日本人に人気の高い台湾茶 最新事情と老舗の挑戦

スパークリングティーはのどごし爽やかで後味すっきり。泡との融合が新鮮(撮影筆者)

新しいスタイルのお茶が登場

 台北の西側にある象山は、インスタ映えする台北101の撮影場所として人気のスポットだ。2018年6月某日、その象山の登山口に向かうのとは別の出口からMRTの駅を出て、ある場所へ向かった。

 大きな道路に面して改装された店舗は、白を基調としており、明るい木目のテーブルがまぶしい。キッチンは作業の手元まで見えるオープンな造り。開店したばかりのはずが、お茶を淹れる手つきはすでに慣れた様子だ。

 この店の名を「 l 龍團(グエンロンタン)」という(グエンの字は実際には漢字の縦棒1画のみ)。店名と店内こそ新しいが、もともとは創業から100年を超える老舗のお茶屋さんだ。今回、開発に7年かけたスパークリングティーとともに、カフェをオープンした。

 「まずは飲んでみてください」と渡されたのは、氣蘊桂花(チーユングイホア)という名のスパークリングティーだ。細長いグラスを受け取ると、泡のはじける音がかすかに耳に届く。まずひと口。シュワっと軽やかな刺激に加えて、思ったより濃い、でも爽やかなウーロン茶系のお茶の味と香りが口の中に広がった。ビールで晩酌派の筆者には、なんとも好みの味だった。

 おもしろいのは、その淹れる工程だ。通常、台湾のお茶は、日本の一般家庭で使われる3分の1ほどのサイズの急須を使う。ところが l 龍團では、独自に改良したエスプレッソマシーンを使って細かく砕いた茶葉でベースとなるお茶を淹れ、それを専用サーバーで一気に冷やした上で気泡を加える。この機器には、台湾での特許を取得した。

 「茶器を使って人が淹れると、お湯の温度やタイミングなどが微妙に違って、味が一定しません。でも、この方法なら誰でも同じ味が提供できます」

 こう語るのは、オーナーの林建宏さん。2003年に家業を継ぐまでは医療関係者として働いていた。その建宏さんがこうした商品開発に乗り出した背景には、今、台湾のお茶が迎えている状況に理由があった。

オープンキッチンの造りで、気泡とともに抽出されていくお茶の様子も楽しめる(撮影筆者)
オープンキッチンの造りで、気泡とともに抽出されていくお茶の様子も楽しめる(撮影筆者)

台湾の街中ドリンク事情

 台湾は、日本のように自動販売機が多く置かれていない。通常、台湾の人たちはマイ水筒を持ち歩く。背負ったリュックの片側のポケットには、十中八九、マイボトルが入っている。

 学校や会社など、施設という施設にはたいていウォーターサーバーが置かれていて、喉が乾けばその水をマイ水筒に入れて飲む。これなら無料だし、お手軽だ。

 ジュースやお茶を飲みたいとなると、ドリンクスタンドかコンビニへ向かう。ドリンクスタンドでは、日本にも進出したタピオカミルクティーもあれば、さまざまにブレンドされたフルーツジュースやお茶がずらりと並ぶ。自分の好みに合わせて甘さを調整することができる。

 コーヒーならスタバかカフェだろう。台湾全土でコーヒー豆は採れるが、流通量はそう多くはない。日本と同じようなラインナップで、各国産の選び抜かれた豆による多様なコーヒーを楽しむことができる。

 持ち帰り文化が浸透している台湾では、飲み物もその場で飲むより、持ち帰る姿を見かけることが多い。

世代による飲み方の違い

 さて、お茶である。

 「茶行」と呼ばれる茶葉の販売店、特に昔ながらの老舗では量り売りが基本だ。茶葉の品種やグレードごとに大きな缶に収められ、客はその味や香りを確かめながら入り用の分を買う。老舗でも店によっては、パッケージングされた商品を扱う。

 そうした店で買った茶は、台湾サイズの急須で淹れる。特徴的なのは、リビングにお茶専用のテーブルがあること。皆で一緒にそのお茶テーブルを囲んで世間話に花を咲かせる。

 台湾の湯のみは、日本酒のおちょこサイズで、あっという間に飲み終わる。客の湯のみが空になると、ホストは新たにお茶を注ぐ。注ぐ、飲む、注ぐ、飲む、の応酬は、会話と同じように繰り返されていく。注ぐたびに変わる味や香りを含めて楽しむのが、台湾では本格派といっていい。ただし、本格派といっても日本の茶道のように決まった作法が一般的というわけではなく、要は急須でお茶を淹れるくらいのポジションだ。

 こうした習慣があるのは、圧倒的に中高年だ。若い世代はというと、ペットボトルかドリンクスタンドで渡される紙カップ、もしくはマイ水筒。お茶との距離の取り方は、世代によって異なる。この違いを、建宏さんは次のように言う。

 「昔ながらの中国茶の楽しみ方に必要なのは、たくさんの茶器、そして時間です。一方で今の若い人たちがお茶を飲むというと、誰かが淹れてくれたものを持ち帰るのが基本的なスタイルです。時間をかけることなく、新鮮なままで持ち歩く。逆に、お茶を淹れる時間を含めて楽しんでいた世代にとってみれば、今の若者が飲んでいるのは、糖分とミルクなど、お茶以外のものがたくさん入った飲み物、というイメージですね」

 言われて、お茶を飲むスタイルそのものが大きく変化したことに気づかされた。そのような中で、これまで通りの茶葉を量り売りするビジネスモデルを続けるのが難しいことは、想像にかたくない。家業を継いだ建宏さんは、このお茶を飲むスタイルの変化に対応する方策を探り続けた。

 「昔ながらの味を残しつつ、若い人たちが求めるお茶にしたい。そうしてできたのが、冷たくてシュワっとしたお茶、スパークリングティーという形でした」

砕いた茶葉を、専用機にかけてお茶を抽出する。使用する茶葉は台湾の南投で生産されたもの。(撮影筆者)
砕いた茶葉を、専用機にかけてお茶を抽出する。使用する茶葉は台湾の南投で生産されたもの。(撮影筆者)

生産現場の抱える課題

 スタイルの変化に伴って、消費量も変化したのだろうか。統計によれば、台湾人1人あたりの年間のお茶の消費量は、1971年の0.27kgから2016年の1.51kgへと大幅に増えている。

 とはいえ、台湾産の消費が増えているわけではなさそうだ。大きなターニングポイントになったのは1991年。台湾内の紅茶の供給不足から一気に海外産の紅茶の輸入が増えた。輸入茶葉の量が輸出茶葉の量を上回ったのも、この年である。さらに2001年に台湾がWTO(世界貿易機関)に加盟してからは、ベトナムやインドネシアなど海外の輸入茶葉が増え、価格競争は激化の一途をたどっている。2016年、台湾への輸入茶葉は輸出量の約5倍の量に達した。

 茶葉を買う人の半数以上は、茶行を購入場所にしている。一方、パッケージされた茶を買うのは、百貨店やスーパー、さらには雑貨店やコンビニなどと目に触れる機会が多い。こうした販売チャネルの増加も、茶業経営の難しさを物語る。

 今年4月、台湾に関する新刊が日本で出版された。タイトルは『台湾探見 Discover Taiwan~ちょっぴりディープに台湾(フォルモサ)体験』。20年以上を台湾で暮らす片倉佳史さんと真理さんご夫妻が、取材という形で長い時間かけて見聞きしてきた台湾の姿をまとめたもの。台湾の信仰深さに、離島に美食、先住民と、幅広いテーマであるにもかかわらず、たっぷりの取材量で台湾の魅力がより深く伝わる。台湾茶についてこんな1節があった。

 「茶農家の人手不足も深刻だ。現在、茶摘みを担っている女性たちは、50~60歳代が中心。若い世代は重労働を嫌って都会に出てしまい、出稼ぎの外国籍女性に頼らざるを得ないのが現状だという。昔ながらの「手摘み」は茶葉の具合を見ながら摘むことができたが、こうした高齢化や外国人労働者の流入により、その技術は残念ながら受け継がれていない」(本書「凍頂烏龍茶の郷を訪ねて 鹿谷」より)

 かつて台湾が日本だった頃、お茶は砂糖、樟脳に加えて台湾経済を支える大きな柱だった。戦後、茶業は発展していき、紅茶と緑茶は長い間、輸出の主要品目にもなっていた。その輸出先として、日本も大きな地位を占めていた。一時期は、台湾にある煎茶工場のうち、3分の1は日本輸出向けの工場だったという。

 今や台湾経済の柱は、お茶や樟脳ではない。茶業の業界も、輸入品の流入、競合商品の登場、販売チャネルの複雑化、世代によるスタイルの変化など、建宏さんが新商品開発に、丁寧なリサーチを重ねた上で、長い時間かけて打って出た背景がおわかりいただけたものと思う。

変わりゆく楽しみ方

 台湾旅行に来る日本の友人に、必ず「コンビニでお茶を買うときにはラベルに無糖とあるか確認するように」と言うことにしている。なんの気なしに日本と同じ感覚でペットボトルのお茶を買うと、甘い緑茶を飲むことになるからだ。日本ではおよそ経験しない甘いお茶は、台湾在住5年になる今も慣れない。このささやかでほろ苦いエピソードは、聞けば台湾旅行した日本人の多くが体験している。

 日本人観光客にとって台湾茶というと、パイナップルケーキなどと並ぶお土産の代表格である。緑茶と煎茶の占めていた日本市場には、1980年代に大きなウーロン茶ブームが起きて以降、中国茶市場は拡大してきた。台湾からの輸入量は、中国のそれには遠く及ばないものの、品質の高い台湾茶の需要がある。筆者自身は2度目の台湾旅行の際、茶藝館で台湾茶の淹れ方を習い、茶器を購入して帰国した。友人知人の中には、お土産に必ず買うのはもちろん、さらなるツワモノがいて、台湾産茶葉の輸入を手がける人や、日本で中国茶コーディネーターの資格を取り、台湾で製茶の工程を体験した人もいる。ただこれらは、昔ながらの楽しみ方といえる。

 建宏さんが手がけるのは、新しい形のお茶だ。これまで塩梅で淹れてきた台湾茶に、新しい形で工業化を導入し、この機械があれば同じ味を味わえる、という環境を整えた。

 「この店はいわば製造工場です。いずれは、ここから若い人たちの集まるエリアに小さな店を出して、たくさんの人に飲んでもらえるようにしたいと考えています」

 建宏さんたちの挑戦は始まったばかりだ。まずは台北の人気スポットで、日本人観光客の皆さんの手に渡る日を、楽しみに待ちたい。