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エンタメライターが、“ワーケーション”をしてみたら…<静岡・戸田編>

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Photo/筆者

ワ―ケーションって?

「ワーケーション(Workation)」という言葉を数年前からよく耳にするが、まだあまり浸透していないようだ。「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語で、テレワーク、リモートワークとは違う。ワ―ケーションは働く場所と時間に縛られないライフスタイルのひとつ――という説明はサラリーマン用で、私のようなフリーランスのライターは、やろうと思えば年がら年中「ワ―ケーション」ができる。だってフリーだから。取材をして締め切りまでに原稿を納品すれば、いつどこで仕事をしようが、誰にも責められることはない。しかも気分が変わるので仕事が捗る。たまに捗らない時もあるが――だから私自身はフリーになった6年前から、日常的にどこかにでかけ、原稿を書いている。そう、ずっと昔から「ワーケーション」をやっていたということになる。

手軽にできるワーケーション

例えば、朝、どこかのカフェで原稿を書こうとPCを持って家を出て、でもあまりの天気の良さに気持ちが変わり、予定を変更して「よし、海に行こう」と、最寄りのJR恵比寿駅から電車に乗ることも度々ある。グリーン車(大体700~1000円)に乗ればテーブルがあるし、Wi-Fiのルーターを持っているのでそこで原稿を書くことができる。そうして逗子や小田原、熱海まで行って、海を見て、美味しいランチを食べて、観光地の駅前には大概スタバやタリーズなどのカフェがあるので、そこでまた3~4時間ほど仕事をする。もちろんプリペイドカードを持っているし、チャージをしたり、2~3回注文したりして、もう大人なのでコーヒー一杯で何時間も粘ろうなんて気は全くない。そして夕方、地元のスーパーや商業施設でその土地ならではの食材を買い、また電車に乗り、仕事の続きをやりながら帰る。これも“軽い”ワーケーションだと思う。

先日はふと「特急あずさ」に乗りたくなり、新宿駅からガラガラのあずさ号に乗り、仕事をしながら長野県・松本まで行って、その時は駅前で蕎麦を食べて、またすぐにあずさに乗って仕事をしたり、居眠りをしたりしながら新宿まで帰ってきた。この時は車窓を流れる景色に見惚れすぎて、あまり仕事が進まなかったが、電源もついていて快適だった。もちろん遠出もする。今まで札幌、福岡、大阪、尾道、故郷・高松(香川県)などに大体3泊4日で出かけ、仕事をしながらその土地の空気と美味しいものを味わい、仕事を片付けてきた。時にはそこからオンラインインタビューをしたりもする。よほどの山の中でない限りWi-Fi環境は問題ないし、そこは気にしながら行き先を決める。定宿もできた。

気持ちを切り替えると、パフォーマンスの向上に効果

色々なアーティストを始め、俳優や“表現すること”を生業としている人は、やっぱり強力なエネルギーを持っている。その人たちにインタビューすると、まるでエネルギーを吸い取られるように心地いい疲労感が残るし、インタビューを文字に起こしたもの、その言葉と向き合って原稿を書いている時も、やはりエネルギーに“やられる”。他のライターさんはわからないけれど、私は毎回そんな感じで原稿と“格闘”している感覚になる。だから息抜きしたいし、環境を変えて、気持ちを切り替えながら原稿を書きたいと思う。そうするとおのずと“出かけたくなる”。「遊び」と「仕事」の境目が難しいと考える人もいるかもしれないが、そこは気にせず、まず環境を変えて仕事をすることをお勧めしたい。それだけでストレスの軽減になるし、頭の中がすっきりしていいアイディアが浮かんできたり、気がつくと仕事の効率が上がっていたり、思っているよりも“充実”感を感じることができる。だから、その良さを改めて伝えようと思い、こんな文章を書いている。ワ―ケーションを推奨している企業も増えてきているし、交流人口や関係人口の増加を目指す各自治体でも町おこしの一環として、ワ―ケーションを大歓迎しているところも多い。ネットにも多くの情報があり、少しずつワーケーション人口も増えているようだ。

「そうだ、海を観ながら、感じながらワーケーションしよう」。久々に西伊豆・戸田に行ってみよう

写真:sirius/イメージマート

6月末、仕事が重なり、久々にワ―ケーションしたくなって、今までその良さを周りの人には伝えてきたけど、もっとたくさんの人に伝えたいと思っていたので、いい機会なのでその様子を文章にしようと思った。まずは場所選びから。今回は「海」を見ながら仕事がしたいと漠然と思ったけど、梅雨がまだ明けていなかったし、どうしようかなと思った。でもやっぱり「海」は譲れない。さてどうしたもんかと色々な候補地を頭の中で巡らせながら、ふと、学生時代、車で伊豆の御前崎を目指して、帰りに夕陽が美しいことで有名な西伊豆は沼津市・戸田(へだ)に寄ったことを思い出す。年を取るということは思い出に生きるということ。もう何十年も前のことだけど、今でもその時戸田から見たサンセット、街の風景、車の中で交わした会話まで、はっきり覚えている。決定。戸田に行こう――。

ホテルは、海の目の前ということと“リニューアル・グランドオープンから1周年”というキャッチに惹かれ、老舗かつ新しくて、展望露天風呂があって、食事も美味しそうな「海のほてる いさば」にした。

7月初旬、小雨が降る品川駅から特急踊り子号で、まず修善寺を目指す。場所を考えると車が一番便利だけど、電車を使ってわざと時間をかけていくことで、旅情を感じることができるし、気持ちが切り替わっていく。品川駅でお弁当を買おうとあれこれ悩み、この時点でかなり旅気分になっている。結局いつもの「崎陽軒 シウマイ弁当」に落ち着く。電車が発車してすぐに雨に煙る景色を見ながらお弁当を堪能して、早速仕事に取り掛かる。

今回は少し楽をしようなんて考えていたら、そうはさせまいとする見えない力でもあるように、締め切りが近い原稿を数本抱えていくはめになってしまう。いわゆるホテルに“缶詰め”になることがもう見えている。

約2時間で修善寺に到着。雨はまだ止まない。ここから戸田まではバスで約50分。うねうねした山道を走っていると霧が出てきて視界が悪くなり、やや不安になるが途中、霧香峠(むこう)という美しい名前の標識が出てきて、戸田峠の別名のようで、なるほど元々霧が発生しやすい場所なんだと納得。終点の戸田バス停のすぐ先には、穏やかな戸田港が広がっていて、その風景と潮の薫りで心が解されていく。ホテルのかたがバスで迎えに来てくれていて、3分ほどでホテルに到着。

ストレスの軽減がやる気、集中力につながる

部屋の窓からいつも海が見えている幸せ
部屋の窓からいつも海が見えている幸せ

部屋は一人ということもあり、10帖ほどのベーシックな和室で、部屋に入ると窓の向こうに広がる駿河湾が目に入ってくる。久々の畳。そして部屋の窓からいつも海が見えている幸せに浸る。本当はすぐにお風呂に入りたいところだが、早速この日が締め切りの峯岸みなみのインタビュー原稿に取り掛かる。AKB48を卒業した後、どこへ向かうのかという大切なインタビューなので、気合を入れて書かなければいけない。半分ほど書いてきたものを、3時間くらいで一気に仕上げる。驚異の集中力は、もちろん追い込まれていることもあるけれど、やはり環境が変わると気分が変わって、それが集中力につながっているのだと思う。いや、思いたい。原稿を無事先方に送った後は、早速貸し切り風呂へ。本当はサンセットを眺めながら入れるというのがウリだけど、雨。15分ほどで上がって、部屋に戻ると、食事の時間だ。係の人が迎えに来てくれる。

ワ―ケーションの楽しみのひとつは美味しい食事。でも用意してくれた広い個室で一人で食べるのはやっぱり淋しい。テレビを観ながら、駿河湾で獲れた新鮮な魚介を堪能。あわびの踊り焼き、ズワイガニまで付いている。駿河湾といえば深海魚。「とろぼっち」という地元で獲れた珍しい深海魚の揚げものが美味しかった。戸田産の「戸田塩」がより味を引き立ててくれる。

部屋に帰って、本当は一人二次会でもやりたいところだが、戸田に来る2日前にインタビューしたばかりで、まだ手付かずだったシンガー・AIのインタビューの文字起こしを始める。一回のインタビューで2本原稿を書き分けなければいけなくて、一本が翌日のお昼締め切りというタイトなスケジュール。文字起こしをしながら、原稿の大体の構成を考え、3時間ほどで終了。もう一回お風呂をいただく。部屋で風呂上がりのビールを飲み、23時頃には寝てしまう。

戸田の風景、海の匂い、波の音、流れる空気に癒される

翌日、いつものように6時に目が覚める。まずは大浴場の露天風呂へ。誰もいない貸し切り状態。雨は止み、曇り空。波の音と鳥のさえずりを聞きながら入る温泉は最強。部屋に戻り朝ごはんまで、原稿に取り掛かる。やる気が漲っている。リフレッシュできていることと、せっかくお金を使ってきているのだから、成果を出さなければという気持ちも強く影響しているのかもしれない。まじめだ…。朝8時に食事を予約していたので、朝食の会場へ。干物やたくさんの小鉢がついていて、ご飯が進む。食後はテラスでコーヒーのサービスがあるというので、行ってみると最高のロケーションにイスとソファが置いてあって、本当に気持ちがいい。海を見ながらコーヒーを飲んで、原稿の後半部分の構成を考える。部屋に戻って再び原稿。約束通りお昼に原稿を送る。

戸田灯台
戸田灯台

戸田造船郷土資料博物館
戸田造船郷土資料博物館

駿河湾深海生物館
駿河湾深海生物館

ひと休みしていると、晴れ間が出てきた。急いで着替えてフロントに行って、おすすめの散歩コースを教えてもらう。梅雨明けはまだだけど、夏を思わせる雲と暑さがなんだか嬉しい。ホテルを出てすぐのところから御浜岬に入る細い道を下っていくと、駿河湾に面した堤防に出て、結構波が髙い。どこかかわいらしい戸田灯台が見えてきたので堤防の上を歩いていると、風がなんといえず気持ちいい。天気のコンディションがいい日は、駿河湾の対岸に富士山が見えるらいしいが、この日は残念ながら見ることができなかった。灯台を越え、さらにその先に行くと「戸田造船郷土資料博物館」という看板が見えてきた。「駿河湾深海生物館」も併設されているようだ。日本初の本格的洋式帆船「ヘダ号」の造船資料や日露友好の歴史を紹介している、なかなか見応えのある博物館だ。「駿河湾深海生物館」はココリコ・田中直樹のパネルがお出迎えしてくれ、珍しい深海魚の標本やはく製が展示されている。

博物館を後にして、突き出る岬の内海にある御浜海水浴場に出た。緑豊かな林に囲まれた自然の中にあるとても波の穏やかな、美しい砂浜が広がる海水浴場。外海は波が高かったのに、戸田港はどこまも静かで穏やか。「兎月」という素敵な名前の海の家があったのでのぞいてみると、オープンはしていないけど、海開きに向け準備をしているここを経営している女性の方がいて、世間話で盛り上がる。地元の人との会話もワーケーションの魅力のひとつだ。まだ食事はできなかったので、記念にビーチサンダルだけ買う。防災林にもなっているイヌマキの間に作られた歩道の両側にはあじさいが咲き誇り、この時期ならではの美しい風景。もう癒されまくり。汗だくになってホテルに戻ってシャワーを浴びたら、昼寝をしたいところだけど、原稿との格闘を再開。午前中にまた別の原稿の催促メールをもらっていたからだ。

待望のサンセットを部屋から眺めながら、原稿と向き合う。見た景色、匂い、波の音で、完全に休みモードになって、“東京脳”ではなくなっている。でもなのか、だからなのか、仕事をしていることが全然苦にならないから不思議だ。もちろん仕事をいただけている喜びもある。フリーライターは一本一本の原稿がいわば“勝負”だから、気に入ってもらえなければ次回からは発注してもらえない。だからよりいいものを、期待以上の原稿を常に書かなければいけない。自ずと最高のパフォーマンスができる環境を求めてしまう。これはサラリーマン、どんな仕事をしている人にも当てはまることではないだろうか。少しでもいい仕事をするため、いい仕事にするためにはどうすればいいのか。ストレス社会を生き延びるには、少しでもストレスから逃げる方法を考えるしかない。そのためにワーケーションは簡単で、効果的な手段だと感じている。

この日の晩御飯は前日とメニューを変えてくれ、魚介とステーキをいただく。貸し切り風呂も昨日よりゆっくり入って、部屋で缶酎ハイをチビチビやりながら原稿を執筆。酔うとカッコイイ文章が書けるかもしれない。気が付くと敷きっぱなしにしてあった布団の上で眠ってしまった。ちゃんと“寝直して”、また翌日6時に目が覚める。

快晴。急いで大浴場の展望露天風呂に行くと、波の音と鳥のさえずりに加え、青空が広がっていて、そこで入る温泉は、まるでこのワーケーションのクライマックスのような極上の気分にさせてくれる。朝食を済ませ、富士山が見えるテラスでコーヒーを飲む。帰りたくないと思いながら、荷造りをしてチェックアウト。送迎バスで、修善寺行きのバス停まで送ってもらい、この日も穏やかな戸田港をボーっと眺め、また来ようと心に決めバスに乗る。

バスの中でPCを開き、原稿を書いてみるが、カーブが続き早々に諦める。修善寺に着き、電車までまだ少し時間があったし、猛暑だったので駅前のレトロな喫茶店「あぐり」に入って、原稿を書き始める。「卵サンド」を注文したら、おかみさんらしき人が卵を溶いている音が聞こえ、ジュワっというフライパンに卵を流し込む音が聞こえてくる。なんだか癒される。ほどなくできあがってきた出来立ての「卵サンド」は薫りも味も最高で、この旅の忘れられない思い出のひとつになった。

“現実”=東京行きの、特急踊り子号
“現実”=東京行きの、特急踊り子号

帰りの特急 踊り子号の車内で原稿の続きを書きながら、現実=東京へ。約2時間で無事書き終える。ワーケーションパワーとしかいいようがない生産力の高さに、我ながら感心。またたくさん原稿を抱えてワーケーションに行こうと、早くも次の旅&仕事が楽しみになる。今年か、来年かはわからないが、コロナの状況がよくなったら再び戸田を訪れ、今度は海を見ながらボーっとしたい。そしてたまに仕事をしたい。

戸田観光協会オフィシャルサイト

沼津市 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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