キャンディーズ解散から41年、伊藤蘭ソロデビュー「最終列車に乗り遅れなくてよかったという思いです」
その、たおやかで優美な物腰は、同時に、心の余裕と、かつてスーパーアイドルとして、日本中を熱狂させた表現者として、体の内側から湧き上がってくる“しなやかな情熱”とでも表現すべき空気を感じさせてくれた――伊藤蘭。伝説のアイドルグループ・キャンディーズの解散からちょうど40年経った、2018年、伊藤は歌うことを決めた。2019年5月29日、ソロデビューアルバム『My Bouquet(マイ・ブーケ)』で、41年ぶりに歌声を聴かせてくれる。なぜこれまでマイクの前に立たなかったのか、何が伊藤の心を動かし、歌う決意をさせたのか、そして初のソロアルバムの内容について、伊藤にインタビューした。
「まだエネルギーがあるうちに、歌ともう一度向き合うのもいいのかなって思いました」
「今まで何度か歌ってみませんかというお話をいただいたのですが、その時は気持ちが全然動かなくて。それで、昨年春に事務所からそろそろ歌をやりませんかと言われたとき『やったほうがいいのかな』って直感で思ったんです。もちろん歌うということに自信なんてないですし、でも年齢的な事も考えると、そうそうこんなチャンスがあると思えないですし、まだエネルギーがあるうちに、歌ともう一度向き合うのもいいのではないか思いました。間違いなくラストチャンスだと思ったので、最終列車に乗り遅れなくてよかった、と思っています(笑)」。
女優業が忙しくなっていく中で「歌とは線というよりも、点線で繋がっていたという距離感でした」
歌うことを決めた理由をそう教えてくれた。色々なタイミングが合致したということだろう。伊藤は1973年、キャンディーズのメンバーとして「あなたに夢中」で歌手デビューした。1978年、キャンディーズ解散と共に一時芸能活動を引退し、1980年、映画『ヒポクラテスたち』に主演し、本格的に女優活動に復帰。以来、舞台、映画、テレビで活躍し、女優として確固たる地位を築いていた伊藤だが、元々は歌でこの世界に入ってきたこともあり、伊藤の心から歌の事が消えることはなかった。「今まで、お芝居に夢中になっていたこともあって、歌とは線というよりは、点線で繋がっていたという距離感でした。他のアーティストのコンサートを観に行っても、完全にいち観客で、刺激や影響を受けて、私も歌いたい!とはならなかったんです(笑)」。
「昔は若さゆえ、力任せに歌っていた部分も多かったかもしれない。でも今回は力を抜いて、無理をしないところで歌の魅力をどう伝えるのかが、難しかった」
ソロアルバム『My Bouquet』には、井上陽水、阿木燿子×宇崎竜童、トータス松本、森雪之丞他、豪華アーティスト、作家陣が提供した、「今の伊藤蘭に歌って欲しい曲」が11曲収録されている。
「バラエティに富んだ一曲一曲で、彩り豊かなアルバムになったのが嬉しいのもありますけど、歌に関してはもう一回やらせてもらえないかなって(笑)。やっぱり41年の壁っていうのは厚かったです(笑)。いざマイクの前に立つと、どこに向かって歌えばいいのかという感覚が甦ってくるまでに、少し時間がかかりました。昔は若さゆえ、力任せに歌っていた部分も多かったかもしれません。でも今回の楽曲は、曲もアレンジも素晴らしいものばかりで、それを伝えるためには、いかに力を抜いて、無理をしないところで歌うかというのが、一番のポイントだと思いました。歌に関しては、いつも挑戦しているイメージは当時と変わりませんでした。結局歳を取ってもそこは変わらなかったなって(笑) 。今の私は、舞台でもマイクの前に立ってもその歌の主人公、ヒロインを演じて歌うことしかできないと思います。だから今回の作品の主人公はもちろん伊藤蘭なんですが、そういう心持ちで歌わせていただきました」。
ブランクの影響でレコーディングのスタート当初は、苦労したようだ。舞台で歌うことはあっても、作品作りのために歌と向き合う感覚を取り戻しますまでに時間がかかった。しかし楽しんで歌っている様子がアルバムからは伝わってくる。そしてどの曲も、キャリアを重ねてきた、今の伊藤だからこそ伝わってくる歌詞が並んでいる。
「シンプルな言葉、曲が好きですね。でも60代半ばになったからといって、落ち着きばかり意識したものではなく、人生を振り返るような壮大な歌でもなく、ささやかに人の心に寄り添えるような歌が多いと思います」。
「表現するものには、瑞々しさが残っていて欲しい」
<新しい季節の扉が開いて 気まぐれな風達に 今 誘われて歌うの>と始まる、自ら作詞を手がけた一曲目「Wink Wink」は、その活動を始めるにあたっての、ファンへの挨拶も聞こえる。他にもボサノバ調の「ミモザのときめき」、歌謡曲の薫りがする「女なら」でも作詞を手がけている。「女なら」は<恋に恋焦がれて 待ち続けるだけの 女なんかじゃない>など、女性の心模様を鮮やかに描いた、刺激的な歌詞だ。このアルバムには伊藤が「ずっと歌っていきたい」という「マグノリアの花」のように、今日常生活の中に感じるささやかな幸せ、感謝の気持を伝える、「ささやかに人の心に寄り添える」曲が多い。そんな中で「女なら」と、<秘密 In My Heart>というフレーズが印象的な、森雪之丞作詞の「秘密」は、違う肌触りがする。女性の人生を、自由なスケッチで、陰影に富んだ表現で描いたアルバムだ。
「もうドライフラワーになっていく年代ですけど(笑)、表現するものには瑞々しさが残っていてほしいです。ロマンティックなものというか夢、憧憬、歌はそういうものであってほしいといつも思っています。ほかの方の歌を聴いてもいいなって思うのは、そういう歌です」。
「LALA TIME」は井上陽水が提供した(みりんと共作)、優しい時間が流れている楽曲だ。トータス松本(ウルフルズ)作詞・曲の「ああ私ったら!」は、6月に東京と大阪で開催されるソロデビューコンサートで盛り上がっている様子が想像できる、ライヴ用とも思える作品だ。
「「LALA TIME」は雰囲気がある曲なので、ふわっとした気持ちで、力を抜いて鼻歌を歌うような感じで、どこまで表現できるかが難しかったです。「ああ私ったら!」はトータス(松本)さんが歌ってくださっているデモの感じがカッコよくて、バンドの音でやったらライヴで盛り上がるかもっていうイメージはあったのかもしれないですね」。
「ああ私ったら!」には<ずっと ずっと 年下のあなた>という歌詞があり、阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲のソフトジャジーな「Let’s・ 微・smilin’」は、キャンディーズのラストシングル「微笑がえし」の作詞を手がけたのが阿木ということで、キャンディーズを連想させるキーワードが、散りばめられている。「そこはかとなく(笑)、断ち切っていない感じがいいと思います」。
このアルバムを披露するソロデビューコンサートが、6月に東京と大阪で行われる。5月31日に出演した「伊藤 蘭のオールナイトニッポンGOLD」でも、コンサートでキャンディーズナンバーを歌うと語っていた。
「不安しかないです(笑)。歌うだけでいっぱいいっぱいになりそうな気もしますが(笑)、なるべく視覚的にも楽しんでいただきたいと思っています」。
「せっかくソロ歌手として動き始めたので、スローペースでもいいので活動を続けていきたい」
40年の時を経て、歌手として何かを伝えたいという思いが芽生え、止まっていた時計を再起動させた。その“耳触り”のいい声、 “聴き心地”のいい歌、今後も聴くことができるのだろうか。
「せっかくやり始めたわけですから、スローペースでもいいので、コツコツと、小さなな会場でライヴができたらいいなって思っています。みなさんと一緒に共有できる機会を増やしていきたいと思っています」。
今の伊藤だからこそ伝えることができるメッセージと、今後もマイペースで歌を続けていきたいという思いを、『My Bouquet』=花束、に込め伊藤蘭は帰ってきた。