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名曲に名アレンジあり。音の魔術師・萩田光雄「作曲家からもらった縦糸に横糸を通し模様を描くのが編曲家」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

その発売が待たれていた“音の魔術師”のサウンドヒストリーを辿る作品が、11月24日に発売され好調だ――『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』――太田裕美「木綿のハンカチーフ」あみん「待つわ」山口百恵「プレイバックPart2」久保田早紀「異邦人」中島みゆき「ひとり上手」中森明菜「少女A」安田成美「風の谷のナウシカ」等、そのヒット曲は枚挙にいとまがない、日本歌謡界の巨人・萩田光雄の作品集だ。これまで約4000曲を手がけたといわれている作品の中から、92曲がCD5枚に収録されたBOXセットは、萩田サウンドにどっぷりハマってきた世代はもちろん、昭和ポップスが再び脚光を浴びている今、若いリスナーからも注目されている。

そんな“音の魔術師”・萩田にインタビュー。この作品の選曲について、そして思い入れのある曲についてなど、話を聞いた。

『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』には太田裕美、南野陽子、クリス松村、音楽P・川瀬泰雄との対談、全92曲の楽曲解説、4000曲を越える萩田の編曲作品リストを掲載した豪華ブックレット(3冊)も付属
『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』には太田裕美、南野陽子、クリス松村、音楽P・川瀬泰雄との対談、全92曲の楽曲解説、4000曲を越える萩田の編曲作品リストを掲載した豪華ブックレット(3冊)も付属

手がけた作品は4000曲以上。それぞれの作品についての細かいことは「よく覚えていない。とにかく次から次へと作っていく中で“忘れること”も仕事のひとつでした」

今回のBOXセットは、4000曲以上ある作品の中から92曲をセレクト。「仕方がない」と言いながらも、手がけた作品のわずか2%しか収録できなかったことについて「歌手の方、作曲家の方に申し訳ない」と語ってくれた。収録曲も含めて、4000曲以上も手掛け“量産”してきた萩田は、これも仕方がないことだがその一曲一曲について「よく覚えていないんですよ」と正直に教えてくれた。

「一日2~3曲レコーディングということもよくありました。それが週5日というペースでやっていると、前の日にやったことを忘れるということも、仕事のひとつです。頭の中を切り替えていかないと新しいアイディアは生まれてこないです」

「当時は制約がなく自由にクリエイティブできて、それが音に表れている。今の若い人達にはその音に憧れているのではないでしょうか」

ここ数年、昭和歌謡、シティポップが再評価され、若いリスナーは新鮮さを感じ、幅広い層から支持を集めている。豊潤なサウンドは「いいアレンジャーはいい演奏家がいないと成立しない」という萩田の言葉があるように、萩田の元、当時最高のスタジオミュージシャンが集結し、作り上げていった。

「当時は制作費も潤沢で贅沢に使えたし、制約というものがなくて自由にクリエイティブできて、みんな伸び伸びとやっていました。それは音を聴けばわかると思います。昔の音は奥行きがあると思うし、今の若い人たちにとっては憧れの音になっているのだと思います。いい音楽はいい演奏から生まれます。この仕事を始めてからずっとミュージシャンには感謝し、リスペクトする気持ちを持ち続けています」。

「理想の音を求めるために、ミュージシャンの何人かは固定になっていました。ミュージシャンの顔を浮かべながらアレンジしていました」

この作品にブックレットの全曲解説には、ミュージシャンのクレジットも、判明している範囲だがきちんと掲載されていて、当時萩田サウンドを作り上げたミュージシャンの顔ぶれがわかる。ドラム田中清司、ギター矢島賢、ピアノ羽田健太郎他“レギュラー”メンバーの存在も見えてくる。自分が想像する音を出せるミュージシャンを常に考えながらアレンジして、現場で、そのミュージシャンから出てくるアイディアからも刺激を受けながら音を紡いでいった。

「その曲のアレンジを考えていると、大体いつものメンバーの顔が浮かんできて、結果的に何人かは固定になっていました。ミュージシャンと話をすると、あのアレンジャーだったら、こういう風に弾いたら喜ぶだろうというのがだんだんわかってくると言っていたので、お互いにそういう風に“寄せて”いく感じでした。僕もあのミュージシャンだったら、こういう風に書いたらうまくやってくれそうだなと思うし、だからミュージシャンのことがわかっていないとアレンジはできないと思っていました。それと、あのメンバーでやったらすごくいいのができたからという験担ぎの部分もあって、ディレクターによってはスタジオまでずっと同じところを使い続ける人もいました」。

“ポプコン”“コッキーポップ”でアレンジャーとしてのキャリアをスタートさせる。「ヤマハ時代は飛び立つための滑走路でした」

萩田は1965年慶應大学工学部に入学し、クラシカルギターサークルに在籍。その後ヤマハ音楽振興会の教室で作・編曲を学んだのち、「ヤマハポピュラーソングコンテスト」(ポプコン)や、それと連動したラジオ番組「コッキーポップ」(ニッポン放送)で放送するために、アマチュアが応募してきた様々な曲をアレンジするようになる。そうしてアレンジャーとしてのスタートを切った。

「あの頃は音楽大学も音楽の専門学校もそんなになくて、ヤマハに流れ着いたという感覚でした。当時はデモテープよりも譜面で送ってくる人も多く、それを審査員に聴かせるために、アレンジしてレコーディングして、そういうのもいい経験になっているのかもしれません。だからヤマハ時代は、飛び立つための滑走路だったと思っています」。

筒美京平との出会いは南沙織「この街にひとり」。「この曲がテストだったと思っています」

萩田の編曲家としての最初のヒット作は「コッキーポップ」から生まれた。今回のBOXにも収録されている高木麻早「ひとりぼっちの部屋」(1973年)だ。そして稀代のヒットメーカー・筒美京平との出会いで、編曲家としてのキャリアはさらに輝くものへとなっていく。当時南沙織の全作・編曲を手がけていた筒美が、1974年の作品「この街にひとり」で、アレンジを初めて他の人の手に委ねた。それが萩田だった。

「筒美先生は作曲家というより、プロデューサーという立ち位置で、ヒット曲の請負人としての覚悟が凄かった。僕と筒美先生の最初の出会いは、南沙織さんの『この街にひとり』のアレンジをさせていただいて、結局それがテストだったと思っています。そのテストに一応合格したということで信頼していただいて、その後一緒にお仕事をさせていただけたのだと思っています」。

筒美京平のヒットを生み出す“覚悟”という言葉が、当時のシーンをよく表している。レコード会社のディレクター、プロダクションのマネージャーの“熱狂”がひとつのプロジェクトになって、アイドルを始めアーティストをスターへと育てた。萩田もそのプロジェクトの一員だった。売れっ子アレンジャーとなった萩田は、日々アウトプットが続く中で、どんな音楽を聴きインプットし、クリエイティブに生かしていたのだろうか。

「当時は洋楽をたくさん聴いていました。いいものがいっぱいあったし、でも僕らアレンジャーにとって、バンドのようなシンプルなものはあまり参考にならなくて、ビートルズに関心を持ったのも、ずいぶん後になってからでした。人気絶頂の頃はそんなに聴いていなかったのに、友達と遊びでやったバンドでビートルズを演奏すると、『彼らは結構面白いことやってたんだ』って気がついて(笑)。だから僕らにとっては割と大きな編成で、ストリングスもブラスも入っているものが参考にしやすいというか、本格的なジャズまでいくと、日頃の糧にはならなくて、オーケストラアレンジされてるものやカーペンターズもよく聴いていました」。

「イントロは歌のメロディをモチーフにして作る人も多かったのですが、僕はゼロから作っていくことが多かったので、イントロを褒めていただけると嬉しいです」

萩田が手がけた作品を聞いていると、名曲、聴き継がれていく曲は、その曲自体の良さはもちろんだが、アレンジあってこその名曲という捉え方もできる。歌を中心に、印象的なイントロ、曲をさらに盛り上げる間奏、そして極上の余韻を作ってくれるアウトロが一体となって“いい曲”として聴き手の心に残る。特にそのイントロで心を掴まれてしまい、そして流麗で時に耽美的なストリングスアレンジは、一度聴くと忘れられない魅力がある。そう萩田に伝えると――。

「いいんですかね、そっちに耳がいっちゃっても(笑)。本当はいけないのかもしれませんよ(笑)。歌のメロディをモチーフにしているイントロも多いと思いますが、僕はそうではなく、ゼロから作っていくことが多かったので、イントロを褒めていだけると嬉しいです。編曲家の仕事については、常々、作曲家からもらった縦糸に、横糸を通して模様を描き出す、という表現で説明しています」。

「あみんの『冬』には私の全てが出ているのかもしれません」

『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』に収録されている92曲の中で、特に印象に残っているものを挙げてもらおうとしたが――。

「それは答えないことにしているんですよ(笑)。そういう曲って、アルバムの中の目立たない曲だったりするんですよ。あみんの『冬』(アルバム『P.S. あなたへ…』(83年)に収録)については、BOXの全曲解説の中のコメントで、これを聴けば萩田光雄がわかると書きました。私の全部が出ているのかもしれません」。

南野陽子16年ぶりの新曲の作・編曲を手がける

『Four Seasons NANNO Selection』(12月8日発売)
『Four Seasons NANNO Selection』(12月8日発売)

萩田は太田裕美の名盤『心が風邪をひいた日』(1975年)に収録されている「七つの願いごと」(作詞:松本隆)、桜田淳子「サンタモニカの風」(作詞:阿久悠/1979年)、南野陽子「秋のIndication」(作詞:許瑛子/1987年)を始め、作曲家としても数々のヒット曲を世の中に送り出している。12月8日に発売された南野陽子の企画盤『Four Seasons NANNO Selection』では、彼女の16年ぶりの新曲「空を見上げて」(作詞:南野陽子 作曲・編曲:萩田光雄)と「大切な人」(作詞:南野陽子 作曲:宗本康兵 編曲:萩田光雄)を手がけている。『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』のブックレットでも、二人の対談が収録されているが、35年間続く蜜月関係から生まれた16年ぶりの新曲は必聴だ。さらに12月には南野との共演ライヴツアーも予定されている。

「彼女のデビューからたくさん一緒に音楽を作ってきて、僕にとって一番アイデンティティのあるプロジェクトだといっても過言ではなくて、そういう意味でも彼女は僕の音楽人生の中での宝物の一人です」。

『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』を聴くと、改めてレジェンド編曲家がなぜレジェンドと呼ばれるのかが“一聴瞭然”だし、新しい作品をどんどん聴きたいと思わせてくれるエネルギーに満ちあふれている。

otonano『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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