きている。

しかし、諸事情から10代のうちに「ホームレス」になった子どもたちは、ホームレスにならない子どもよりも多くの困難に直面する。

それに対して現代社会は、後手に回った福祉的支援しかできない。

グローバリゼーションのなかの資本主義国としては、「ホームレス」後のささやかな福祉的支援(まわりの状況によってはこうした支援さえ受けられない子どもも大勢いる)で十分だという人もいるだろう。

が、僕としては、現代日本の現実を知ってほしいということがまずある。

これは単に超一部の貧困家庭の問題ではなく、「階層(階級)」と化した一定のボリュームをもった人口層の話題だということを。

もちろん非正規雇用40%といっても、現在のところその親の世代は「中流」であるため、子ども世代の貧困すべてがダイレクトに上のような問題につながるわけではない。

が、このままいくと、遅くとも20年後には、上のような問題は我が国のすべてのエリアで一般的になる。

■大阪市住吉区で

そのような見通しと覚悟と、そしてその対処方法をもった上で、我々はグローバリゼーションの中(つまりは世界同一賃金ということです)に突入していこうとしているのか。

そうしたことも狙って、下のようなイベントを大阪で行なう予定だ。当イベントは、大阪市住吉区より委託された事業内のイベントのため、ある意味「ニュース」になると思って掲載した。

11月15日15時より、大阪市住吉区役所で
11月15日15時より、大阪市住吉区役所で