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グローバル人材の卵、孵るかどうかは私たち次第ー日本に暮らす「外国にルーツを持つ子ども達」

田中宝紀NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者
生まれたところや皮膚や目の色は、もう「日本人」を表すものではなくなりつつあります(写真:アフロ)

知っていますか?―日本に暮らす外国にルーツを持つ子どもたち。

「外国にルーツを持つ子ども」とは、両親またはそのどちらか一方が、外国出身者である子どものことをあらわしています。親御さんとの血のつながりは特に関係ありません。実親であっても、義親であっても外国にルーツを持つ親御さんがいる場合、その子は「外国にルーツを持つ子ども」と呼ばれます。

国籍や生まれた場所、話す言葉や宗教などは問いません。外国籍を持つ子どももいれば、親御さんのどちらか一方が外国出身者である、いわゆる「ハーフ・「ダブル」の日本国籍を持つ子どももいます。

「外国にルーツを持つ子ども」の多様な状況とバックグラウンド(筆者作成)
「外国にルーツを持つ子ども」の多様な状況とバックグラウンド(筆者作成)

日本で生まれ、日本で育ち、日本語しか話さない(母語ができない)外国籍の子どももいれば、海外で生まれ育ち、外国語しか話さない(日本語ができない)日本国籍の子どももいます。

「外国にルーツを持つ子ども」の定義は幅広く(そしてその「呼び方」も定まらず)、公的な調査でもそのはっきりとした数を掴む事ができていません。ただ、参考になる数字としては国勢調査を元にしたある研究論文では外国籍の保護者と同居する子ども・若者(概ね0~30代)として180万人程度という数字が出されています。また、現在1年間に生まれてくる子どもの30人前後に1人は外国籍の親を持つと言われており、新しい時代の到来を予感させています。

「グローバル化」の時代の流れと共に、こうした子どもたちのことを「グローバル人材の卵」などとそのポテンシャルを強調して言及することもありますが、現時点では、「外国にルーツを持つ子どもたち=(イコール)日本社会の中で困難を抱えている子どもたち」である側面の方が強いことは否定できません。

外国にルーツを持つ子どもたちが直面する「言葉の壁」

外国にルーツを持つ子どもたちが抱える困難の中で、最も大きなウェイトを占めるのが、「言葉」の問題です。

現在「日本語の壁」を抱えながら全国の公立学校に通う子ども達の数は、文部科学省が発表した公式の数字だけでも37,000人と少なくありません。10年前と比べると1万人以上の増加です。

文科省平成28年3月「日本語能力が十分でない 子供たちへの教育について」p3
文科省平成28年3月「日本語能力が十分でない 子供たちへの教育について」p3

言語の問題は、子どもの教育機会へのアクセスだけでなく、その子自身の健全な発達全般に影響を及ぼします。

日本語がわからない

学校の勉強が理解できない

年齢相応の基礎学力を身につける機会がない

高校進学率は推計50%前後/高校中退率15%

と言った状況です。さらに、日本語を身につけていく過程の中で、母語の力を高める機会が得られずに、母語を喪失または未発達の状況に陥ることもあります。母語は抽象的な概念を獲得したり、思考をめぐらせるために必要な言語。この母語の力が弱まることで、心身の健康な成長が妨げられてしまう可能性もあり、「日本語教育」に留まらない、日本語を母語としない子ども達の言語保障を考えていく必要性があります。

このような教育や言葉の領域に関わる困難のほかにも、外国にルーツを持つ子どもたちは保護者の離婚・再婚による複雑な家庭環境、貧困、いじめや差別などによる日本社会からの疎外感やアイデンティティの揺らぎなど、様々な側面において「容易ではない」状況におかれていることが少なくありません。

政府が開く教育再生実行会議では、日本語能力の十分でない子ども達の課題が議論されました。文部科学省では、昨年11月より「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議」において、具体的な施策を検討し始めています。こうした子ども達の教育や健全な成長を支え、育てる事は、今や日本にとって避けて通る事のできないイシューです。

今、みすみすグローバル人材のポテンシャルをつぶしてはいけない

一億総活躍プラン(案)についての記事の中でもご紹介しましたが、一時期、外国人といえば「デカセギ」であり、日本で稼ぐだけ稼いだ後はいずれ帰国してしまう存在でした。しかし現在では、外国にルーツを持つ方々の日本への定住・永住志向の高まりは全国的な傾向であり、政府は一層、定住を促進しようとしています。

「日本の子どもが貧困で苦しんでいる時に、外国人の子どもなんて」と言った発言を目にする事も少なくありませんが、私はよく、こうした子どもたちを支えていくことが「最終的には日本社会にとって恩恵をもたらす、社会的投資である」と訴えてきました。

現在様々な困難や課題を抱えているとはいえ、十分かつ適切な教育機会や育成機会を創出すれば、やはりこうした子どもたちの「グローバル人材」としてのポテンシャルは、一般の日本人家庭の子どもと比べて高いだけでなく、20代直前まで外国で育ってきて外国側を基点として思考・行動する留学生とは異なり、日本国内で一定期間の教育を受けた、いわば良い意味での“ホームグロウン”の人材として、日本側を基点に海外との架け橋として活躍できる可能性も秘めています。

こうした子どもたちを未来の日本社会の宝とできるかどうか。

今現在の私たちの行動が問われています。

*この記事は「グローバルキッズ&ユースマガジン」2016年4月号に掲載した「【今月の論点】 知っていますか?―日本に暮らす「外国にルーツを持つ」子どもたち。」を元に加筆・修正しています。

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者

1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。 フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。 日本語や文化の壁、いじめ、貧困など海外ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2021年:文科省中教審初等中等分科会臨時委員/外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議委員。

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