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台湾の交通安全のためにできること。具体策を考えてみた

田中美帆台湾ルポライター
シェアサイクル、タクシー、バイク、バスが道路をひしめく台北の一般道(筆者撮影)

 前回「台湾旅行解禁の前に知っておいてほしい 現地交通事情の深刻さ」を公開したところ、Twitterはじめ大きな反響をいただいた。日本の方からは台湾旅行での体験や見解、在住日本人の方からの共感、台湾人の方からも直接、激励や謝罪が届いた。

 ところが、それで終わらなかった。記事公開の直後、台湾最大のネット掲示板PTTでは、拙記事が全文翻訳されて議論がスタートし、それが複数の台湾メディアで報じられるという、想像を超えた展開になった。台湾メディアの報道に対するコメントも拝見したが、同意、賛同、あるいは「反論できない」といった内容が多かった。

 誰もが「この状況はよくない」と感じているのだと受け止めている。

 せっかくここまで議論が起きたなら、どうにかよい方向に転換できないものか……そう考えて、今回の記事を書くことにした。前回の記事を受けていただいた、さまざまなコメントから情報を筆者なりに整理し、具体策としてのまとめを試みる。なお、各種影響を鑑み、個人名は伏せさせていただいた。

事故の多さは免許制度にあり?

 まず台湾での事故の多さとして、免許の取りやすさに原因があるのではないか、という指摘が多かった。

 免許制度と事故件数の相関関係の立証は、筆者個人には難しい。だが「なぜそういう意見が出てくるのか」を考えてみることはできそうだ。そこで、普通自動車AT車を台湾と日本で取得する場合について、概要を比較してみた。ざっと次のようである。

台湾 日本

費用 3〜6万円(8,000〜1万3,000元) 30万円前後

期間 1か月強 初回教習日から9か月以内

内容 実地 学科+実地

実地の際の教官 あるが全部ではない つきっきり

高速教習 ない ある(保険付き)

免許の有効期限 ない 基本5年(違反者は別)

 台湾の費用も驚くが、問題はそれより下の項目である。

 日本では、教習車に乗っている時は教官が一緒だが、台湾では、最初だけであとは同乗せず、乗れるようになるまで自分で練習する、という教習所があるという。台湾で免許を取得した人のブログ記事も複数確認したが、横につきっきりではないとあって、面食らった。つまり、我流運転の源流は、すでにここから始まっていると考えられる。

 自転車という道具を知っていても必ずしも乗れないように、「知っている/分かる」「知識がある」ことと、「乗れる」「できる」「自然に体が動く」には、大きな距離がある。一時停止、後方確認、右左折での注意事項など、運転時の動作は、法規があれば勝手に生まれる、という類のものではない。

 日本と台湾の両方で免許を取得した友人たちにヒアリングしたところ、「路上教習は車の少ない道でやった」「だから台北市内では乗ったことがない」という。また先月、台湾の免許証を更新した友人は2049年までの使用が可能になったと教えてくれた。つまり向こう28年間、無条件で免許証を持っていられる、ということだ。手続きがないのは楽だが、それでいいのか。

 日本の免許証は5年ごとの更新制で、運転者の違反数に応じて追加教習がある。逆に違反がなければゴールド免許が得られる。これらはある種「取得後の知識修正の機会」として提供されるわけだ。

 自動車でこうなのだから、より簡単に免許が取得できるバイクは言わずもがなである。バイク社会の台湾で、多くの人が「免許制度に問題がある」と指摘したことに、大いに納得がいった。要するに便利さを追求する一方で、人を殺す凶器に豹変するバイクや車、自転車の、危険性や安全のために守るべき法規を学習する機会が圧倒的に少ないのである。

 こうした中で、歩行者優先を体得してきた日本人はどうすればいいのか。

旅行者には「車優先」「左→右で確認して横断」周知を

 そもそも拙記事は、台湾と日本にかかわる関係者の事故死を知り、今後旅行解禁になったときの注意喚起につなげたいと書き始めたものだった。

 団体旅行の現場ではどうなのか。旅行会社に勤務する友人に確認したところ、「ガイドは皆、車優先だから横断の際は気をつけるように、と注意を促すことになっている」とのこと。また、タクシー乗車の際にも、シートベルト着用をアナウンスしているという。

 このアナウンスは重要だ。歩行者優先に慣れた日本人旅行客にとっては、「車やバイクは止まるもの」であり、真逆の感覚が存在するとは分からない。旅行代金と同じくらい、保険加入や注意喚起を促す必須項目だと感じた。

 もう1点、「日本人の交通習慣」に大事な点がある。それは、横断の際の確認の順番だ。日本では左側通行だが、台湾は右側通行だ。そのため、横断の際、重要なのはより体に近い左から確認すること。

 この確認の順番はクセになっていて、案外無視できない。筆者自身、確認の順番を間違えてヒヤリとした経験があるし、台湾人夫に何度も注意された。台湾では「左→右」で確認してほしい。

 「台湾は車優先」「横断の際は左→右で確認」の2点は、台湾旅行者への具体的な知識として提供しておきたい。ほかにも、旅行会社、ガイドブック、現地ガイドなどにも知見があるはずだ。いずれにしても日本と同じ感覚で歩かないよう、注意を促したい。

これから台湾滞在を始める人にはステップを提案

 前回の記事に対して、台湾在住の方からも多くのコメントをいただいた。住んでいる地域や利用する交通手段によって見解は分かれるだろう。各人に対処法があるのは大いに結構なことだ。

 では、これから留学や赴任で台湾に住む方に向けて言えることはなんだろうか。

 筆者が誰かにアドバイスするなら「ある程度、道路事情がわかったところで乗ること。逆を言うと、一度も通ったことのない道は乗らないほうがいい」である。とりわけ、語学力が不十分な状態ではおすすめしない。なぜなら、万一事故に遭遇した際、不利になりかねないからだ。言葉で説明できないうちは、自転車もおすすめしない。

 筆者が暮らしているのは台北で、移動には専らバスかMRT(台北市鉄道)を利用している。在台歴8年になるが、シェアエコノミーのYouBikeを頻繁に利用し始めたのは、この2、3年のことだ。すぐに利用しなかったのは、上記の通り、1人では事故対応できないと考えてのことだった。

 ただ、それだと行動範囲も限られる。そこで筆者の場合、MRTやバスに限界を感じたところで、自転車の利用を始めた。

 利用前に、大いに役立ったのは、バイクの後部座席での見学時間があったことだった。台湾人夫は台湾の自動車免許を持ち、普段は125CCのバイクを利用している。だが、最初は、後部に乗るのも恐怖だった。日本の左側通行のクセが染み付いている筆者にとって、右側通行に頭を切り替えるのも時間がかかった。

 人の動きは予測できない。不意に止まったり曲がったり、脇から飛び出てきたりして、心臓に悪い。

 バイクでおおよそ道路標識の意味が認識できたところで、次は夫に並走してもらいながら自転車に乗り、どういうふうに走ればいいかを教えてもらった。自分1人で行動範囲を広げたのは、そのあとの話である。

 台北はシェアサイクルの普及で、自転車専用通路が設けられている道が少しずつ増えているが、歩行者はベルを鳴らしても避けない。だから、自分が自転車に乗るときは逆に歩行者優先で、急がないことにしている。

 以上が、筆者個人の、台湾で自転車を利用するまでのステップだ。異論も多々あるだろうが、要するに、何も知らないでいきなり乗るよりは、「道を知る→人の乗り方を知る→自分で乗る」という具合にステップを踏むのはどうか、という一案である。

在台者が台湾でできる「檢舉」

 さて、安全に対する危機感は共通すると分かったものの、目の前の台湾社会に還元できないのだろうか。台湾の参政権のない在台日本人に、安全な台湾に貢献する術はあるのだろうか。ライター仲間が「こんなサイトがあるよ」と教えてくれた。

 「臺北市政府警察局交通警察大隊 交通違規檢舉專區」 ——つまりは、違反者を見た目撃者が通報する専用サイトである。上記は台北のものだが、「交通違規檢舉」で検索すると、台湾の地方政府ごとに通報用のサイトが設けられていて、ここから市民が通報できる仕組みだ。

 周囲でヒアリングしてみたところ、通報したことがある近親者は残念ながら1人もいなかった。またつい最近、法改正されて、通報できる内容が変更になった。

 一方、台湾のIT技術を活用できないか、というコメントもあった。それらを受けて筆者が考えたのは、この2つを合わせ技にする方法だ。

 たとえば、中国語力がそれほど必要なくても、交通違反を通報するアプリはどうだろう? 違反現場の位置情報に、違反状況を示す写真や動画、違反者の車体番号、選択式の違反内容を、アプリでしかるべき場所に送信するだけ、みたいな手軽なもの。

 きっと、それだけだと「使ってみよう」とはならないだろうから、アプリをインストールする、最初に使う、積極的に通報する、という人に向けて、段階に応じてポイントが付与され、コンビニで飲み物がもらえる、みたいな特典もつける。その日の夜には、「今日の台湾の事故情報」の通知も届く。

 台湾では今、新型コロナ対策として各店舗への入店を記録するアプリが普及している。1日あたりの新型コロナの感染者数よりも交通事故死の多い台湾で、このシステムを応用できないだろうか。

 情報提供、日々の学習機会の提供、注意喚起など、直接個人に届けられるという意味では、アプリやLINEでのアナウンスは有効に思うが、どうだろうか。

コロナ抑制の奏功する台湾に向けられる期待

 日本の友人たちからは「コロナ対策であれだけ素晴らしい結果を残した台湾なのだから、きっと交通事故もどうにかできるはず」と大きな期待が寄せられている。

 前回の記事を公開したあとで、台湾でも動きがあったことを知った。コロナ対策の指揮センターに似た組織「交通疫情指揮中心」を設置してほしい、という要望が出されていたのだ(当該サイト)。

 この要望内容によれば、コロナ対策同様、日々の事故件数と原因などを記者会見を開いて発表してほしい、という。

 この「公共政策網路參與平台」を通じた市民による政策提案のシステムは、国家発展委員会という国の組織が運営している。5000人の賛同が得られれば、具体的な審議になるという。台湾の居留証があれば、投票できると聞き、筆者も賛同に1票を投じてみた。12月10日時点で、賛同者は4629。残り371の賛同が得られれば、また動く。

 街の安全は、1人の力でどうにかなるものではない。ウイルス同様、交通事故も国籍を選ぶわけではない。街を安全にしていくために、声が届いてほしいと強く願う。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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