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渡辺真知子 “唇よ、熱く君を語れ”が40年の時を越え、パワーワードに 新作で「エールを送りたい」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

1980年、そして2020年、40年の時を越えて「唇よ、熱く君を語れ」がパワーワードに

2020年元旦、ひとつのCMが注目を集めた。井手上 漠や中島セナらが「誰を好きになってもいい」と語り、“I HOPE”という印象的なキャッチコピーが飛び込んでくるKANEBOのTVCM『I HOPE.』だ。このCMは第57回ギャラクシー賞CM部門大賞を受賞。そこで流れていたのが、渡辺真知子の「唇よ、熱く君を語れ」だ。実はこの曲は、40年前のオリンピックイヤー、1980年の幕開けと共にやはり『カネボウ レディ‘80』のCMソングとしてオンエアされ、大ヒットを記録した。今回のCMでは現代版のコーラスアレンジが施され、歌詞も若干変更されているが、知っている人にはその強くてキャッチーなメロディは懐かしく、知らない人にとっては新鮮に聴こえたのではないだろうか。オンエア直後から配信サイトでも注目を集め、好アクションが続いた。

「唇よ、熱く君を語れ」は1980年1月21日に渡部真知子の7枚目のシングルとして発売され、約50万枚の大ヒットになり、渡辺はこの80年代のポップスシーンを代表する一曲を大切に歌い続け、ライヴでも欠かせない“鉄板”の盛り上げ曲になっている。その「唇よ~」の最新バージョン(CMバージョンとは異なる)が収録されたアルバム『明日へ』が、7月8日に発売された。このアルバムは当初、今年がオリンピックイヤーということもあり「スポーツ選手へのエールや、多くの人に元気を与える歌で構成したい」と、既発曲の中で、特に“希望”を感じさせてくれる作品の新録音源を届けたいと制作され、本当は春先に発売される予定だった。しかし新型コロナウィルス感染の影響の拡大により、発売延期となってしまった。オリンピックも延期になってしまったが、聴く人の心を元気づけてくれる渡辺の歌が、コロナ禍の中、頑張っている全ての人の心を潤し、希望を与えてくれる作品になっている。2019年に行われたライヴ音源を収録した2枚組のこのアルバム『明日へ』について、渡辺にインタビューした。

「『唇よ、熱く君を語れ2020』は、一人多重録音で声を140トラックも録り、ジャズとゴスペルが交錯する感じを目指した」

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「唇よ、熱く君を語れ2020」は、原曲のアレンジとはガラッと変わったバージョンで、渡辺の声が一人多重録音で幾重にも重ねられ、新鮮で、オリジナルとはまたひと味違う深みのある楽曲に仕上がっている。アレンジを手がけたのは、渡辺の近年の多くの作品には欠かせない存在の盟友、ピアニスト・作編曲家の光田健一だ。「CMソングがゴスペル調だったので、多重録音に挑戦してみました。でも目指したのはゴスペルではなく、ゴスペルとジャズが交錯する感じ。気が付いたらボーカル、バッキング、コーラスなどで140トラックも録って11時間もかかりました(笑)。以前『ブルー』でも光田さんのアレンジで多重録音に挑戦したことがあるのですが、こんなに低いところから高いところまで声を出したのは初めてです」と語っているように、声のパワーによって、楽曲が元々持っているエネルギッシュな部分が、さらにクローズアップされている。

代表曲「かもめが翔んだ日」は、クールかつ熱い斬新なアレンジ

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このアルバムは、光田を始め、井上一平、そして尺八、ピアノ、チェロのトリオ・KOBUDO-古武道-や、ピアニスト榊原大、さらに渡辺のライヴを支える石塚まみ等が、斬新なアレンジで既存曲に彩りを与え、新しい魅力を引き出している。渡辺の代表曲のひとつ「かもめが翔んだ日」は、井上のアレンジでKOBUDOのピアノ、尺八、チェロがフィーチャーされ、楽曲に絶妙な光と影を作り出す。クールかつ熱いアレンジによって、改めてそのメロディのよさと渡辺の表現力が際立つ。「この曲の違う組み立てのアレンジは、自分のバンドでもやったことがあって、井上(一平)さん×KOBUDO-古武道-の組合わせでも、一部スペイン語で歌うバージョンはやったことがあるのですが、全部日本語で歌ったのは今回が初めてです。このテンポでライヴで歌った時は、この曲の作詞を手がけて下さった伊藤アキラさんが『ようやく僕が歌って欲しかったように歌ってくれたね。悲しい歌なのに、君はなんで今まであんなに元気に歌っていたのかわからない』って初めて褒めてくださって(笑)。そういう意味では私という人間がようやく落ち着いてきて、歌詞が持つ本来の意味や温度感が伝わって、みなさんの心の中にスッと入っていったのかなと思っています」。

渡辺が亡き父のことを思い、生きることの喜びや切なさを情感豊かに歌う「いろいろな白は」、NHK「ユアソング」(2008年)でも取り上げられたバラードだ。「この曲と『さくらさくら』は(石塚)まみちゃんの美しい声が浄化してくれるというか、穏やかさをもたらせてくれます」と、渡辺の声と石塚の声が美しい空気を作り出し、その世界に引き込まれる。

これまでにジャズアルバムを3作発表している渡辺の、ジャズシンガーとしての懐の深さを楽しめるのが『Here’s To Life」だ。シャーリー・ホーンなどの名演で知られる楽曲のカバーで、『Amor Jazz』(2013年)に収録されてる原曲は、フルオーケストラが奏でるゴージャズなアレンジで、今回はKOBUDO-古武道-の演奏とアレンジで、シンプルかつ芳醇なサウンドに乗せ、深く、感動的な歌を聴かせてくれる。

表題曲の「明日へ」は、渡辺の4枚目のアルバム『メモリーズ』(1979年12月)のラストに収録されている、雄大なメッセージを湛えたバラードで、当時の若者たちへの応援歌だ。そして「迷い道」でデビューして以降、「かもめが翔んだ日」「ブルー」と、立て続けにヒットを飛ばしていた渡辺が、“次”へどう進むべきか悩んでいた自身を奮い立たせるために書いた曲でもある。アルバムのラストで輝きを放っているこの曲が、翌年1月に発売された大ヒット曲「唇よ、熱く君を語れ」へと繋がっている。

渡辺のヒット曲を数多く手がける船山基紀が指揮を執り、原曲のアレンジを再現したライヴ音源

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DISC2は、昨年行われた『渡辺真知子コンサート2019~現在・過去・未来~』(2019年10月26日東京国際フォーラム ホールC)のライヴ音源を収録している。この日は、渡辺の多くの楽曲のアレンジを手がけた名匠・船山基紀をゲストに迎え、船山の指揮による美しいストリングスの響きが印象的な、原曲のアレンジを楽しむことができる。船山が作り出す美しいアレンジと、渡辺のメロディ、言葉が相まって決して色褪せることがない数々のスタンダードナンバーを作り出した。16分間に渡る船山アレンジのメドレーも圧巻だ。「最後、お客さんが総立ちになって拍手を送ってくださる時の表情が本当に輝いていて、船山先生の嬉しそうな表情と共に忘れられません」。DISC1で名曲の最新アレンジを楽しみ、DISC2でオリジナルアレンジを楽しむことができる。

2019年『夜会』に出演。「この年齢になってこんなに大きな経験をさせていただいて、感謝しています」

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2019年は渡辺にとって忘れられない一年になった。このコンサートもそうだが、『中島みゆき 夜会VOL.20~リトル・トーキョー~』(2019年1月30日~全20公演)へ出演したことが大きな“事件”だったという。キャリア40年を超えての新たな挑戦だった。「なぜ私に声をかけてくださったんだろう、『夜会』なのにこんなに明るい、太陽みたい私を入れてどうするんだろうって思いましたが(笑)、できるだけ私という素材を活かしてくれるキャラクターを作ってくださって、みゆきさんを始めスタッフの方の愛情をとても感じました。お稽古の時からさすがの私も毎日緊張して、不安で仕方ありませんでした。でもみなさんが励ましてくださって、この年でこんな大きな経験をさせていただいて、本当に感謝しています」。この経験がこれからの渡辺の歌にどう昇華されていくのか、楽しみだ。

渡辺のデビュー曲「迷い道」(1977年)のあまりにも有名なフレーズ、<現在・過去・未来>は「今を思い、原点に立ち返り、そして未来にエールを贈るという思い」を込めて渡辺が書いた詞だが、この『明日へ』というアルバムは、まさにこの名フレーズに込めた思いそのものような気がする。

otonano 渡辺真知子『明日へ』スペシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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