「ウォール街はカネ依存症」元トレーダーが激白

本日より開始されるダボス会議に先立ち、国際NGOのオックスファムが経済格差に関するレポートを発表。たった85人の最富裕層の資産額が35億人分、つまり世界人口の半分の資産額に匹敵するという事実を明らかにしました。同レポートではこの格差の解決策として、累進課税の推進や租税回避の禁止、富の政治への濫用防止、資金の流れの開示、税の適正利用などをダボス会議で話し合うよう提案しています。

超高所得層への増税を訴える投資家のウォーレン・バフェット氏(NY Times)や、同氏とビル・ゲイツ夫妻が立ち上げた、生涯資産の半数以上を寄付することを誓約する寄付クラブ「ギビング・プレッジ」の参加者のように、寄付や慈善活動を積極的に行い、格差是正に取り組む最富裕層は少なくありません。しかし、社会システム自体を是正しなければ、本質的な問題は解決しないでしょう。

オックスファムのレポート発表の数日前、元ヘッジファンドのトレーダーで食育NPOの創業者であるサム・ポーク氏が、ニューヨークタイムズの論説欄で、トレーダー時代の金への固執について激白しました。

面白い記事なので是非原文を読んで頂きたいですが、要約すると以下のような内容です。

食器棚のセールスマンの父と看護師の母の元で貧しい子供時代を過ごしたポーク氏は、いつしか金がすべての問題を解決すると信じるようになった。

コロンビア大学時代に酒とドラッグ依存症に陥いるも、何とか克服して卒業後にバンク・オブ・アメリカに入社。

初年度4万ドル(417万円)のボーナスを得て喜んだのも束の間、90万ドル(9,400万円)で他社に引き抜かれた4つ上の先輩を見て、金への執着を強めていく。4年後に自身が175万ドル(1億8千万円)でシティバンクに引き抜かれると、頭脳と成功に酔いしれて湯水のように金を使い始めるが、それでも飽き足らず、ビリオネイヤの仲間に闘志を燃やして底知れぬ金欲の渦に堕ちて行く。

ところがある日、会議でヘッジファンド規制について話していたときに変化が起こる。その場のほぼ全員が規制に反対する中、ポーク氏は「社会全体にとっては規制は良いことなのでは」と述べた。すると上司は彼を一瞥し「社会全体のことに頭を使う暇などない。問題なのは、この規制が我が社にどう影響するかだけだ」と言い放った。この言葉を聞き、ウォール街の人が抱いている金の所有欲とそれを失うことへの恐れは、ドラッグ依存症患者の症状に似ているとポーク氏は悟る。しかも、自分の体を蝕むだけのドラッグ依存症と異なり、カネ依存症は社会全体を蝕んでいく。

母が行っていた看護という仕事は社会に必要だが、自分が扱うデリバティブなどなくても社会は回ることを悟り、余りあるほど金を持っているのに、金を必要とする人から搾り取っていた自分の行為に気付き愕然とするが、それでも収入が減ることへの怖れはなかなか克服できず、退職する勇気を持てないでいた。

2010年、360万ドル(3億8千万円)のボーナスを提示されたポーク氏は、その額に憤慨し800万ドル(8億3千万円)を要求した。数年間辞めないことを条件に額を上げると交渉し始めた上司の言葉を振り切り、思い切って会社を辞めた。カネ依存症からのリハビリに時間はかかったが、退職3年後に結婚し、貧しい人たちに食育するNPOを立ち上げ、現在に至っている。

NY Times

ウォール街では、どれだけ稼いでも満足感を感じる人は少ないとポーク氏は言います。そして、モノを溜め込む依存症やゲーム依存症など様々な依存症に対する支援団体はあるのに、カネ依存症の治療を支援する団体だけがないのは、ウォール街の人々だけでなく、現代社会の多くの人がカネに執着し、富裕層に憧れているからだと、同氏は分析しています。

彼が主張するように、格差が是正されない原因は富裕層だけにあるのではなく、そうした社会を作り上げている私達自身にもあるのでしょう。

お金は大切なものですし、稼ぐことは悪いことではありませんが、あくまでモノやサービスに交換するためのツールにすぎませんから、常識的に考えれば、必要以上に持っていても仕方ないはずです。それでも多くの人が必要以上に欲しいと思うのは、お金を持っている人を高く評価する社会通念があるからではないでしょうか。

お金やそれに付随する権威や地位ではなく、別の視点で人の価値を判断する人が増えれば、格差は自然と是正されていくのかもしれません。カネ依存症の人々を治癒することも、政府が格差是正に取り組むことも大切ですが、人々の価値観も社会を動かす大きな要素だと思います。

固定観念を覆すのは簡単なことではありませんが、先進国ではお金以外のことを重視する人が増えてきているように感じますし、できないことではないような気がします。社会を作り上げているのは、政府や富裕層など一部の人ではなく、大勢の市民だと認識することが大切ではないでしょうか。