Yahoo!ニュース

今年ブレイク必至、島根発のバンドOmoinotakeが奏でる極上ポップスの魅力

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
左から藤井レオ(Vo,Key)、福島智朗(B,Cho)、冨田洋之進(D、Cho)
ミニアルバム『モラトリアム』(2月19日発売)
ミニアルバム『モラトリアム』(2月19日発売)

3ピースバンドOmoinotakeの音楽が広がりを見せている。劇場アニメ『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』(原作ヨネダコウ・牧田佳織監督/2月15日公開)の主題歌「モラトリアム」が収録されている、2月19日に発売された1年4か月ぶりのミニアルバム『モラトリアム』も好調だ。同曲のMUSIC VIDEOも早くも約100万回再生と(2月29日現在)、注目バンドへの注目度がさらに高まっている。そんな彼らの勢いを感じるグッドミュージックが詰まった『モラトリアム』という作品について、そしてOmoinotakeというバンドのこれまでと、これからについて、藤井レオ(Vo,Key)、福島智朗(B、Cho/エモアキ)、冨田洋之進(D、Cho/ドラゲ)の3人にインタビューした。

島根県松江市出身のピアノトリオ。渋谷スクランブル交差点からグルーヴを“放熱”し、注目を集める

写真提供/NEON RECORDS
写真提供/NEON RECORDS

まずは彼らの「これまで」から。Omoinotakeは島根県松江市出身の3人で2012年に結成、2017年1月に初のフルアルバム『So far』を発売した。彼らが音楽を鳴らす場所に選んだのは、渋谷のスクランブル交差点脇でのストリートライヴだった。その集客が話題となり、徐々に彼らのこと、音楽が伝わり始めていく。なぜ渋谷だったのだろうか。

「新宿とかでもやりましたが、外国人も多い渋谷のあの雑多感が好きでしたし、そういう人達が僕らのライヴを観て楽しんでいるその様子を見て、また人が集まってくるということが多いので、渋谷が一番熱かったです」(藤井)。

外国人も含めて、行き交う人の足を止めるのが、彼らの音楽が作り出すのカッコよく気持ちがいい“グルーヴ”だ。つい体が動いてしまい、そして切なさを湛えた親しみやすいメロディ、それを歌う藤井のハイトーンボイスに胸を掴まれるのだ。あらゆる人が“通り過ぎるため”に歩くスクランブル交差点で、どうやってその足を止めるか。メロディから楽器の一つひとつのフレーズに至るまで、徹底的に研究、追求していった。

「メロディもハッとするものが作りたいといつも思っています。最初の頃はストリートライヴでノッて、踊ってくれる人をイメージして曲を作っていくことを心がけていました。とにかくグルーヴ感を気にしています」(藤井)。

結果的にそんな思いが音楽性を飛躍的に高めることに繋がっている。『Street Light』に収録されている「Friction」では、ホームグラウンド渋谷の風景を捉え、スクランブル交差点から生まれるものを鮮やかに描いた歌詞が印象的だ。福島が手がけるリアルな描写の歌詞も、後に述べるがOmoinotakeの音楽の切なさを作り上げている大きな要素だ。

2015年にその音楽性を大きく方向転換

Omoinotakeの音楽は2015年に大きく方向転換した。それはそれまでやっていた音楽が思うように広がっていかないという壁にぶち当たり、ギターレスのピアノ3ピースバンドというスタイルが、最大の力を発揮できる音楽を探し、磨いていったという。

「ライヴでもギターがいる縦ノリのバンドとよく対バンしていて、その時、自分達の音楽が埋もれてしまうなって思ったし、ライヴハウスの人にもそう言われることもあって、そこから思い切って方向転換への道を選びました。まずは当時聴いていたプレイリストから自分が好きだった音楽を全部削除しました(笑)。一回振り切った方がいいなと思って」(藤井)。

ceroの名盤に大きな影響を受ける

ちなみにそれぞれが影響を受けてきた音楽は藤井が「銀杏BOYZやX JAPAN、HAWAIIAN6とかの切なめのものが昔から好きで」、福島は「WEEZERをよく聴いていて、メタルも好きでイン・フレイムスやアイアンメイデンとかの泣きメロ系が好きでした」、そして専門学校でジャズを専攻していたドラムの冨田は「ORANGE RANGEが大好きで、特にシングルのカップリングやアルバムに入っている切なめの曲を好んで聴いていました。それからRADWIMPS、凛として時雨もよく聴いていました。ロバート・グラスパーも好きです。三人とも共通しているのは、アイスランドのPascal Pinonとかの、北欧系の音楽が好きなことです」と、それぞれの音楽のバックボーンを教えてくれた。切なさの“成分”が見え隠れしている。

1stフルアルバム『so far』(2017年1月)
1stフルアルバム『so far』(2017年1月)
ミニアルバム『beside』(2017年8月)
ミニアルバム『beside』(2017年8月)
2ndミニアルバム『Street Light』(2018年10月)
2ndミニアルバム『Street Light』(2018年10月)

ギターレスのピアノバンドから繰り出す、縦ノリではなく横ノリの、グルーヴがカッコいい音楽を求め、現代ジャズ、R&B、ソウル、ファンク、HIP-HOPなどあらゆるブラックミュージックを聴き、山下達郎やドナルド・フェイゲンなどを掘り下げ、自分達の音楽に昇華させ、ベースにしていった。そんな中で出会ったceroのアルバム『Obscure Ride』を聴き、3人が感じていた予感が確信に変わったという。『Obscure~』は、ブラックネスを元に中毒性のあるグルーヴィーさが生まれ、それをJ-POPとして成立させている名盤だ。

こうして3人は、初のフルアルバム『So Far』(2017月1月)でリアルな映像が瞬間的に浮かぶ歌詞を、多幸感溢れるポップスに乗せ歌い、続くミニアルバム『beside』(同年8月)では、Omoinotake流のポップネスの追求がさらに進み、強度が増した藤井のファルセットも冴え渡り、2ndミニアルバム『Street Light』(2018年10月)で、ライヴでのキラーチューン「Never Let You Go」を始め、3人のグルーヴはより強靭に、楽曲もより煌びやかになり、極上の気持ちよさを湛えるポップスとして花開いた。当然彼らの噂が広がるスピードは加速する。

配信シングル「惑星」(2019年7月)
配信シングル「惑星」(2019年7月)
配信シングル「Blanco」(2019年9月)
配信シングル「Blanco」(2019年9月)

2019年7月から配信シングルを立て続けにリリースし、それが最新作『モラトリアム』へと繋がっていく。その第一弾、各方面から絶賛されている名曲「惑星」(7月31日)は、グルーヴ感のあるビートに、藤井の儚いファルセットボイスが響き、切なさが楽曲全体を覆う。第二弾「Blanco」(9月6日)は『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で、音楽P・蔦谷好位置が2019年のベスト10に選んだ楽曲。ドラマティックな構成で、どこか“和”を感じさせてくれるメランコリックなサビ、福島の甘美で繊細なリリシズムが印象的だ。

配信シングル「トニカ」(2019年12月)
配信シングル「トニカ」(2019年12月)

「『Blanco』のサビは狙いました。最初はAメロ、BメロがもっとR&Bっぽかったので、サビは和な感じで、わかりやすくしたいと思いました」(藤井)。「歌詞は当時彼女とうまくいっていなくて、その時の想いを一気に書き上げた歌詞です」(福島)。そして、12月に配信した「トニカ」は、<抜け出せない日々をまたloop 出口を探すよ 弱く脆い心を抱えていたって>と、日々の葛藤やもどかしさ、今現在の自分達の思いをぶつけた歌詞が熱を帯びて伝わってくる。このもどかしさというのは、自分達の音楽が本当に世の中に伝わっているのだろうかという不安であり、悔しさである。「『惑星』も『Blanco』もいい反響をいただいてはいましたが、それでもまだまだ広がっていかないなという気持ちがあって、これからもこういう感じが続くのかなという、もどかしい気持ちを込めたのが『トニカ』です」(福島)。

同郷・同世代のバンド「髭男」のブレイクが大きな刺激に

同郷の同世代のバンド・Official髭男dismのブレイクも大きな刺激になっている。「同郷の同年代のバンドの活躍は嬉しくもあり、刺激にもなり、同時に焦りにもつながりました」(藤井)と語り、しかし<いつか思い出す今日を 僕の一部と誇りたい>ともどかしさをエネルギーに変え、自身を鼓舞し、先に突き進むんだと強い意思表示をしている。クラップと厚いコーラスワーク、エモーショナルなサビが、高い沸点を作り上げるこの曲を、1月31日のワンマンライヴ『FACE TO FACE』では本編とアンコールでも歌い、ファンにその思いをしっかりと伝えた。

初の書き下ろしは、劇場アニメ『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』の主題歌

こうして、自分達の音楽の「更新」を続け、ブレイクポイントに差し掛かってきた3人が取り組んだのが、2月15日に全国公開された劇場アニメ『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』の主題歌「モラトリアム」だ。初めての書き下ろしは、極道の世界を舞台に男同士の切ない感情を繊細に描いた人気アニメだ。「最初読んだ時は、カルチャーショック、異文化体験という感じでした。でも作品自体が切ない要素満載だったので、BLという部分を置いておいても、僕達の世界とリンクする部分があったので、得意としているメロディ、曲調でもあり、楽しく制作できました」(藤井)。

映画を観、YouTubeで公開されているこの作品のMVを観たユーザーからは「この作品の世界観のまんまで、鳥肌が立ちました。映画のエンドロールで流れて切なくて涙が出ました」など、絶賛するコメントが多く寄せられている。一方で男女の報われない恋のシーンも想像できる歌詞にもなっている。詞を手がけた福島は「そうなんです。自分と作品の共通項ってどこにあるんだろうと探したら、男女の報われない恋がクロスしているポイントだと思いました」と教えてくれた。BL映画の主題歌ではあるが、聴いた誰もがその歌詞の行間に、色々な思いを抱えた自分自身を置くことができる作りになっている。「タイアップ曲という以前に、純粋に完成度として3人の中でかなり手応えを感じる一曲になったと思います。ミックスしているときからワクワクして、ファンの人に早く聴いて欲しいと思っていました。それで聴いてくれた人のSNSでの反応を見ていると『やばい!』という声が飛び交っていて、『そうでしょそうでしょ』って思っていました(笑)」(冨田)。「『惑星』『Blanco』」で、僕達のラヴソングの地盤ができ上がった中でのこの曲だったので、タイミングもよかったとい思います」(福島)と、バンドしての渾身の一作になっている。

彼らの作品は「モラトリアム」を始め、詞先の曲も多い。アーティストの多くは曲が先で、そこに歌詞を乗せていくという手法が多いが、Omoinotakeは詞先の場合も多く、“言葉のリズム”が、藤井の作るメロディ、そして歌のリズム、バンドアンサンブルと相まって、独特のリズムを作り出し、さらに曲全体から漂ってくる独特の“薫り”になっている。「詞先で言葉を詰める感じで、グルーヴィーにしたいというのが先にあって、それが曲作りにも影響していると思います」(藤井)。「昔の「Hit it up」とかは、ライヴでの盛り上がりを想像して、韻を踏むことしか考えていなかった時期に書いたので、英語詞の部分も多いですけど、歌詞の半分が英語だと、聴いた人を泣かせることができないと思いました。韻を気にしないで書けるようになって、そっちの方がしっくりくるようになりました」(福島)。

跳ねたピアノとホーンが盛り上げる「So Far So Good」も、歌詞はサビ以外は日本語だ。日本語へのこだわり、その美しさを伝えたいという思いは強いのだろうか?「普段から本を読むのが凄く好きで、言葉の大切さは常々感じていて、僕らの音楽ってオシャレとか言われることもありますけど、もっとJ-POP層、お茶の間に歩み寄れる音楽だと思っているので、今回のミニアルバムにはそういう歌詞が詰まっていると思います」(福島)。

踊れる曲にも切なさを感じるOmoinotakeの音楽

バラードはもちろん、ミディアム調でもアップテンポの踊れる曲にも、彼らの楽曲には切なさが貫かれている。それは、情景と心情を重ね紡ぐ、福島が書く、光と濃い陰影を感じさせてくれる歌詞も大きな要因であり、そして先述した「中学生の頃から聴いてきた音楽の中の切ない成分が入っていると思う」(藤井)と教えてくれた。さらに曲の構成も影響している。彼らの楽曲はサビの後に、Dメロでさらに盛り上げ、楽曲全体の輪郭をよりハッキリさせ、印象深いものにしてエンディングにいざなうものが多い。「もうひと展開作りたがりだと思います(笑)。基本Aメロ、Bメロは伴奏のループ系で作ることが多いので、またひとつ違う展開を作りたくなるんだと思います」(藤井)。

演奏力の高さ、誰もが楽しめる心地いいグルーヴが最大の魅力

画像

そして、その演奏力の高さも大きな魅力だ。コーラスワークの美しさはもちろん、ストリートライヴで磨き上げたそれぞれの音が響き合い、できあがるバンドアンサンブルは、聴きどころのひとつだ。藤井のピアノは、メインでもありながらも、時に印象的な“差し色”となって曲を彩り、バンドの要、冨田のドラミングは重厚感の中にしなやかさを感じさせてくれる。一発で楽曲、サウンドの表情をガラッと変える威力を持つそのスネアの音、ハイハットの一音一音の粒立ちと音切れの良さも切なさを演出してくれる。冨田と共に強力なグルーヴの発生源となっている福島のベースは、エモーショナルかつクールで、歌に寄り添いながらもしっかり主張し、さらにサポートメンバーの柳橋玲奈のサックスも、色気と高揚感を感じさせてくれる音色で、Omoinotakeの音をより芳醇なものにしている。このように彼らのライヴは世代を問わず、誰もが楽しめる、心地いいグルーヴが最大の魅力だ。

強力なポップネスが息づく、その普遍性と新しさ。そして情緒を感じさせてくれるOmoinotakeの音楽が、今年は多くの人の心を躍らせ、潤してくれるはずだ。5月からは『Omoinotake「モラトリアム」Release One Man Tour』(名古屋・大阪・東京・島根)がスタートする。彼らのライヴを体感するチャンスだ。

Omoinotake オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事