柏木広樹 日本を代表するチェリストは、業界屈指のグルメ「音楽と料理はどちらもエンタテインメント」

写真提供/bluesofa

日本を代表するチェロ奏者・柏木広樹のインスタグラムには、“美味しいもの”がいっぱい

hiroki__kashiwagi
hiroki__kashiwagi

日本を代表するチェロ奏者・柏木広樹は、別名“グルメ・チェリスト”として、業界では有名な存在だ。長年コンサートツアーという旅を続ける中で、全国の美味しいお店、食べ物、そしてお酒と出会い、その知識と情報量は膨大で、ツアー先での食事もコンサートプロモーター顔負けの詳しい情報を求められ、ミュージシャンや仲間から頼りにされている。インスタグラムにも美味しいものと、それを豪快に食べている柏木の“美味しそうな”写真が溢れている。今回は“音楽と料理は似ている”というテーマでインタビューすることになったが、その前に昨年10月に発売された最新アルバム『VOICE』について聞かせてもらった。

柏木は現在、東京藝術大学時代から30年以上の付き合いのヴァイオリニスト・葉加瀬太郎のツアーに参加中だが、自身も11月12日東京・渋谷区文化総合センター大和田さくらホールで「『VOICE』リリース記念 チェロ・コンサート 2020」を行う。これは当初3月に予定していた公演が他のアーティスト同様、コロナウィルス感染拡大の影響を受け延期になったもので、アルバム発売から一年経っての発売記念コンサートになる。

「歌からも楽器からも“VOICE”を感じ、聴いて欲しい」

「2020年はアルバム『VOICE』の世界観をきちんと伝えていこうと意気込んでいたのに…。仕方がないことですが、幸いCDは腐らないものなので(笑)、最新CDです!って言っているうちは新鮮な感じがすると思います」。

10枚目のオリジナルアルバム

10枚目のオリジナルアルバム『VOICE』(2019年10月2日発売)
10枚目のオリジナルアルバム『VOICE』(2019年10月2日発売)

『VOICE』は柏木が奏でる“チェロの声”と多彩な“VOICE”との美しいハーモニーをテーマに作られた一枚で、奄美の唄者・里アンナ、男性コーラスグループ“ザ・ハモーレ・エ・カンターレ(光田健一、長谷川友二、加藤慶之、荒井健一(RAG FAIR))”、天使の歌声・フレーベル少年合唱団など、性別や年代を超えた様々な人間の声をフィーチャーしている。「僕たち演奏家は、しゃべる代わりに楽器の声を発しているのだと思います。歌を歌う人はもちろん、人間の声にとても近いといわれているチェロなどの弦楽器も、打楽器も管楽器も、みんなそれを操る人の“VOICE”なんです」。

さらに、ライフワークとして児童文学「ドリトル先生」シリーズをモチーフにアルバムごとに発表してきたが、今回はシリーズ第1作「ドリトル先生 アフリカゆき」に挑み、ザ・ハモーレ・エ・カンターレのコーラスをフィーチャー。「チェリストのアルバムの一曲目なのに、僕のチェロが出てくるまでに1分かかります(笑)。でもそこは自由度があっていいと思うし、美しいハモリのイントロなので、じゃあこっちもチェロで“歌わなければ”という気持ちにもなれました」。さらに森沢明夫の小説「エミリの小さな包丁」のテーマソングも作った。「森沢さんの小説は読み終わった時、心がほっこりします。そんな世界観と、僕がイメージがする音楽の世界観が似ている気がして、どの作品もメロディをつけたくなります」。

柏木が「子供の頃から大好きな」YMOの「東風~TONG POO~」のカバーは、まさに“挑戦”だ。それはチェロ20本の多重録音でテクノサウンドを表現しようとしている。「最初はチェロのカルテット(四重奏)のつもりでアレンジして、今回のアルバムのプロデューサーの光田健一さんに譜面を渡したら『チェロで完全に再現したら面白いんじゃない?』と、チェロ18本の編曲になって返ってきました(笑)。しかも録音中のアイディアで20本入ることになって、あんな音もこんな音も全部チェロです(笑)。おかげでレコーディングに丸一日かかりました。この映像を作ろうと思っていて、爆笑必至です(笑)」。

画像

その他にも映画『雪の華』の挿入歌や、尺八奏者・藤原道山をゲストに迎えた、大好きな日本酒「羽根屋」(富山・富美菊酒造)のテーマソングなど、多彩な音楽を楽しめることができる。「自分は割と自然とか人との繋がりとか、そういうことを表現している曲が多いので、曲作りのために取材するのは大事だと思っていて。その場所に行って、そこに鳴ってる音を書きたいというか。一番いいメロディが書ける時は、そこにあるものを“もらってくる”という感覚なんです。自分が作ったのではなくて、そこにあった、という感じです。昔書いた「大地を繋ぐ樹の下で」という屋久島の自然をイメージした曲のメロディは、現地に行ったら、木の間から光がバーって入ってきて、グルンって一瞬意識が回ったら、そこにメロディが落ちていて、拾っただけです。その経験があるから、いつもそういう風に作りたいと思っています。人それぞれ、色々な作曲の仕方があると思いますが、自分の音楽って流行りものではないというか、そもそもそんなにヒットするものでもないし、だったら、メロディは嘘をつかないで作りたいんです。全曲ではないですが、メロディが“やって来る”までひたすら待ちます。でも何か月も出てこないこともザラです。それで妥協して“作る”と、例えばプロデューサーの光田さんにはすぐにばれてしまいます。『心でメロディを作るところが好きなのに、頭で作ったでしょ』って」。

「その土地に行ったら絶対“行かないといけない”、僕は“お参り”って言っていますが(笑)、そういうお店がいくつもあるんです」

『VOICE』のプロデュースも手がけた盟友・光田健一(ピアノ・ボーカル)との「Duo Live Tour 2020 “二人旅”」も、絶賛振替公演中だ。

画像
画像

「小編成のアンサンブルって、やっぱり手が足りなくて大変なんですけど、面白いです。手が足りないところを、みんなでどうカバーして楽しくやるのかが楽しみで、ミュージシャンの腕と感性で逆に面白いライヴになります。例えば冷蔵庫を開けた時に、食材が揃っているとワクワクしますよね。でもこれとこれしかないという状況で、よしって思うか、だったら作るのやめようと思うのかは、人間としてはかなり違うと思います。だってどうせ食べるんだから美味しく食べた方がいいという思いがあれば、あるもので何とか美味しくしようと思うはずじゃないですか。“縛り”がある中でアレンジを考えて、楽しみながら美味しいものを作るのってセッションだし、料理も音楽も同じだと思います。いよいよ今日の本題ですね(笑)。僕は決してグルメではなく口が卑しいだけなんです。1989年にGクレフでデビューしてから、解散してからもずっと地方に行くことが多くて、24歳の時に47都道府県を制覇して、たぶんもう30周はしています(笑)。やっぱりその土地でしか食べられないものが楽しみになりました。北海道から沖縄まで、おすすめのお店の名前を言えって言われたら、今全部言えます(笑)。その土地に行ったら絶対“行かないといけない”、僕は“お参り”って言っていますが(笑)、そういうお店がいくつもあるんです。そこに戻ってきたとかではなくて、とにかく行くんです。例えば盛岡に行ったら「やまや」という蕎麦屋には絶対行かないといけない。そこは1000円で蕎麦が3杯食べられます。高級店だからいいというわけではないんです。もちろんそういうお店も行きますが、地の物を出してくれてそれが美味しくて、地元の人から愛されているお店に行きます。僕は魚が大好きなんですが、いい寿司屋の条件は、ネタに極力触らないで握ること、これができたら一流です。どこの寿司屋に行っても、それ感じながら食べています。同じシャリとネタを使っても職人で全然味が変わります。ネタの魚についても、『お前はどこの海で泳いでいたんだ?』って想像、推理するのが好きなんです(笑)。変態ですよね。“魚愛”が過ぎて完全にイカれてます(笑)。マグロって大きければいいと思っている人が多いと思いますが、違います。太りすぎて流線型じゃないし、今まで食べた中で一番美味しかったのは20年位前に食べた三陸沖で取れた70キロの黒マグロの中トロです(笑)。その味は今もハッキリ覚えています」。

「“美味しい”も“楽しい”も、エンタテンイメント」

食べものの話になると、ギアが入って止まらない。しかし少しでも美味しく食べたい、楽しく食べたいという素直な思いが、こだわりへと続いていっている。それは音楽を作る時、演奏する時も同じだ。

画像

「マネージャーから『食べ物と音楽というテーマで話せますか?』って言われて、『それをとったら、柏木広樹じゃなくなるだろ』って言いました(笑)。だってその二つって同じだから。美味しい、楽しいってつまりエンタテイメントです。天ぷらとか寿司、鉄板焼きとか、いわゆる対面でサービスするものって、派手なパフォーマンスがあるのがすごいのではなく、一番いい状態の時に食べられるのが対面式の一番いいところです。天ぷらは揚げ立てを、寿司も置かれた瞬間に食べます。料理人の仕事を見ていると楽しい、美味しく感じるし、もし美味しくない時は早々に帰ります(笑)。ライヴも同じです。ライヴもお客さんの雰囲気に引っ張られて演奏が変わってきます。同じ曲を何百回やっても、お客さんがきちんと音楽の世界に引きずりこんでくれる感覚はあります。それは演奏中の雰囲気や、拍手にも音色があるので、そこから伝わってきます。ライヴは8割がお客さんが作るものと思っていて。今までは五分五分と思っていましたが、やっぱりこういう状況になって、ライヴができるありがたさを改めて感じていて、毎回泣きそうになります。ありがたさって、結局不幸にならないと気付かないんですよね。今は一回一回が本当にありがたい気持ちで一杯です」。

自らをチェロ芸人と呼び、誰もが笑顔になって楽しめる音楽を目指す。「音楽は楽しければ何でもいいと思う」

画像

柏木は、過去に映画『冷静と情熱のあいだ』(01年)ではチェロ演奏者として自ら出演、さらに映画『おくりびと』(08年)でも演奏指導で参加したり、また様々なジャンルのアーティストとコラボ、共演し、チェロという楽器を身近で親しみやすいものにしたいという思いを胸に、活動を続けてきた。自身のことを“チェロ芸人”と呼び、誰もが笑顔になって楽しめる音楽を目指している。「日本人はクラシックが嫌いなんですよ。音像としては、歳をとってくると合ってくるようになると思います。曲は長いし結論が全然見えないし、好きじゃない人が多いのはわかります。僕も嫌いな作曲家がいっぱいいます。みんな大好きなのにマーラーは嫌いだしモーツァルトも嫌いです(笑)。モーツァルトは曲がいいとか悪いとか以前に、チェロに愛がないから(笑)。絶対モーツァルトはチェロが嫌いだったと勝手に思っています。逆にピアニストとかバイオリニストはみんなモーツァルトが大好きですよね。メロディは天才的だけど、楽譜を見ると、チェロとコントラバスは一緒でいいや、めんどくさいし、みたいな、そういう声が聞こえるんです(笑)。音楽は楽しければなんでもいいと思います。でも、よく『自分達が楽しめないと、お客さんに伝わらない』というアーティストやミュージシャンがいますが、逆に聞きたいのは、演奏していて、やっていて楽しくないの?楽しいからこの仕事やってるんでしょ?って。僕自身はつまらないって思うことはほとんどないし、面白くないと思ったら、多分一緒にやっている相手もそう思うだろうから、もう次から誘われないと思います(笑)」。

チェロは音域が人間に近いため、まるで歌を歌っているようで、力強くて優雅でその音色は心地よくて、どこか柏木広樹と似ている。インタビューを通してそう感じた。メロディをより浮き上がらせたり、そのパートを厚く豊潤な音にしたり、感動を増幅させるのがチェロだ。人を楽しませることを信条としている柏木そのものだと思う。

■「柏木広樹 アルバム『VOICE』リリース記念 チェロ・コンサート2020」

・2020年11月12日(木) 18:30開場/19:00開演 ※18:00受付開始

・渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール

出演/柏木広樹(Vc)、光田健一(Pf)、天野清継(Gt)、鳥越啓介(Bs)、岡部洋一(Perc) 

SPゲスト/ザ・ハモーレ・エ・カンターレ(光田健一・長谷川友二・加藤慶之・荒井健一 from RAG FAIR (Cho))

一般前売¥6,800 学生前売¥4,800 (全席指定)

柏木広樹オフィシャルサイト特別予約:~2020/10/26日(月)23:59まで受付

一般再発売:イープラス 2020/10/24(土)~

※本公演は新型コロナウィルス感染症予防対策を整え、座席数を50%に制限しての開催となります

柏木広樹 オフィシャルサイト