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湯木慧×成田洋一監督 映画『光を追いかけて』の主題歌「心解く」の“役割”とは?

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Photo/櫻子

映画主題歌を初めて書き下ろす

CM界の巨匠・成田洋一監督の初監督映画『光を追いかけて』(主演・中川翼、長澤樹)が10月1日に公開された。その主題歌「心解く」を手がけたのは湯木慧。成田監督からの熱烈オファーを受けた湯木は、初めて映画主題歌を書き下ろした。湯木は、監督の故郷でもある映画のロケ地・秋田を訪れ、空気や匂い、色を感じ、映画と共鳴する、映画を観た人の感情をさらに刺激する楽曲を作り上げた。成田監督と湯木の対談で、映画に込めた思い、映画から何を掬い取り「心解く」という曲に昇華させたのかを聞かせてもらった

(C)2021「光を追いかけて」製作委員会
(C)2021「光を追いかけて」製作委員会

映画のストーリーは――両親の離婚で父の故郷秋田へと引っ越した、中2の彰(中川翼)。転校先にも馴染めず、憂鬱な日々が続く。ところがある日、彰は空に浮かぶ“緑の光”を目撃。田んぼのミステリーサークルへと辿り着くと、不登校のクラスメート真希(長澤樹)と出会う。共通の秘密を持った2人の仲は近づき、灰色だった日常が輝き始める。一方で彰たちの中学は、過疎化による閉校の日が迫る。大人たちも揺れ動く中、謎の“緑の光”は、彰たちに何を伝えようとしているのか?――。

「湯木さんは僕の中では完全に“新種”。歌を聴いて衝撃を受けました」(成田)

――この映画は当初主題歌を考えていなかったとお聞きしました。

成田 最初はエンドロールの背景は黒画面にして、学校の効果音だけにしようと思っていました。ストーリーの余韻を音楽で邪魔されるのが嫌だったので。でもエンドロールをドローンで撮った画にすることになって、それで音楽が必要になりました。

――その主題歌を湯木さんに発注した経緯を教えて下さい。

成田 たまたまラジオから流れてきた湯木さんの「金魚」を初めて聴いて、あまりにも感動してすごいなと思って、こんなに感性豊かな曲は今まで聴いたことがなかったし、僕の中で完全に「新種」っていう扱いで、衝撃を受けました。湯木さんの歌には弱さや痛みに光を当てる“絶望の魅力”を感じました。でも映画はハッピーエンドにしたかったので、そういう感じに合う、微かな光が見えるくらいのハッピーエンドでいいので、というリクエストをしました。それと楽器はひとつだけで、という2点だけお願いしてお任せしました。

湯木 お話をいただいて、作品の内容ほぼ何も知らない状態で、でも告知映像と『光を追いかけて』というタイトルだけでやりたいと思いました。自分と合うかどうか直感でわかるじゃないですか。即答でやらせてください!とお伝えしました。監督もおっしゃっていましたが、ほぼお任せという感じでしたが、お話をさせていただいて、オフラインの映像を観させていただいて、その時はもう「心解く」というゴールが見えていました。

「この物語の中に必要な音、当てはまる一曲=ゴールが、私も監督も見えていて、そこを目指す感覚でした」(湯木)

――「心解く」という曲を“掴み”にいく感覚だったと?

湯木 この物語の中で必要な音というか、物語の主題歌として当てはまる一曲があって、時系列的には逆なんですけど、絶対ゴールがあって、それがお互いにわかっていて、それを掴みにいくというか、目指していた感じでした。

――監督とロケ地・秋田に行ったと聞きましたが、見えていたゴールを「確認」しに行った感じでしょうか?主人公と同じように屋根の上に登って、監督と何を話されたのでしょうか?

成田 それが覚えていなくて…(笑)

湯木 私は全て録音していて(笑)、風の音や草刈り機の音も入っていて、匂いを感じながら映画のことや、秋田に来て、言葉にできない閉塞感を感じて、でも会う人会う人皆さん温かくて、豊かさを感じるのにどこか遠くて寂しい感じがして、という感想をお伝えしました。曲を作るための頭の整理を、屋根の上でしていました。

秋田出身の成田監督が、地元も含めて地方を元気にしたいという思いを込めた物語

(C)2021「光を追いかけて」製作委員会
(C)2021「光を追いかけて」製作委員会

(C)2021「光を追いかけて」製作委員会
(C)2021「光を追いかけて」製作委員会

この映画は、秋田県出身の成田監督が、帰郷するたびに、疲弊し元気がなくなっていく町の様子を嘆く親戚から「映画でも作って町を元気にして欲しい」と言われていたことがきっかけとなって生まれた。しかし本業で多忙を極める監督には時間的な余裕がなかった。そして5年前。仕事がようやく落ち着き、映画製作へと気持ちが傾いてきたとき、別の親戚から1991年の“UFO事件”のことを聞かされ、企画を思いつく。

成田 別の親戚が1991年秋にUFOを見て、しかも翌朝、自分の田んぼにミステリーサークルができていて、ニュースにもなったと教えてくれました。これはネタになるなと思い、映画作りの背中を押してくれた叔父のためにも、地方を元気にする映画を企画しました。走り出したら色々な方が気にしてくださるようになって、(秋田県)井川町の町長が全面的に協力してくださいました。2019年に撮影を開始し、2020年に完成していましたが、言い出しっぺで、映画を誰よりも楽しみにしてくれていた叔父は、残念ながら映画の完成をみることなく亡くなってしまいました。

「誰も悪くないのに、環境のせいで大人も子供も疲弊してしまう。誰かが“光”にならなければいけない」(成田)

「主人公・彰の<逃げんなよ>という言葉が、曲を作る上でトリガーになっています」(湯木)

(C)2021「光を追いかけて」製作委員会
(C)2021「光を追いかけて」製作委員会

――映像が圧倒的に美しくて、その世界に入り込んでしまって、若い役者さんの演技も瑞々しさが際立っていました。

成田 セリフはあまり多くしたくなくて、でも感情の動きだけは絶対に伝えたかったので、例えば、主人公・彰は、主人公なんですけど全部受け身なんですよね。東京から来た内気な性格の人間なので、全部吸収していく中で成長していきます。普通、映画って主人公がとんでもない目に遭って、苦しんで大きく成長していくというパターンが多いと思いますが、彼は受けて吸収して成長していきます。彼も含めて登場人物一人ひとりの感情はどんどん動いていきますが、悪い人が誰も出てこない。誰かが誰かをいじめても、裏切っても、そこにちゃんと理由があって、悪くないんです。悪いのは環境で、人口が減少して過疎化していく、社会悪みたいな場所で、誰も悪くないのに疲弊していってしまう。それは大人も子供も同じなんです。みんな我慢しているんです。だから最後の最後に彰から<逃げんなよ>という言葉が出てくるんです。

湯木 主題歌だからといって、きれいな楽曲には絶対したくなかったんです。曲で闇を映すというか、グサと刺さる一節が欲しかった。それが<変わらないよ。 運命は。>という歌詞です。映画の中では誰もハッキリ言わないので、私が毒を吐こうと思って。自分達が置かれている状況はわかっているんだけど、行動できないモヤモヤした感じを大人が生み出して、そことちゃんと向き合ったのが子供たちだと思います。彰が<逃げんなよ>って初めて毒を吐いて、でもそこを掘り下げるわけではないのですが、曲を作る上ではあの言葉、毒がすごくトリガーになっています。

成田 <変わらないよ。運命は。>というところがすごく引っかかりました。みんなそう思ってるんですよ。だから変わらないんですよ。小野塚隼人くん演じる先生に、先輩の女性の先生が彼に向かって<あんた何かやったの?>と言うシーンがあるのですが、僕はこの映画で一番言いたかったのはこのセリフです。それと最後に真希(長澤樹)のおじさんの秀雄(柳葉敏郎)が、彰の父親・良太(駿河太郎)に<誰かが動かねばよ>って言うんです。その二つが特に伝えたかったメッセージです。

「主題歌が“直訳”ではなく3レイヤーくらい入っているので、観終わった後、それぞれが思いを巡らせ、余韻を膨らませることができて“ちょうどいい”」(成田)

「ちょうどいいって最高の褒め言葉です(笑)」(湯木)

湯木 動き始める話の中で、まず動いたのが彰で、あのシーンがすごくかっこいいなって。

成田 受けて受けて受けるだけだったのが、あそこで一気に攻めに転じるんですよね。

湯木 そこに監督の美学があると思いましたし、普通は真希にスポットライトを当てそうなのに、彰に焦点を当てて、全てに意味があって、観る人にはそれをきちんと理解して欲しいって思いました。主題歌は監督が伝えたいメッセージを伝わるように、スパイスというかアクセントにならなければいけません。でもそのメッセージはすごく人間の真理を突いていると思ったので、あの歌詞になりました。

成田 曲を最初に聴いた時に、この映画をよくここまで理解してもらえて、嬉しくなりました。しかも、翻訳の仕方が直訳ではなく、3レイヤーくらい入って湯木慧ワールドが構築されています。だから映画が終わって読後感に浸っている時に、ちょうどいいんです。レイヤーが入っているから、それぞれの人がそれぞれの思いを巡らせ、余韻を膨らませることができる。

湯木 ちょうどいいって、最高の褒め言葉です(笑)。

成田 映画の試写を観てくれた人が、主題歌のことをすごく言ってくれます。

「豊かな制作環境で、情報量が多くて逆にどうしよう?って思ったほどの贅沢さだった」(湯木)

――湯木さんは初の映画主題歌ということで、いつもの楽曲作りとは心持ちは違いましたか?

湯木 ロケ地に行ったり、監督のお話や秋田の方のお話を聞かせてもらって、情報量がたくさんあって逆にどうしよう?って思ったくらい贅沢で、豊かな制作環境でした。秋田への思い、映画への思い、それから彰の気持ちになって、それぞれ一曲ずつ書けるくらい色々な思いが湧き上がってきました。それぞれの一番大切な部分を厳選していって「心解く」になったという感じでした。

――「心解く」という言葉がインパクトがあって、色々と想像させられるます。

湯木 登場人物の色々な感情が徐々に絡まっていって、徐々に解けていく感じがしたので、この言葉が浮かんできました。誰かの感情や目線に偏らないようにしたかったので、監督がおっしゃるようにレイヤーを何層にも入れたように感じていただけると思います。

「宣伝コピーは『心を解く』という主題歌ができて、映画が完成して浮かんできた言葉です」(成田)

配信シングル「心解く」 MUSIC VIDEOを手がけたのは成田洋一監督
配信シングル「心解く」 MUSIC VIDEOを手がけたのは成田洋一監督

――最初「心を解(と)く」ではなく、“ほどく”と読んでしいました。

成田 実は僕もずっと「心解(ほど)く」と思っていました。

湯木 答えがある、ないとか、問題を解く、解かないとかそういう解(と)くであって欲しかったんです。まだ(取材当時は)ふりがなをどこにも出していないので、間違えて読んでる人が多いです。

成田 聞いたことがない言葉だったので、面白いな、湯木さんぽいなって思いました。まさに心ほどくって僕は読んじゃっていたので(笑)。でも映画のストーリーは、みんなの心が本当は絡まないはずなのに、ひとつ絡んでしまったら全部絡んでしまって、でもそれを解くのは一発で解きたかったんです。だから緑の光がバッと現れたことで、全部それが解けちゃう。光が解くということなので、すごくいいタイトルだなって思いました。今「心解く」の意味を聞かせてもらって、なるほど答えを解くの解くなのかって思って、そう考えるとまた違う意味が出てきて、ストーリーが膨らんで、面白いなって思いました。宣伝コピーの「光を望むな、光となれ。」は、主題歌をエンドロールに入れて、映画が完成してから浮かんできた言葉なんです。

「『光を追いかけて』の一部の『心解く』になれたことが嬉しい」(湯木)

本当にいい経験になりました。舞台に楽曲提供させていただいた時は、特定の誰かの気持ちを代弁するような歌詞を書きました。でも今回は誰にもなることなく、映画は直接的にメッセージ伝えるのではなく、登場人物のそれぞれの感情の動きで訴えていく作りなので、最後にズバッと歌でメッセージを伝える「役割」だと理解しました。難しかったですが、やりがいがありました。この映画をスクリーンでみなさんと一緒に観た時に、認めてもらえたという感覚を感じたというか、『光を追いかけて』の一部の「心解く」になったんだなって思いました。

映画『光を追いかけて』オフィシャルサイト

湯木慧 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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