大江千里 47歳でジャズピアニストを志し、58歳の今思う、“千里JAZZ”の美学と、目指すべき場所

「ある程度分別ができてから、大好きなジャズと再び格闘できる人生。神様に感謝」

『Boys & Girls』(9月5日発売) 「オリコンアルバムウィークリーランキング・ジャズ・クラシック他ジャンル(9/17付)」で、1位を獲得。
『Boys & Girls』(9月5日発売) 「オリコンアルバムウィークリーランキング・ジャズ・クラシック他ジャンル(9/17付)」で、1位を獲得。

ニューヨークを拠点に、ジャズピアニストとして活躍する、アーティスト活動35周年を迎えた大江千里が、9月5日に発売した、「Rain」「格好悪いふられ方」「十人十色」「Boys&Girls」他、自身の代表曲をピアノでセルフカバーしたジャズアルバム『Boys & Girls』が、好調だ。大江は10年前、47歳の時にジャズピアニストを目指して、渡米。学校に通い、夢の実現を目指した。そのいきさつは前回のインタビューでも語ってくれているが、あれから2年。その活動はどのように変化していったのだろうか。大江にインタビューした。

26年ぶりに母校でライヴをやり「原点に戻ることによって先が見えたというか、新しいドアが開いたような瞬間もあって、やってよかった」

10月8日、大江は母校・関西学院大学のレセプションホールでライヴを行った。ジャズピアニストとして26年ぶりに訪れた母校での景色は、大江の目と胸にどう映ったのだろうか?

「在学中に一回と、10周年の時に芝生広場でライヴをやらせていただいて、そこから26年という時間が流れ、今回『Boys & Girls』という作品なので、僕の作品が培われた場所に原点帰りをして、コンサートをやってみようと思い立って。そして青空に雲ひとつないいい日に、キャンパスに戻ってピアノを弾かせてもらったら、今まで自分の中で色々と積み重ねてきたものが、自分のスタート地点の場所に立つことによって、ちょっと客観的に見えた部分もあったし、原点に戻ることによって先が見えたというか。新しいドアが開いたような瞬間もあって、やってよかったです」。

キャンパスの匂いが、大江の中で分断されていた記憶を、ひとつにつなげた。「今も変わらない学校の美しさを目の前にすると、感謝の気持ちも浮かんできて、勇気ももらった。お客さんも色々な時代に僕の音楽を好きになってくれて、ジャズを聴いて好きになったという人もいたと思うし、色々なお客さんが来ていて、一緒に共有するあの時間は、非常に貴重なものになりました」。

「クインテット、ビッグバンド、トリオ、ボーカルをフィーチャリングしたもの…これまで様々なスタイルで音楽を作ってきたので、ソロを集約するものを作りたかった」

『Boys&Girls』というアルバムは、自身のヒットナンバー、代表曲をジャズにアレンジし、カバーしているが、この作品を作ろうと思ったきっかけは、何かあったのだろうか。なぜ今だったのだろうか?

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「いつかこういう日がくるかもしれないとは思っていましたが、それがこのタイミングとは、具体的には考えていませんでした。ただ、いくつかの要因があって、ここ2年くらい僕は、ソロピアノでアメリカ各地をライヴで回っていて、今のソロを集約したものにしたいなって。2012年に『Boys Mature Slow』というアルバでジャズデビューして以来、これまでクインテット、ビッグバンド、トリオ、ボーカルをフィーチャリングしたもの、様々スタイルで音楽を作ってきたので、この辺でソロをやりたいと思いました。まだまだな部分もいっぱいある。でも今の旬な気持ちを入れたい、という思いと、アメリカ人の前で自分の曲をカバーした時の反応を見ていて、ポップスとして作ったものを、ジャズに翻訳するのはありかもしれないと思いました。アメリカ人が聴いた時に、新鮮な曲として響くのかなと思う。それと、プロデューサーとしての感覚で、今年35周年なので、ポップスをやっていた時代も、ずっとクラシックのトレーニングを受けていた自分と、現在のジャズピアニストの自分とを、静かに結ぶものができないか考えました。一番シンプルでわかりやすいのは、ポップスをジャズでやってみるということだったので、色々な気持ちが重なって、この作品ができました」。

「自分が作ってきたポップスに、ジャズの命を注ぎ込むことが、自分自身のアイデンティティを確固たるものに近づける作業」

スクールに入って、ジャズを身につけていく中で、大江は「学ぶ姿勢が緊張していた」といい、結果、ジャズは“ちゃんとしたもの”でなければいけないという思いが強くなっていた。しかしライヴ活動を続けていくうちに、ジャズはもっと自由で寛容なもの、という答えを見つけた。この『Boys & Girls』というアルバムが、その際たるものかもしれない。

「「君ってどういうジャズなの?」って聞かれて、千里ジャズだよねって苦し紛れに答えたら、非常に受けました。アメリカの人はドラマティックな答えを期待しているので(笑)。僕は長年ポップスをやっていた人間で、メロディと歌詞こそ全てという時代があって、それが僕の根源にあるフォルテッシモなので、ジャズをやっている今こそ、チャーリー・パーカーでもない、ジョン・コルトレーンでもない、ビル・エヴァンスでもハービー・ハンコックでもない、僕自身のアイデンティティを、確固たるものに近づけていく必要があります。それにはやっぱり、自分が作ってきた作品をジャズのスタンダードにすべく、モチーフとして取り上げて、そしてジャズの命を注ぎ込むということこそが、通らなくてはならないプロセスだったと思います」。

“作家・大江千里”と“ジャズピアニスト・大江千里”との葛藤

ジャズアレンジされたことで、原曲のよさを再確認できる。瑞々しさを失うことなく、ポップス度も全く薄まらない強さがあるのが、大江ポップスだ。

「制作は結構大変でした。両方とも作者は僕でしょ?だからモチーフである原曲にはすべてがつまっているので、あまり作者として変えてほしくないし、妙にジャズでこねくり回してほしくないという、作家としての大江千里の意志が最初強かった。今はジャズの世界にいるので、この世界の素敵さを、ポップスサイドの人に、たくさん散りばめて伝えたいという気持ちが大きすぎて、そうすると原作者の僕は、「ん~ちょっとやりすぎだな」っていうのがあって、スカッと音楽としての美しさを再現できてなくて、悩みました。ライナーノーツでも、その言葉のやりとりを掲載していますが、アメリカの共同プロデューサーの有田純子さんが、「イントロが流れてきた時点で、これは明快なキャッチーな美しい音楽で、それを足したり引いたりしたりする必要はない。そのままジャズミュージシャンであるあなたが、少しアレンジをして形を整えてトリムするのだから、それでいい」と助言してくれ、目から鱗が落ちて、やっと千里流ジャズのアレンジができ始めました」。

「原曲自体に人格がある。それを尊重して、壊さない勇気を、ジャズミュージシャンである僕自身が持たなければ、いい融合点は見つからないと思った」

自分で書いた曲をジャズアレンジするということは、曲達に新しい息吹を吹き込んで、生まれ変わらせる作業だったのだろうか?それとも、自分自身を納得させる旅に近いものとして、捉えていたのだろうか。

「両方僕なので、生まれ変わらせるという勇気もなかったです。やっぱり原曲は、原曲に始まって、原曲に終わるというか。でもオーディエンスの人は、その数だけ聴き込んで、そこにそれぞれのストーリーを持っていると思うので、その部分をいじるのは、覚悟してかからなくてはいけなくて。まずは原曲に対するリスペクトをしっかり持って、メロディと言葉の乗り方を、絶対に変えてはいけないというか。トゥーマッチな変なメイクを施したり、ウイッグをつけたりするだけでも不快だし。だから最初は、僕は今ジャズの世界にいるので、どうしてもあれもやりたいこれもやりたい、もっとジャズとして美しいものがあるから、あの武器もこの武器も使って、ジャズとしてキラキラさせたいという思いが先に立ちました。それは職人芸じゃないですか。でも詞があって、曲がある作品というのは、もうすでにそこに人格があるものなので、それを尊重して、壊さない勇気をジャズミュージシャンである僕自身が持たなければ、決していい融合点は見つからないと思い始めました。ジャズの一番のよさはスポンテーニアスというか、あまり計画を立てずに、その場で起こるうることを瞬時に見抜いて、それを素晴らしいものに仕上げていくところです」。

代表曲の中にあって、生き生きと輝きを放つ新曲の存在感

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ピアノが歌っているようだというのが、大江のライヴを観た時に感じたことだが、今回の作品では、大江のピアノが元来持っている“情緒さ”が、心の深くまで届く。

「横浜アリーナとかで、あんなに弾けて、みんなが泣き笑いながら一緒に歌った曲が、祖先から綿々と続いているような、神社や庭園に行った時に感じる、ふぅっと静けさの中に漂ってくる自分が歴史と繋がるような、そういう感覚も、少し色合いとして、浮かび上がっていると思います」。

大江の代表曲の中に混じり、新曲「A Serene Sky」と「Flowers」も、輝きを放っている。やはりポップス職人でもある大江が作るメロディは、親近感がある。この2曲が、逆にアルバムの中で生き生きとしている。

「「A Serene Sky」はメロデイのリズムを変則的なものにしたり、面白い仕掛けを施していて、「Flowers」は、シンプルに、オーガニックなメロディとコードで、この曲は、僕がクラシックのトレーニングを受けていた時に影響を受けた音楽が持つ色合から、キャッチーなポップさ、そして今のジャズの複雑なコード進行などが全て手を繋いだ感じです。シンプルな、短い曲になっているので、(有田)純子さんが「これは次に進むべき道を照らしてくれている曲だ」と、言ってくださいました」。

「これからやるべきことが「Flowers」には出ていると思う」

「A Serene Sky」は、まるで体と心がメンテナンスされるような感覚を感じる。「Flowers」は静謐さを感じるが、インパクトを残す曲だ。35周年で、原点に返りながらも、同時に“新しい手応え”を明確に感じる事ができた作品が『Boys&Girls』だ。大江の視線は、もう先を向いているようだ。

「これからやるべきことが、「Flowers」には出ていると思う。原点帰りをしたことで、次のドアが開いた。例えば、息継ぎさえも必要ないくらいの短いフレーズで、それがひとつの曲のヘッドとして成立していて、その中に微かなドラマティックさがあるもの。で、その中の色彩をどう慎重に彩っていくか、光と影の陰影をどう作り出していくか。言葉にすると、とてもシンプルだけど、深くてチャーミングなもの、かな。そういう方向が、なんとなく定まったと思っています」。

「夢に向かって踏み出しているこのプロセスに、いれる喜びがある」

チャーミングという言葉は、大江のポップスにも共通する部分だ。ポップスはジャズから生まれた。だから『Boys&Grls』は、ポップスがジャズに、里帰りしているという見方もできる。

「僕はポップスとジャズの両方の世界をやってきているので、それをジャズのスタンダードにしない手はないなって思う。こんなラックを持っているって人は、世界にも稀な数だと思うし、曲に認知度があるということは、非常にジャズになりうる重要なファクターだと思う。そういうものをどれだけ翻訳して、作品にできるかっていうのはやり甲斐がある。非常に繊細な作業だったと思う。でもその微妙なバランス感の壁を超えないと、いいものを残せない、と思いました。まだまだ夢はあります。それをひとつひとつ叶えるために今は頑張っているわけだけれど、夢に向かって踏み出しているこのプロセスにいることができる喜びがあります。それも別の形の夢というか」。

「限られた時間の中かもしれないけれど、フラフラせず本質のみを全身全霊で突き詰めていきたい」

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ジャズを追いかけてきた10年を振り返ってもらうと、「追いかけては夢が遠のき、ゴールが遠のき、それを永遠に追い続けるのかもしれないものを47歳で志して、今58歳で改めて感じられるのは、ある程度分別ができてから大好きなジャズと再び格闘できる人生を得て、これは神様に感謝しかないって、毎朝目が覚めて思います。だから、限られた時間の中かもしれないけれど、フラフラせず本質のみを全身全霊で突き詰めていきたい。清原選手や桑田選手が引退された頃のような年齢から、ジャズピアノを始めているわけだから、今更の豪速球は物理的に投げrられないかもしれないし、高い跳び箱は飛び越せないかもしれけれど、でも世界一きれいでチャーミングで、そして、やっぱりこれだけ生きてきたからこその含蓄のある着地をしたいし、そこは僕の音楽のゴール、美学でもありますよね」。

このアルバムのツアー『大江千里 Japan Tour 2019 ”Boys & Girls , again-January-“』が来年1月の名古屋、福岡、仙台、東京、大阪で行われることが発表された。さらにツアーを記念して『Boys & Girls』のアナログ盤の発売(1月16日)も決定した。千里ジャズに、どっぷりハマってみたい。

「otonano」 大江千里『Boys & Girls』特設サイト