ひきこもりは「中・上流階級」の問題となるだろう

■ネット依存症

最近、友人の精神科医がTwitterにこの記事をリンクしておりアメリカの医療機関がインターネット依存症向けの入院治療プログラムを開始、興味深く読んだ。

深刻さをます「ネット依存症」に関して、アメリカではついに入院治療が始められたものの、今のところ保険診療が効かないため、入院治療費は140万円になるという記事だ。

僕も、ひきこもり支援において、ネット(特にネットゲーム)依存の若者と多く接してきて、中にはいわゆる「ゲーム廃人」となる人もいたことから、ゲームそのものには反対しないものの、このネットゲームだけはなんとかならないかと思ってきた。

だから、このような「ネット依存症」という名付けをどうとらえるかはおいといて、あいまいな「ひきこもり」という言葉よりは、問題をより明確化するこのような「ネット依存」のようなカテゴライズがわかりやすいと思う。

1.ゲーム廃人化の阻止、2.問題の把握のための明確な名付け、という2つの観点から、この「ネット依存症」というカテゴライズに僕は賛成する。

■「世代間断層」

ただ、このようなネット依存するまでにネットしながらひきこもることができる若者層は、変な言い方ではあるが、これまでのように「ひきこもりの中核群」でい続けることができるか、という問いがある。

というのも現在、我が国は「階級社会」への移行期だと僕は思っており、階級社会が本格的に訪れるであろう10~20年後、このようにしてゲームしながらひきこもれるほど余裕のある家庭は、日本全体のどれくらい残っているのかと考えるのだ。

「階級社会の移行期」を言い換えると、「世代間断層」「奨学金」世代間で見方に差 経済状況、大きく変化というふうにも言える。

リンクした記事は奨学金に関する世代の捉え方の違いだが、この奨学金の捉え方に典型的に現れるように、現在、50代以上のもつ社会の事象に対するさまざまな価値と、主として団塊ジュニア(40才未満)より下の世代がもつそうした価値の間には著しい「格差」があると僕は思っている。

50代以上とは、つまりは「総中流社会」の中で主たる価値を獲得した世代だ。具体的には、団塊世代や新人類世代がこれにあたる。

この世代は、現在起こっている階級社会への移行を基本的に実感できない。当然知識をもとに想像はしてみるものの(僕も49才だから毎日必死に「想像」している)、なかなか団塊ジュニアより下の苦しみ、つまり「階級社会」の苦しみが実感できない。

だからこの記事のような、お気楽に「奨学金」を捉えてしまう。奨学金は一事例であって、すべての価値にこのような「世代間断層」が含まれている。

■中・上流家庭は全体の何割?

このような世代間断層のなか、現在、階級社会へと我が国は着実に移行している。

やがて団塊世代が75才を超える頃(10年後)、50才前のわが子のひきこもり・ニート問題よりは、自分自身の健康問題のほうが優先されていくだろう。

そのとき、ひきこもり・ニート問題は、さらに顕在化される。つまり、親世代の投資の中心が子どもよりは自分の健康優先になった時、それでもまだ子どもに投資できる余裕のある家庭は全体の何割程度になるだろう。

また同時に、グローバリゼーションに伴う日本の格差拡大・階級社会化が本格的に固定し、非正規雇用も現在よりは拡大するはずだから、余裕をもってひきこもれる家庭は今よりは格段に減少すると思う。

つまり、ネット依存症になれるほど余裕のある家庭は日本の中でも限られ、それは経済的に「中・上流家庭」に絞り込まれると思うのだ。

そしてその比率は、全体の半数以下であると、僕は想像する。★