村井邦彦  世界に誇るJ-POPの礎を築いた「場所」、アルファミュージックを語る<前編>

写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

2015年9月27・28日に行われた“伝説のライヴ”『ALFA MUSIC LIVE』の、28日の模様を完全パッケージ化

2015年9月27日・28日、アルファミュージックの創設者・村井邦彦の古希を記念し、東京・Bunkamura オーチャードホールで行われた、まさに伝説のライヴ『ALFA MUSIC LIVE』。その“夢の宴”が『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』としてパッケージ化(Blu-ray Disc2枚、Blue-spec CD2枚、ブックレット60P)され、村井の76歳の誕生日でもある2021年3月4日に発売され、好調だ。

『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』【完全生産限定盤】2BD+2CD(Blu-spec CD2)+ブックレット/¥14300(税込)
『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』【完全生産限定盤】2BD+2CD(Blu-spec CD2)+ブックレット/¥14300(税込)

LA在住の村井に、改めてこのライヴについて、そしてこのライヴでも赤い鳥のメンバーとして演奏していた、先日逝去した名ドラマー・村上ポンタ秀一さんについてなどインタビュー。さらに現在音楽サイト「リアルサウンド」で吉田俊宏氏と共著で連載中の、国際文化交流プロデュ―サーで、イタリアンレストラン「キャンティ」の創設者である、川添浩史さんの戦前のフランスでの青春時代を描く小説『モンパル ナス1934~キャンティ前史~』についても話をきかせてもらい、アルファーミュージックの原点を紐解いた。

――「ALFA MUSIC LIVE」から約5年経っていますが、今観てもまるで昨日のことのような感覚がし ます。

村井 5年という月日があっという間に経ちました。その上にこの一年はコロナ騒ぎがあったので、時代 の移り変わりが飛んでしまったように感じます。

――とにかく素晴らしいアーティストの素晴らしいパフォーマンスに感動しますが、アーティスト、そしてこのライヴを作り上げたスタッフの方の、村井さんへリスペクトと愛が伝わってきました。

村井 そう言っていただけると嬉しいですね。本当にみんなよくやってくれました。レコード会社の 社長、プロデューサーとアーティストの関係というのは、ひと筋縄ではいかない難しいところもあるのですが、何十年か経って振り返ってみたら、やっぱりみんな懐かしいと思ったのだと思います。

――ライナーノーツでも総合演出の松任谷正隆さんが「当時はワンマンで、人の言うことに耳を貸さない ようにも思えた村井さんだが、音楽を通しての愛情の注ぎ方は並々ならぬものがあったのだ、と感じた。そして、それがアルファサウンドを生み出したのだ、と思った」と書かれています。村井さんの情熱と熱狂が、色々な方を巻き込んでアルファミュージックの音楽ができあがっていったことが伝わってくるコメントです。

村井 音楽やレコードを作るという仕事はワンマンにならざるを得ないのです。会議で相談することは あっても、最終的な判断をし、最後のひと言を言う人は一人にしないと何も決まらない。何が美しいかは人によって色々意見が違いますからね。ですから最終的な決断をする人は、全身全霊で上がってきた音楽を聴かなければいけません。僕は上がってきたテープを本当に微に入り細に入り、何度も何度も聴いた上でイエス・ノーを言いました。それを松任谷君が言ってくれているのだと思います。

「まずいい音楽を作り、それからどう売るかを考えた。そこがアルファレコードと大手レコード会社の違いだった」

――アルファレコードは1977年に設立されて、当時の大手レコード会社とは違うスタンス、動きで様々なことにトライし、進化していき、アルファサウンドを確立していきました。

村井 おっしゃる通りで、大手のレコード会社のディレクターは、どれだけ売上げを上げるかをまず考えてレコードを作ります。僕たちはまずいい音楽を作ろうというところから始めました。いい音楽ができたら「さて、これをどう売ったらいいのか」と考えました。真逆の考え方でした。

――2日間のライヴはどんな思いでステージを観ていたのでしょうか。

村井 懐かしい曲ばかりだったので、一緒に歌ってましたよ(笑)。ブレッド&バターの、ユーミン(呉田軽穂) が書いた「あの頃のまま」はもちろん、山上路夫さん作詞の「MONDAY MORNING」も全部覚えていて、ずっと歌っていました。

――アルファミュージックの音楽文化の継承という部分にも、ちゃんと踏み込んでいるライヴでした。アルファレコードの社是でもある「We believe in music」=「音楽を信じる」では、アーティストの二世の方たちが演奏しているというシーンをしっかり見せているというところも、このライヴの見どころひとつになっています。

村井 あれは嬉しかったですね。Asiah(父・小坂忠)、大村真司(父・大村憲司)、林一樹(父・林立夫)らが素晴らしいパフォーマンスを見せてくれ、次の世代に引き継ぐ何かが作れたと思います。

シティポップが世界的に人気の理由

――我々日本人にとってもすごく貴重な、歴史的財産になるようなライヴだったと思いますが、昨今の日本のシティポップの世界的な盛り上がりの中、世界中のファンが喜んでいます。

村井 そうみたいですね。僕の息子の映画監督のヒロ・ムライの友達が、アメリカでLight In The Atticというレーベルをやっていて、その友達が何人かで僕の家に来て、まだこのライヴがブルーレイになる計画もなかった時ですが、この映像を観せたら大感激して、吉田美奈子のレコードをすぐ出したいって言ってきた記憶があります。その後にそのレーベルから、細野晴臣のアルバムが5枚出ました。

――村井さんの中では、いわゆる日本のシティポップといわれている音楽がなぜこれだけ世界中で受け入れられていると考えていますか?

村井 まずひとつには音楽の聴かれ方が変わったことがあると思います。レコードやCDの時代からストリーミングの時代になって、世界中のあらゆる場所で、あらゆる人が、言語の壁を越えて音楽を聴くようになりました。そんな中、世界中の影響力のあるプレイリスターやインフルエンサーから広がっていったのではないでしょうか。それからこれは想像でしかないのですが、今の若いミュージシャンは予算の関係でほとんどデジタル録音しかできないけれど、その頃のアルファの音源というのは、みんなアナログで生オーケストラで、そういう本物の音、アナログ感が魅力的なのではないでしょうか。それから日本文化が成熟をした時期の音楽なので、それに対する憧れのようなものもあるのかもしれないですね。

村井邦彦
村井邦彦

「細野晴臣、ユーミン、松任谷正隆がアルファの音楽の中核になっている」

――アルファレコードがあったから、アルファのアーティストがいたから、シティポップの礎のようなものができて、成熟していったともいえると思います。

村井 そう言っていいかもしれないですね。ティンパン・アレーや吉田美奈子や山下達郎や大貫妙子、佐藤博など、他にも名前を挙げればキリがないくらい多数の優れたミュージシャンがアルファで録音に参加していますからね。その多くのアーティストの中で、中心になったのは細野晴臣、ユーミン、松任谷正隆あたりでしょうか。彼らがアルファの音楽的な中核になっています。例えば細野とユーミンの組み合わせ、細野と坂本龍一、高橋幸宏の組み合わせみたいな、どんどん変化していくけど、真ん中にいたのはこの三人と言ってもいいでしょうね。<後編>へ続く

『ALFA MISIC LIVE』オフィシャルサイト