大江千里 新曲がAP通信選定「コロナ禍の中作られた40曲」に選ばれる 極限の状況に対峙し、考えたこと

写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト

世界中の人々が、コロナパンデミックで“STAY HOME”を余儀なくされている中、アーティスト達は、音楽の力を信じ、様々なアプローチで音楽を響かせ、発信し、多くの人に勇気と安らぎを与えている。そんな中、5月5日米ニューヨーク・AP通信が、海外アーティストたちが“STAY HOME”中に作りあげた40曲にスポットを当てた、“40 songs about the coronavirus pandemic.”という特集を組み、話題を集めた。

5月5日までの直近6週間で、様々なアーティスト達が発表した、新たに書き下ろしたものから、セルフカバーや替え歌まで40曲をピックアップ。そこに名前を連ねているのは、ボン・ジョヴィ、ザ・ローリング・ストーンズ、ピットブル、ランディ・ニューマン、アヴリル・ラヴィーン、クイーン+アダムランバート、ボノ(U2)、マイケル・ブーブレ、マイク・ラヴ、グロリア・エステファン、カーディ・B、アリシア・キーズ、ジュエル、ノラ・ジョーンズ等、錚々たるアーティスト達。その中にジャズピアニスト・大江千里「Togetherness」が選ばれている。'

40曲中の24番目に、<日本のピアニストのさわやかなインストゥルメンタルトラックが1日を明るくする>というコメント共に取り上げられており、約1分20秒の小品は温もりのある音色で、聴き手の心に明るい灯をともしてくれるようだ。

この40曲に選ばれているアーティスト達のメッセージは、本当に力強く、医療従事者や人々が日常生活をスムーズに送れるように、休むことなく動き続けている人々に感謝し、敬意を表し、そして前に進んでいこうという強い意志を感じさせてくれる。

新型コロナウィルス感染の影響が、特に深刻なニューヨーク州のブリックリンで生活を送っている大江に「Togetherness」について、そして現在はどのような生活を送っているのかを、メールインタビューで聞いた。。

「『Togetherness』は、距離や時間を超えて一緒にいれる強さをテーマに、困難の中にいる全ての人へ贈るつもりで書きました」

――「Togetherness」が、AP通信が選んだ“40 songs about the coronavirus pandemic”に選出されたという一報を聞いた時の気持ちを教えて下さい。

大江 記事が掲載される1週間ほど前に、ライターの方から「40曲パンデミック中に発表された曲を選ぼうとしてて『Togetherness』にヒットしたんだけど、これってパンデミック中に作曲して発表したものですか?」って連絡が入ったので「はい」って答え、「もしかしたら記事に?」と思いましたけれど、そのまま1週間過ぎたので「あれはダメだったな」と諦めてました。だから知らせを受けてむちゃくちゃ嬉しかったです。24番目に掲載されていると聞いたので、スクロールダウンしたのですが、下へ行き過ぎて見つからず、今度は上へスクロールしてまた行き過ぎて見つからず、なんだか10分くらい上下を行ったり来たりして24番目の自分の名前と曲が見つかりませんでした。やっと見つけた時は「ほっ」(笑)。その時落ち着いて他のラインナップを見て「えええ?」とビビりました。

――「Togetherness」は心が温かくなって、明るい気持ちにさせてくれる曲ですが、この曲に込めた思いを教えて下さい。

大江 距離や時間を超えて一緒にいれる強さ、をテーマにしています。戦地にいる兵士と故郷の家族や、このパンデミックで患者に付き添えない家族や恋人、ましてや亡くなられて見送る時にそばにいれない、そんな理不尽な状況に立たされている人も多いので、困難の中にいる全ての人へ贈るつもりで書きました。

「鳴り続ける救急車のサイレンにはかなり敏感になりました」

――ニューヨーク州は、新型コロナウイルス感染者数が全米の中でも特に多く、不安の中で過ごされていると思いますが、どのような生活を送っているのでしょうか?

大江 基本は家にいますが買い出しにも行きます。24時間NY市や州から「NYの一員として自分のPartを果たしていこう」と連帯と励ましのメッセージが携帯にきますので「一人だな」と感じることはないです。ただあまりにも多くの人が亡くなっていますので、鳴り続ける救急車のサイレンにはかなり敏感になりました。家にいてピアノの練習をして曲を書くのはいつも通りですが、料理をひと手間かけて作り、犬のご飯も栄養の行き届いたものを時間をかけて作り、部屋の隅々まで掃除をしたり、あとは携帯で撮影した映像を編集して自分流に今の気持ちを小さな作品にしたり、そんなことやってると、あっという間に夜が来ます。

大江千里 note

「『家からお送りする』というリモートライブは、これからの「指標」になると思います」

――他の業種と同様に、日本を含めて世界のエンタメ業界が苦境に立たされています。自粛要請の段階的な解除が始まっても、ライヴなどは一番最後になると言われています。改めて、音楽とは、ライヴとはどのような存在なのか、人々にとってどのような存在であるべきなのか、どのように捉えていらっしゃいますか。

大江 一人でいるとお客さんがいないと、なんて音楽は無味乾燥で虚しいものなのかと思います。音楽が成立していた時間のことを恋しく思い出します。これからの数年はもう前の時代には戻れないかもしれません。文明が変わるというと大げさだけれど、エンタメそのものがガラッと形を変えるような気がします。命あってこそ、そういう極限の状況に対峙させられると、僕自身の音楽に対する情熱、生きるという根源的な欲求が鮮明に湧き上がって来ます。ワクチンができるまでの間、新しいライブの形をオーデイエンスの人たちとともに模索し、きっと必ず面白いアイデアに行き着くでしょうし、それまで試行錯誤が数年続くと思います。音楽もライブも基本はこの「人と人」「人との『共有』」ですね。だからその感覚をどうブレずに再構築するのか。僕は「家からお送りする」というリモートライブはこれからの「指標」になると思います。このパンデミックの印象は、ジャンルを超えた全ての人たちに新しい時代のコンセプトがパカッと割れて開いちゃった、感じがします。

「心も体も非常にシンプルになった。自分の心を声を聞く、そんな瞬間が増えた」

――コロナ前と後で、ご自身の中で一番大きく変わったこと、思いとは?

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大江 この状況だといつ命がなくなるかわからない。だから毎日をそういう覚悟で生きていると言ったら大げさなのかな、そんな風に思うようになりました。あともう一つは心も体も非常にシンプルになったことです。生きたいからしっかり栄養と睡眠をとる。自分の心の声を聞く。そんな瞬間が増えました。

2008年、47歳でニューヨークへJAZZ留学し、2012年にジャズピアニストとしてデビューした大江は、“千里JAZZ”を極めるべく進化を続け、その音色は世界へと広がっている。大江の「鳴り続ける救急車のサイレン」という言葉が、今のニューヨークを象徴している。そんな状況下でも、大江は「困難の中にいる全ての人へ贈るつもりで書いた」『Togetherness』という曲を通じて、人々を優しさで包み込み、”一体感”を与えてくれる。その優しい調べは、どこまでも心にしみ渡る。

なお大江は、5/25(月)深夜24:00からFMヨコハマでオンエアされる『萩原健太のotonanoラジオ』に、ニューヨークからリモート出演し「Togetherness」について語る。

大江千里『otonano』スペシャルサイト