社員の最低年収とCEOの給与を同額の7万ドルにしたシアトルの企業、お家騒動から訴訟に

(写真:アフロ)

昨年、シアトルのクレジット決済会社グラヴィティ社のCEOダン・プライス氏が、社員の最低年収を7万ドル(約720万円)に引き上げ、そのコストを補うため、自身の給与を100万ドル(1億280万円)から最低年収と同額の7万ドルに下げることを発表し、アメリカのみならず世界中で大きな反響を呼びました (以前の記事)。

同氏の決断は賃金格差に関する大きな議論を巻き起こし、発表後は同社やCEO本人に大きな変化が起こり、訴訟問題にも発展しました。

良い面も悪い面も

発表後、プライス氏は講演会に招かれたり、本の出版話が持ち上がるなど、一躍時代の寵児に。多くのメディアが同社の動向を追跡報道していましたが、Inc.誌によると、発表後半年で同社の売上と利益は共に倍増、ニューヨークタイムズ紙によると、発表前に月200社だった新規顧客数が発表した月には350社に増え、その後2ヶ月で12名の社員を新規雇用したとのこと。給与増額の影響で手数料が上がることを懸念し、契約を解除した顧客もいたようですが、同社の発表は概ね好意的に捉えられたようです。

ただし、多くの社員が給与増額に喜ぶ一方、発表後に社員2名が辞職。ニューヨークタイムズ紙によると、財務管理者だった女性は、新人の給与が倍増するのに経験ある社員の給与が上がらないのは不公平と考え、辞職。ウエブ開発者の男性は当時4万1千ドルの給与が初年度増額分で5万ドルに増えたにも関わらず、業績向上のプレッシャーで逆にモチベーションが下がってしまい、さらに自身の給与額がテレビで公開されたことで周りの人の態度が変わったことを苦に辞職したとのこと。残っている社員の中にも、同じように実力以上の給与にプレッシャーを感じる人もいたようです。

訴訟に発展したお家騒動

さらに、発表後に起こった一番大きな問題は、共同創業者で同社株の40%を保有するCEOの5歳上の実兄が、プライス氏に対して訴訟を起こしたことです。両氏は04年にグラヴィティ社を共同創業したものの、08年には、プライス氏が同社株の60%を取得し、実兄は40%を保持するが同社の日常業務には携わらないとする契約を結んでいたとのこと。ところが、最低賃金の発表後、実兄はプライス氏が過剰な報酬を得ており、会社のクレジットカードを私的に利用していたとして訴訟を起こし、自身の持ち株を買い取るよう要求。裁判は一年以上に及び、今月、実兄の主張は証拠不十分とされ、プライス氏の弁護士費用も実兄が払うよう判決が下されました。

判決後、プライス氏は「兄が創業時に非常に大きな役割を果たしてくれたことの有難みは忘れていません。私たちの間にこんな試練を与えてくれたことに感謝しています」と語っています。

懸念される今後の動向

この判決により同社の危機は乗り越えましたが、懸念材料がなくなったわけではありません。同社の最低賃金引き上げは段階的なものであり、実際に7万ドルになるのは来年です。発表直後は大きなPR効果があり、顧客数も増えたようですが、給与額が上がりコストが増える来年以降も事業を維持・成長できるのか、懸念する声もあります。

また、最低賃金引き上げにより新入社員の満足度は高くなりますが、その影響で経営層の賃上げ率が下がれば、他社に引き抜かれる可能性が高まります。20年以上前から一般社員と経営陣との給与差上限を定めているオーガニックスーパー最大手のホールフーズマーケット社は、他社からの役員引き抜きを避けるため、これまで何度か上限を引き上げており、代わりに創業CEOの報酬は1ドル、ストックオプションは全額寄付しています(以前の記事)。

プライス氏は、「ビジネスリーダーは金ではなく、目標と影響力とサービスで評価されるようになってほしいし、私たち自身の評価基準もそうであってほしい」と主張しています。社会のお金に対する価値観が変わわらない限りこれを実現するのは難しいでしょうが、これほど世界を騒がせたのですから、同氏の決断が大きな影響を与えたことは間違いないでしょうし、今後同社が最低賃金7万ドルで事業を維持・成長させることができれば、同社に続く企業が出てくるかもしれません。同社は生活費の高いシアトルにあるため7万ドルに設定していますが、各地の生活水準に応じてリビングウエッジ(人間らしい生活ができるレベルの賃金)を設定すれば良いはずです。

社会を変えることができるのか、同社の今後の行方が注目されています。

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