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時代は葛谷葉子を求めている 14年ぶりの新曲入りの11年ぶりのベスト盤が話題 天才音楽家が語る現在地

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト(以下同)

天才シンガー・ソングライターの才能と世界観に、改めて驚かされる14年ぶりの新曲入りの11年ぶりのベスト盤

『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』(9月22日発売) ジャケットはイラストレーター・mateppeが手がけた
『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』(9月22日発売) ジャケットはイラストレーター・mateppeが手がけた

葛谷葉子が戻ってきた――14年ぶりの新曲2曲を加えた、11年ぶりのベストアルバム『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』が9月22日に発売され、話題を集めている。彼女が2000年にリリースしたシングル「サイドシート」が、現在のシティポップ・ブームの中で注目を集めていること、そして近年はソングライタ―に徹していた葛谷本人の「もう一度歌いたい」という強い思いとが交差して、シーンにカムバックした。

『MIDNIGHT DRIVIN'~』は、シティポップ、ドライブミュージックという視点から、新曲を前面に打ち出し、新たにセレクトされたベストアルバムだ。現在地方在住の葛谷にオンラインインタビューを敢行し、今回の復活、そして新曲について、さらにこれからことについてまで、たっぷりと聞かせてもらった。

1999年松尾潔プロデュースでデビュー

葛谷は1999年、松尾潔プロデュースのシングル「TRUE LIES」でデビュー。当時日本の音楽シーンではR&Bの潮流が徐々に大きくなり「J-R&B」という言葉も生まれた。MISIA、宇多田ヒカルが大ブレイクし、さらにSugar Soul、嶋野百恵、DOUBLEといった面々がシーンを牽引していた。そんな中で99年デビュー組は葛谷を始め、bird、Tina、Crystal Kay、小柳ゆき、倉木麻衣等、レコード各社が大きな期待をかける新人のデビューラッシュだった。葛谷は松尾潔プロデュース、Maestro-T、 K-Mutoというヒットメーカーが参加するという盤石の体制で「TRUE LIES」を制作し、自身が作ったメロディを、透明感と繊細な節回しが印象的なボーカルで伝えた。その一度聴くと忘れらないメロディと声、そして極上のトラックで、一躍注目を集める存在になった。

「当時は何もわかっていなくて(笑)、後になって凄い方がたくさん関わってくださっていたんだなって気づきました」。

「シティポップ人気が高まっている中で、また『サイドシート』を聴いていただけて、びっくりしていますし嬉しいです」

当時の様子は、アルバムのブックレットの中で、当時エピックレコードで彼女のプロジェクトの一員だったジェーン・スー氏の手による文章が、詳細に伝えてくれている。

「『サイドシート』という曲が、シティポップという違う解釈で、また聴いていただけているのはすごくびっくりしています。今回、アルバムを作るお話をいただいて、本当に素直に嬉しくて、4~5年前から歌いたいなって思いながら、自分用に曲を書いてストックしていたので、そのきっかけをくださったことが本当にありがたいと思っています。今までも『もう一度歌いませんか?』というお誘いはいただたいていたのですが、歌うことから逃げていたというか…。もちろんシンガー・ソングライターなので、曲を書いて歌うということはすごく喜びではあるのですが、その他の部分、ライヴをやったり、インタビューを受けるということが昔から苦手で(笑)。やりたいことをやるために、苦手なこともやっていかなければないけないというところの苦しさというか。そこから逃げていたのかもしれません」。

「ずっと声にコンプレックスがあった。色々な方に褒めていただけるようになって、徐々に自分を認めることができた」

葛谷は『MUSIC GREETINGS VOLUME ONE』(1999年)と『~VOLUME TWO』(2001年)という、大きなヒットにはならなかったものの、今も名作として聴き継がれている色褪せない2枚のアルバムを残し、作曲家に転身し、めざましい活躍をする。CHEMISTRY、倖田來未、中島美嘉、BoAなど数多くのアーティストの楽曲を提供し、また、小田急ロマンスカーのCMソングで多くのアーティストがカバーしている「ロマンスをもう一度」などの、多くのヒット曲を生んだ。デビュー前に「アルバム3枚分くらいの曲のストックがあった」という生産力と、抜群のメロディセンスで、一躍ヒットメーカーになった。彼女から生まれてくるメロディの原点には、王道のJ-POPと久保田利伸が色濃く存在している。

「当時『ザ・ベストテン』や『トップテン』といった音楽番組に夢中になっていて、小学生の頃は工藤静香さんや中山美穂さんなど80年代のアイドルポップスをよく聴いていました。13歳の時に従姉妹に久保田利伸さんのライヴに連れて行ってもらって、衝撃を受けました。こんな素敵な人がいるんだって大ファンになりました。自分でも歌いたいという夢は漠然と持っていましたが、久保田さんに出会って、自分で曲を作って自分で歌って表現するというやり方もあるんだということを知って、それでシンガー・ソングライターを目指しました。でも、ずっと声にコンプレックスを持っていて、ブラックミュージック、ソウルやR&Bを聴いていると、やっぱり声がハスキーだったり太かったり、自分とは真逆の声質の人が多くて、そこが自分的にはコンプレックスでした。でも色々な方にいい声だねって言っていただけて、徐々に自分を認めていけたというか、まだ全部は認めてはいませんが…」。

「曲を作る時は、自分がやりたい方向にいきすぎるとリスナーの方が??ってなってしまうし、でも大衆性の方に寄りすぎると、自分らしさがなくなる気がして、そのバランスを大切にしています」

どこまでも親しみやすいポップスとブラックミュージックが、彼女を構成する“素”になっている。どんなテンポの曲にもメロウな空気を薫り立たせてくれる。その独特の声が薫りを更に引き立たせている。今回の新曲「midnight drivin'」もそうだ。葛谷印をしっかりと感じさせてくれ、現在のチルソングとしての佇まいも心地いい。もう一曲の新曲「Honey」も「midnight~」同様グルーヴが心地いいシティソウルとでもいうべき傑作だ。

「『midnight~』は、実は他のアーティストに書いた曲で、でも採用されなくて、サビの部分が自分でもとても気に入っていたので、そこを生かしつつ書き直したものです。結構苦戦して、やっぱり元々あったメロディが馴染んでいたので、それを払拭するのに時間がかかって、放置していた期間も長かったです(笑)。『Honey』は4~5年前に自分用に書いた曲で、今回のアルバムのコンセプトや雰囲気に合うと思い、入れました。曲を作る時は、あまり“今”のシーンとか、そういうことは意識はしないで、でも自分のやりたい方向性にあまりにいきすぎると、聴いてくださるリスナーの方が??ってなってしまうし、逆に大衆性の方に寄りすぎると、自分らしさがなくなってしまうような気がして、ちょうどいいバランス、落としどころを見つけて曲を作るように心がけています」。

アルバムでは新曲2曲に続いてデビュー曲「TRUE LIES」が収録されているが、ブランクを全く感じさせないその流れが、この作品の聴きどころのひとつだ。サウンドプロデュースを手掛けたURUは、彼女とはデビュー前から一緒に作業してきた盟友で、さらに「midnight~」では、インドネシアの人気シティポップグループIkkubaruのリーダー・Muhammad Iqbalが、素晴らしいギター披露している。

今回のベスト盤の楽曲のセレクトについては、葛谷から担当ディレクターに、強くリクエストしたことがあるという。

「『All night』は絶対入れて下さいとお願いしました。私も特に好きな曲ということもあるのですが、前回『ゴールデン☆ベスト』(2010年)を出した時にこの曲が入っていなくて、ファンの方からの『入れて欲しかった』『残念』という声をたくさんいただいたので、今度は絶対に入れようと思っていました」。この曲は、サウンドプロデュースを手がけた鷺巣詩郎の作品集『SHIRO'S SONGBOOK 録音録 The Hidden Wonder of Music』(2017年)にも収録されていてる。鷺巣アレンジの美麗かつ“強い”ストリングスと、葛谷の声が素晴らしいグルーヴを生み出している、ファンの中では“名曲”として聴き継がれ、支持が高い作品だ。

「年相応の歌を歌っていきたい。その歌が誰かの背中を押す存在になったら嬉しい」

今回のベスト盤を聴くと、改めて『MUSIC GREETINGS VOLUME ONE』と『~VOLUME TWO』のクオリティの高さを感じことができるし、新曲2曲を聴くと、葛谷葉子というシンガー・ソングライターの“凄み”を感じずにはいられない。当然オリジナルアルバムを聴きたくなる。葛谷葉子の“現在地”の音楽を、そして今だからこそ書けるメッセージを、感じてみたいと思ってしまう。

「2枚のアルバムに入っている曲はほとんどが10代の時に書いた曲で、あれから20数年経って私の人生も色々あり、色々経験しました。当然考え方も変わってくるし、その中で自分が40代になって、これからどういう風に生きていくかをすごく考えるようになりました。多分皆さんもそうだと思いますが、やっぱり40代って悩み多き世代だと思っていて。夫婦のことや子育て、自分の仕事のキャリア、悩みは尽きないと思います。私もこうして歌うことについては、最後の一歩を踏み出すまですごく時間がかかりました。でもアリシア・キーズの『アンダードッグ』という曲を聴いて背中を押されて、一歩を踏み出すことができました。その時、やっぱり音楽にはすごく力があるということを感じたし、私が歌うことで、誰かが一歩を踏み出す、その背中を押せる存在になることができたら嬉しいなって思います。多分、人生の折り返し地点を過ぎていると思いますが、人は死ぬ時にやったことを後悔するのではなく、やらなかったことを一番後悔するということを聞いたことがあって、自分でやり残したことはなんだろうって思った時、歌うことだということに気づきました。そこを後悔したくないと思っていて。ここ数年は自分の歌とじっくり向き合った時間になったので、歌い方ひとつで色々な表現ができるんだなって改めて感じたし、どういう風に歌ったら、より伝わるんだろうとか、もっと研究の余地があると思いました。歌詞も、例え悲しい歌だとしても、できるだけ光が見えるような言葉を書いていきたいと思います」。

これからの“等身大”の葛谷葉子の音楽、歌が、楽しみだ。なお『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』は、11月3日(レコードの日)にアナログ盤も発売される(8曲入り)。

『otonano』 葛谷葉子 特設ページ

葛谷葉子 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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