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工藤静香 35年目に初めてセルフカバーに挑んだ理由 「曲が生まれ変わるんだという思いで歌った」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ポニーキャニオン

デビュー35周年、初のセルフカバーアルバム

デビュー35周年を迎えた工藤静香。この夏は『テレ東音楽祭2022夏』(テレビ東京系)、『THE MUSIC DAY』(日本テレビ系)、『2022 FNS歌謡祭 夏』(フジテレビ系)などの音楽特番に精力的に出演。ボーカリストとして今がまさに充実の時と思わせてくれる圧巻のパフォーマンスで、出演後はSNS上で絶賛の声が飛び交っている。その輝きを増したボーカルが楽しめるのが、初のセルフカバーアルバム『感受 Shizuka Kudo 35th Anniversary self-cover album』(7月20日発売)だ。

意外にもこれが初のセルフカバーアルバムだ。20周年のタイミングでリリースした『MY PRECIOUS -Shizuka sings songs of Miyuki-』(2008年)は中島みゆきのカバー集、そしてその第2弾『青い炎』(2021年)、2019年に発売した『DEEP BREATH』ではエド・シーランやアデルなど洋楽アーティストの楽曲をカバー。35周年のタイミングで初めてセルフカバーに取り組んだ。なぜ今だったのか、そして改めての自身の曲と向き合ってみて感じたことなどをインタビューした。

「ファンの方の声がきっかけ」

「ファンの方の発信です。ライヴやテレビで今までの曲を歌う機会も多くて、そうすると例えばオリジナルの『抱いてくれたらいいのに』も好きだけど、今の声で歌っている音源が欲しい」というファンの方からの声が、30周年を超えたあたりから多くなってきました。これがセルフカバーをやろうと思った一番のきっかけです」。

「原曲がものすごく“強い”から、セルフカバーをやっても、あれにかなうものは作れないし、あれより良くは絶対にならないから、やめておこうと思っていました」

『感受 Shizuka Kudo 35th Anniversary self-cover album』(7月20日発売)
『感受 Shizuka Kudo 35th Anniversary self-cover album』(7月20日発売)

ファンの声に後押しされたことで、セルフカバーを制作することを決断したと教えてくれたが、理由はそれだけではなかった。

「どうして今までやらなかったのかって思う人も多いと思いますが、正直にいうと、逆にちょっと避けていたところもあって。それは原曲がものすごく“強い”じゃないですか。あれにかなうものは作れないし、あれより良くは絶対にならないからやめておこうと思っていました。でも『青い炎』で、みゆきさんの曲をアレンジさせていただいたりとか、その前にも洋楽のカバーアルバム『DEEP BREATH』を作ったりしていく中で、ちょっと何かが見えてきたんです。『あ、大丈夫かも』って思えたんです。それでずっと一緒に作品作りをしてくれている渡辺剛さんと澤近泰輔さんと、今回新たに作曲家の村松崇継さんにアレンジをお願いしました」。

渡辺剛、澤近泰輔、村松崇継がリアレンジ

ファンクラブ会員にリクエストを募り、それを元にシングル14曲をセレクト。工藤がいう数々の「強い曲」達を、工藤作品には欠かせない渡辺剛、澤近泰輔、そして今回初めてタッグを組む、数々の映画の劇伴を手がける村松崇継の3人がリアレンジ。工藤の中島みゆきカバー集『青い炎』を聴き、感動した村松が自身が音楽監督を務めたMBSの番組『西本願寺音舞台』(9月)で、村松が竹内まりやに提供した「いのちの歌」を工藤に歌って欲しいとラブコールを送ったことから、共演が実現。そして今回工藤がアレンジをオファーした。その村松がアレンジした、工藤最大のヒットになった「慟哭」が『感受』のオープニングナンバーだ。村松がアレンジした『慟哭』は、繊細で美しくて厚いオーケストレーションが印象的で、曲が本来持っているエモーショナルな部分、切ない部分がより薫り立ってくる。

「『慟哭』はより『慟哭』になったと思う」

「『慟哭』のアレンジは感激しました。より『慟哭』になった、さらに『慟哭』だなってすごく思いました。映画音楽のようなスケールの中で歌ってる時も『慟哭』感が、結構ありました。もっと哀しい歌になったというか。私は歌う時はまず“音”を感じてそれが歌になるので、『慟哭』も原曲のアレンジはロックっぽいので、ちょっと強気で、突っ張っている女性だけど、あえて明るく、強く歌いましたが、今回はもっと“深く”なった感じがします」。

「原曲のアレンジは気にしないで、自由な発想でやっていただきました」

いずれも“強い”シングル曲で、しかもファンが選んだ選りすぐりの14曲ということで、アレンジを手がける3人も、原曲の温度を感じつつ、新たな息吹を吹き込む難しい作業に取り組んだ。

「まずお任せでやっていただいて、最初はやっぱり皆さん原曲に気を遣ってくださっている感じがすごくあって。それで『原曲を気にしないでやってください』とお願いをして、その次はもう「原曲と同じにしてはダメです」と強い感じで伝えました(笑)。それはハードルが高くなる分、発想がもっと自由になるのかなと思って、お願いをしました」。

「曲が生まれ変わるんだという思いで歌いました」

このアルバムは、タイプが違う3人が手がけたアレンジを聴き比べるという楽しみ方もできる。一方で、歌についてはどういう思いで向き合い、一番気を付けた部分を聞かせてもらった。

「本当に真っさらな状態から歌いました。原曲をなぞる感じは全くなく、曲が生まれ変わるんだという思いで歌いました。せっかくカバーアルバムを出すのであれば、原曲にちゃんと違うお洋服を着させてあげたいと思いました。もちろん10代から年を重ね、歌の表現も変わるし、言葉ひとつにも厚みが加わって、ふくよかになっているじゃないですか。それは聴いて下さる方も、感じ方が変わっているので同じだと思います。それと、私はいつもそうなんですけど、聴こえてくる音楽から自分の声が出て、歌い方が変わってくるので、自分がこう歌いたいというよりは、音がこうだから自分はこう歌いたいと思う方なので、原曲とは全く違うものになりました」。

改めて自分の曲と向き合い「難しい曲ばかりと思いました(笑)。当時は夢中で歌っていたし、歌っていてすごく楽しかったことを思い出しました」。今回の作品は、どの曲も曲自体の強固な“芯”は変わらず存在しながら、確実に“更新”されている。それはアレンジの妙であり、その音に導き出された、工藤静香という35年のキャリアのシンガーの現在地を映す歌がしっかり伝えてくれる。

「アルバム全体的には弦楽器が前面に出て、落ち着いた感じになっています。そんな中で元々ロック調の『Blue Velvet』は、さらに悪い大人のロックになっていて(笑)、すごく好きです」

「村松さんのアレンジでいうと『めちゃくちゃに泣いてしまいたい』は、おとぎ話のような世界観になって、『Ice Rain』の疾走感がある、壮大でドラマティックなストリングスも本当に素敵で。アルバム全体的には弦楽器が前に出て、落ち着いた感じになっていると思います。澤近さんがアレンジしてくださった『恋一夜』は、『チェロで一緒に歌って欲しい』ってリクエストしたり、バイオリンは『もっと泣いて欲しい』って伝えました(笑)。その中で『Blue Velvet』のような元々ロックな曲は、さらに悪い大人のロックになって(笑)、これもすごく好きです」。

「『くちびるからの媚薬』を、太陽がサンサンと降り注ぐラテン調に変身させてくれ、ビッグバンド調で、ステージで派手に歌っている姿が目に浮かぶ『Blue Rose』を手がけてくれた、渡辺さんのアレンジも斬新でした。『激情』での澤近さんのスパニッシュなアレンジ、ボサノバタッチの『MUGO・ん…色っぽい』は、さらに大人な感じになって、この曲もそうですが、国籍を変えてくれた感じの曲も多いです。でも皆さんそれぞれの曲にリスペクトがあって、愛情がある上でこの形なので、だから成立すると思うし、改めて感謝しています」。

「デビューシングルの『禁断のテレパシー』は、当時なかなかうまく歌えなくて、悔しい思いをしたので、そういう意味では思い出深い一曲」

難しい質問をぶつけてみた。今回のシングル14曲の中で特にお気に入りの曲、強く印象に残っている曲は――。

「選べないのですが、そう聞かれるとどうしても考えてしまいますよね……やっぱりデビュー曲の『禁断のテレパシー』です。今回のアルバムの中でという意味ではなく、1stシングルだったので、なかなか思うように歌えなかった自分がいるので、すごく印象に残っています。生番組で緊張してうまく歌えなくて、悔しい思いばかりしていたので、そういう意味で思い出深い歌になりました」。

「『島より』(中島みゆき作詞・曲)は、色々な人とのことや思いを重ねて聴いて欲しい」

ボーナストラックには昨年12月に配信リリースした、中島みゆきが工藤に13年ぶりに書き下ろした「島より」が収録されている。中島作品を誰よりも多く歌っている工藤にとっては「今の静香ちゃんにぜひ歌って欲しい曲を書きました」という中島のメッセージと共に届けられたこの曲には、特別な思いがある。

「『島より』は配信リリースだったので、大切な曲がこうして形になるのがすごく嬉しい。とってもいい歌だし、実際に風を感じるというか、それもカラッとしていない風で、そういう場所にある島から吹く風なんだなって想像してしまいます。でもこんなに風の匂いまでしてくる曲ってないと思うし、宇宙を感じれるような大きく深い歌です。聴いた人それぞれが感情移入できるし、色々な人とのことや思いを重ねることができると思います」。

「歌に対しての情熱や思いはずっと変わらない。それがなくなったら自分じゃなくなる」

自身の誕生日に閃いたという『感受』というタイトルには、“様々なものを心に受け止める”という意味がある。「今ならできるかも」という思いを素直に受け止め、デビュー35年で初めて自身の数々のヒット曲をセルフカバーしたこの作品は、忘れられない一枚になった。

「ずっと大事にしていきたいアルバムです。すごくいいアレンジになったのでこの先、オリジナルを歌うのか、こちらのアレンジを歌うのか、どちらを歌うのか迷ってしまいそうです」。

この作品を引っ提げ、真夏の日本を巡る全国ツアー『工藤静香 35th Anniversary Tour 2022〜感受〜』が7月23日からスタートした。どんな歌を響かせてくれるのか楽しみだ。

「歌に対しての情熱や思いは、1stアルバムの時からずっと変わっていなくて、むしろ大きくなっているかもしれません。歌への情熱がなくなったら、それは自分じゃなくなってしまいます」。

工藤静香 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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