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12年ぶりにCD発売 人間国宝、落語家・柳家小三治 その高座を観て感じた「シンプルの最上級」の凄み

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ソニー・ミュージックダイレクト(Photo・横井洋司)

12年ぶりの新音源CDを、6ヶ月連続で発売

柳家小三治1『猫の皿/長短』(6月26日発売)
柳家小三治1『猫の皿/長短』(6月26日発売)
柳家小三治2『青菜/鰻の幇間』(7月24日発売)
柳家小三治2『青菜/鰻の幇間』(7月24日発売)

人間国宝・十代目柳家小三治の12年ぶりの新音源CDが発売される。1999年から2011年までの、朝日名人会での名演をパッケージした『朝日名人会ライヴCDシリーズ』(2枚組)第一弾が、6月26日に発売された。これを皮切りに11月まで6か月連続で発売される。近年、CDを発売していなかっただけに、さらに人間国宝になってから初のリリースということで、大きな注目を集めている。「長短」「青菜」「二番煎じ」「厩火事」などの、おなじみの古典演目に加えて、代名詞でもある「ま・く・ら」のみを収めた口演も、パッケージ化される。近年の小三治の新音源がまとめて発売されるという、ファンにとっては待望の、また全ての落語好きにとっては必ず嗜んでおきたい音源だ。

6月23日、新宿末廣亭の高座に上がる

このCDが発売される直前の6月23日、小三治が新宿末廣亭の高座に上がるという話を聞きつけ、同寄席の桟敷席に陣取り、人間国宝の登場を待った。新宿末廣亭では、年に二度、正月二の席と六月下旬に小三治がトリを務める。お客さんがどんどん増え始め、場内は立ち見も出る盛況ぶり。落語、漫才、小唄、紙切り、テンポよく次々と江戸のエンタメが繰り広げられる。そして夜の部の主任・小三治の登場を告げる、おなじみの出囃子「二上り鞨鼓(にあがりかっこ)」の粋な音色が流れると、心なしか客席のお客さんが、心の姿勢を正し、気持ちが前のめりになるのが、伝わってくるようだ。

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小三治が登場し、座布団に静かに座った瞬間、空気が変わる。これが名人、当代随一の噺家だけが作りだせることができる空気なのか。静けさの中に緊張感とワクワク感とが入り混じって、一瞬にして寄席全体が小三治の腕の中に包まれる感覚。「今日は蒸していて体にこたえる」と、幾分体調がすぐれないのかとの心配をよそに、独特のペースでマクラを展開していく。

泥棒で古今東西で名前を残しているのは石川五右衛門と、五右衛門と豊臣秀吉の絡みを説明し、この日の演目「転宅」へ。ひと呼吸を置いて<日本橋は>のひと言で、物語の中に一気に引き込まれる。「転宅」は、引越しや宿替えのことで、泥棒が忍び込んだ先で、妙齢の女性にたぶらかされるという滑稽噺だ。泥棒が女の家で酒を飲み、つまみを食べる時の音と仕草は、まさに名人芸。マクラの時のお茶をすする音からは、その熱さまできちんと伝わってきたが、音で想像力をこれでもかとくすぐられる。派手なしぐさもなく、盛り上がりの時の見せ場を強調することもなく、絶妙な“間”と表情で、時間と空間を支配する。引き算に引き算を重ねた、余計なものを排除したシンプルの最上級。特別なことはやっていないはずなのに、格別の面白さ。物語の中で生活している人の生活、生き様を江戸言葉で生き生きと描き切る。実にリアルだ。

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幕が下り切るまで、頭を下げ続けている小三治の姿は美しく、神々しくもあり、最後までお客をひきつけたまま、去っていく。そして人はまた小三治の名人芸を求め、寄席に足を運ぶのだ。

また、CDの発売を記念して制作プロデューサー・京須偕充氏との対談イベント「朝日名人会ライヴCDシリーズ6ヶ月連続発売記念

『柳家小三治の会』」を開催することが発表された。自身の落語一席を披露し、さらに京須プロデューサーとの制作秘話も必聴だ。

『otonano』 柳家小三治特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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