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平井堅 新作「#302」が話題 ドラマ主題歌と向き合う時、必要なこと

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックレーベルズ/アリオラジャパン

“バラードの帝王”が、またひとつ「#302」という名バラードを作り上げた

「#302」(12月4日発売/初回生産限定盤)
「#302」(12月4日発売/初回生産限定盤)

鈴木雅之が“ラブソングの王様”なら、平井堅は“バラードの帝王”と呼ぶべきだろう――「瞳をとじて」(2004年)を始め、「even if」(2000年)、「思いがかさなるその前に・・・」(2004年)、「僕は君に恋をする」(2010年)、「魔法って言っていいかな?」(2016年)、「僕の心をつくってよ」(2017年)、そして「half of me」(2018年)など、数々の名バラードを歌ってきた平井堅が、またひとつ名バラードを作り上げた。10月クールのTBS系金曜ドラマ『4分間のマリーゴールド』の主題歌「#302」(サンマルニ:先行配信中/CDは12月4日発売)だ。前出の「half of me」から約1年ぶりとなるドラマ主題歌だが、確かにドラマ主題歌を手がけることが多い印象と共に、やはり名バラードの作り手、歌い手として、聴き手に大きな感動を与える、その底知れぬ表現力と歌は、他の追随を許さない存在である――という認識の方が先にくる。だからこそ、ドラマ、映画の主題歌のオファーが殺到する。そんな平井に、新曲「#302」に込めた思い、そしてタイアップというクリエイティブについて、改めてどんな考え方で臨んでいるのかをインタビューした

『4分間のマリーゴールド』は、福士蒼汰演じる、手を重ねた人の「死の運命」が視えてしまう特殊能力を持つ救急救命士・花巻みことと、菜々緒演じる命の期限が1年後に迫った義姉・沙羅との禁断の恋を描く切ないラブストーリーだ。

「ドラマとは別のストーリーを紡ぐつもりで書いた。ドラマのストーリーをなぞり過ぎると、歌の本質的な部分がボヤけてしまう」

「この、TBS金曜22時枠はすごく好きな枠で、最初はもっとサスペンスぽいのかなって思って、マイナー調のハラハラする、僕の曲でいうと「告白」みたいな、ああいう曲が合うのかなって勝手に想像していたら、優しいバラードを、というオファーをいただきました。ドラマの主人公と歌の主人公の感情は近いかもしれないけど、もうひとつ別のラブストーリーを紡ぐ気持ちで書いていって、ドラマサイドの意見を聞きながら修正を入れて、最終的にこの曲になりました。過去にドラマのストーリーをなぞり過ぎると、歌の本質的な部分がボヤけてしまうというのが経験としてあって、本当は間口の広い曲を書くことができればいいのですが、僕はそれがあまり得意ではないので、そういうことをあまり考えずに、具体性のある曲にしようと思って書きました」。

過去にいくつもドラマを手がけた経験があるからこそ、ドラマと主題歌の最高、最大のケミストリーの起こし方を、感覚として知っているからこその向き合い方だ。ドラマは、死と隣合わせのラブストーリーだが、平井が歌う「#302」が見事にハマり、感動を増幅させてくれる。

「この曲の中で、「君」のどんな時でも“そばにいるよ”と、歌っていますが、ドラマを包括する言葉って、もっと他にもあったと思います。でも僕自身が例えば「君」を“守りたい”というような直接的な歌は、今は作りたくなくてこういう表現になりました」。

作り手の“今”の気持ちと、発注側の思いとが乖離することも当然あるところが、タイアップの難しさだが、それぞれの思いを昇華させ、最高のものを作り上げるという、プロ同士の“せめぎ合い”の中から、熱量の高い作品が生まれる。

「自分の美意識が揺らぐことをやってしまうと、今まで積み上げてきたことが、足元が崩れてしまう」

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「毎回ドラマサイドとのやりとりでぶつかる事は、多少あります。でも僕自身もこの『#302』という曲の濃度を薄めることはできないし、それは本質を見失うことにもなるから譲れないし。もしダメだったら、他の方にいってくださっても…という気持ちで毎回取り組んでいます。僕自身はベストは尽くすけど、発注してくださる方が、ちょっと違うなって思ってしまったら、素直に引き下がろうと。今回も納得の着地点があって本当によかったと思うし、この曲がドラマを盛り上げるお手伝いになるかもしれないし、この曲で僕の音楽に興味を持ってくれる人がいるかもしれないので、そういう意味でも、ドラマ主題歌は大切なものです」。

自分の音楽が、より多くの人に届く可能性がある、主題歌というものの大切さも痛いほどわかりつつ、表現者としての生命線でもある“美意識”の大切さも、キャリアを重ねれば重ねるほど痛感しているという。「良くも悪くも、年々頑固になっているかもしれないし、今、音楽業界でサバイブしていくのは本当に大変な時代、大変だからこそ、結果を出さなければいけないけど、美意識が揺らぐことをやってしまうと、今まで積み上げてきたことが、足元から崩れてしまう。全部自分に跳ね返ってくるから、守らなければいけないところは、守らないとって、居直りじゃないけど、そういうところは昔よりあるかもしれないですね」と、キャリア24年のアーティストの今現在の素直な思いを、自身でも再確認するように語ってくれた。

「もう一回聴きたいと思ってもらえるように、腹八分目程度のものにすることを、最近の曲では心がけている」

「#302」は、シンプルなアコースティックギターが歌を情感豊かなものにし、後半のストリングスがせつなさをさらに引き立てる。サウンドプロデュースとアレンジには、音楽プロデューサー・トオミヨウと、平井のレコーディング、ライヴには欠かせないギタリスト石成正人がクレジットされている。最近の平井の音楽は、バラードに限らずミニマムなサウンドが多く、歌とメロディを際立たせ、聴き手は想像力をよりくすぐられる。

「#302」(12月4日発売/通常盤)
「#302」(12月4日発売/通常盤)

「去年の『half of me』もピアノ一本だし、『魔法って言っていいかな?」や『ノンフィクション』もギター一本に、後半に肉付けっていうミニマムなシンプルな感じがずっと続いてるから、トオミさんには『冬っぽい感じにしたいです』とだけ言って、お願いをしました。でもこの曲は元々石成さんに弾いてもらっているギター一本のデモがあって、プラス何を加えていくかっていうのを、トオミさんと話し合っている時に、ドラムやベースなどの音圧が高い楽器類は、いらないかなという話になって。曲によると思うんですけど、この曲もフォーキーな感じにしたくて、歌と言葉を伝えれば、もうあんまり装飾はいらなんじゃないかって、最近と同じような傾向になってしまって。トオミさんも色々な音を入れて、精査しながら作っていってくれましたが、どんどん音を引いていって、この最終形になりました。でもトオミさんと何度も話し合って、何度もやり直してもらって、それは遠回りというか、トライを重ねてこの音に辿りつくのと、最初からトライしないのとでは、精神的に意味が違うと思う。聴いて下さる人に、もう一回聴きたいって思ってもらえるように、腹八分目程度のものにすることを、最近の楽曲作りでは心がけています。時代の変化とともに、また違う感情になるかもしれないけど、今はまだそういう気持ちなんです」。

平井はMUSIC VIDEO(MV)も、観る者の記憶に残る作品をいくつも世に送り出している。「#302」はMVもシンプルだ。シンプルなストーリーの向こう側にある想いを、平井の歌が浮びあがらせてくれる。

「これまで魔法使いになったり(「いてもたっても」(2019年))、インド人に扮して踊ったり(「ソレデモシタイ」(2014年))、色々なことをMVでやっていて、バラードって突飛なことがやりにくい中で、どうやってクリエイティブなことができるのか、毎回悩むんですけど、今回もすごく悩みました。結局、アレンジと近い、シンプルなものでいこうと。でもシンプルになると、性分として何か入っていたほうがいんじゃないか、間が持たないんじゃないかという不安に駆られます。今回に関しては、役者さん(佐久間由衣、清原翔)の演技が見事で、僕も学生時代の飲み会の帰り道を思い出しました。映像と歌が補完し合って、観てくれる人の心に残ると嬉しいです」。

カップリングには、JUJUに提供した「かわいそうだよね」のセルフカバーと、「トドカナイカラ」のKan Sano Rimixが収録されている。

「『かわいそうだよね』は、JUJUの部屋や着ている服、履いている靴などを想像して、当て書きのように書きました。彼女とは何度かお酒も一緒に飲んでいるので、多少データも入っていたし、声も好きだし、声が好きというのはとても大事なんです。いい声だなって思う人でなければ、なかなか曲が浮かんでこないんですよね。人に提供する楽曲って、タイアップとはまた違う大変さがあって、簡単には作れないんですけど、この曲では、人の声で自分の作った曲を聴くのって、すごく楽しいなって思いました。Kan Sanoさんの事は、撮影中に誰かのiPodから流れきた曲を聴いて、『これいいね』ってスタッフに言ったら、Kan Sanoさんの作品で、今回の「トドカナイカラ」のリミックスをオーダーしていますと言われ、そういう偶然もあって。僕の勉強不足で、Kan Sanoさんの音楽を深くは知らなかったのですが、最近TENDREさんとかAAAMYYY(エイミー)さんをよく聴いていて、その関連でKan Sanoさんの曲も登場するので、何曲かは聴いていました。すごく好きなテイストに仕上げてくださって、これをきっかけに是非一緒に何かやりたいですね」。

12月24日『Ken's Bar』初の上海開催

平井のライフワークともいえるコンセプトライヴ『Ken‘s Bar』が、12月24日に初めて上海で『KEN HIRAI Ken's Bar Special!! in SHANGHAI』と題して行われる。アジアでも絶大な人気を誇る平井が、どんなパフォーマンスを見せるのか楽しみだ。そして来年はいよいよ25周年のアニバーサリーイヤーを迎える。今回のシングルで46作目と、コンスタントに作品を発表し、ライヴも行い、四半世紀休みなくずっと動き続けているという印象がある。

「25周年歌手人生、休みなくずっと動いてきたので、そろそろ自分を褒めてあげたい」

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「来年デビュー25周年なので、それを記念したコンサートツアーはやると思うのですが,、それ以外はまだ決まっていないんです。ちょっとじっくり考えたいですね、人生も。25年の歌手人生、休みなくずっと動いてきたので、そろそろ自分を褒めてあげたいですね、よくやったって。ありがたいことにお仕事があると頑張ろうかなと思ってしまいますが、そろそろちょっと休みたいって気持ちもありますね(笑)」。

平井堅 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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