修学旅行先として支持集める「震災遺構」 熊本地震の記憶伝える役割に期待

「震災遺構」である表出した断層について解説する「語り部」男性(筆者撮影)

熊本地震の記憶と教訓をいかにして次世代につないでいくか。この課題解決に寄与するプロジェクトが、熊本県が整備を進める「震災ミュージアム」だ。その中核拠点に位置付けられる「震災遺構」の旧東海大学阿蘇キャンパス(熊本県南阿蘇村)には、修学旅行や社会科見学の目的地の一つとして、連日多くの生徒らが訪れている。

旧東海大学阿蘇キャンパス(筆者撮影)
旧東海大学阿蘇キャンパス(筆者撮影)

「これが熊本地震で地表に表出した断層です」

「語り部」の男性が断層を指さすと、見学に訪れていた生徒たちは静まり返った。

3月18日の午後2時15分ごろ。旧東海大学阿蘇キャンパスには、県立上天草高校の2年生が修学旅行の「代替旅行」で訪れていた。

建物は発災直後の状態で保存されている(筆者撮影)
建物は発災直後の状態で保存されている(筆者撮影)

同村では、本震で震度6強を観測。学生を含む31人が犠牲となった。同キャンパスは、地震前は全国から集まった約千人の学生が農学部で学んでいた場所だ。本震では鉄筋コンクリート造の建物の真下を通って、全長約50メートルの地表地震断層が現れた。

地震が発生するまで、布田川断層はキャンパスの敷地内に延びていないと考えられていた。だからこそキャンパスが立地したわけだが、地震によって断層の存在が明らかになった。日本には活断層が約2000あるとされる。日本が抱える「地震リスク」の高さを痛感する。

日本が抱える地震リスクなどについて解説する「語り部」男性(筆者撮影)
日本が抱える地震リスクなどについて解説する「語り部」男性(筆者撮影)

震災ミュージアムの資料によると、断層の直上で建物が被害を受けてそのまま残った事例は少ないといい、県が断層および被災した建物を保存することとした。現地で断層は熊本地震当時のまま保存され、見学通路も整備されている。

建物の中も地震当時の状態で保存されている。床に入った亀裂が痛々しい。壁にかかった2016年4月のカレンダーは、無言のメッセージを発している。

建物内には熊本地震が発生した2016年4月当時のカレンダーがかけられていた(筆者撮影)
建物内には熊本地震が発生した2016年4月当時のカレンダーがかけられていた(筆者撮影)

同高によると、もともとは「震災学習」として3泊4日で福島県などを昨年訪れる予定だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大のため、県外への移動はリスクが高いと判断。熊本地震や地震からの復興について学ぶ「研修旅行」として熊本城や阿蘇大橋、旧東海大学阿蘇キャンパスなどを回ることにした。

この日見学した女子生徒(17)は、「修学旅行が中止になった時はとても残念に思った」とする一方、「地震の被害がこれほど大きいとは驚いた。熊本地震については知らないことも多かったので、今回しっかり学べてよかった」と充実した表情で語った。

断層のずれと建物被害の関係性を観察できる貴重な事例であることから、旧東海大学阿蘇キャンパスには連日多くの見学者が訪れている。

県によると、2020年8月1日に一般公開を開始して以降、4カ月で来場者1万人を突破。その後新型コロナウイルスの感染拡大の影響で来場者が大きく減少したものの、3月7日に新阿蘇大橋が開通して以降は、休日が200~300人、平日で100人以上が来場している。修学旅行や社会科見学の行先としても支持を集めており、学校単位での団体客も増えているという。今年4月から6月にかけて、県外からの修学旅行の予約も入ってきている状況で、需要の高さがうかがえる。

旧東海大学阿蘇キャンパスの玄関前(筆者撮影)
旧東海大学阿蘇キャンパスの玄関前(筆者撮影)

県の担当者は、「自然は災害という形で牙をむくこともある。しかし、我々が自然の恩恵を受けて生きていることもまた事実。日頃の備えをしつつ、自然と共存していかねばならないと理解するきっかけとしてほしい」と、震災ミュージアムの意義について説明する。

語り部のボランティアを務める同村の鉄村拓郎さん(70)は、「南阿蘇村には学生に助けられた住民がたくさんいる。現在、語り部として活動している学生もいる。地震で一度は途切れそうになった地域と学生とのつながりだが、これからも続いていくだろう」と穏やかな表情で語る。

2023年度にオープン予定の体験・展示施設イメージ(県提供)
2023年度にオープン予定の体験・展示施設イメージ(県提供)

県は2023年度、旧東海大学阿蘇キャンパスと隣接した土地に、地震をテーマとした体験・体感型の展示・学習施設をオープンさせる予定だ。「震災遺構」とともに、震災の記憶と教訓を伝える施設として期待したい。