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森山直太朗 “秘密基地”発の2年ぶりの新作に込められた、「気づき」と自分の「王道」を求め続ける決意

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
『822』(初回限定盤/8月22日発売)
『822』(初回限定盤/8月22日発売)

それにしても森山直太朗というアーティストは、いい意味でどこまでも捉えどころがない。でもどこまでも太い芯を感じさせてくれるシンガー・ソングライターだ。歌うことに、表現することに、とことん真摯に向き合っているからこそ生まれる多様性を、作品に昇華させ、熱を生む。8月22日に発売された約2年ぶりのアルバム『822』が好調だ。世武裕子、タブソンビ(SOIL&"PIMP"SESSIONS)、高田漣、友部正人、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)、mabanua、石若駿、そして森山良子…といった、ジャンルと世代を超えた多彩なミュージシャンが集結している。デビュー15年を経て、新たな一歩を踏み出そうとしている自身が現在いる“場所”を、2年間かけて”再開発”したような充実度だ。アルバムタイトルの『822』は“パニーニ”と読む。さて、このタイトルに込めた意味とは?からインタビューはスタートした。

「自分にも手に負えないような情報量、エネルギーを感じる作品」

――『822』=パニーニというアルバムタイトルに込めた思いは…。

森山 この質問、今までうまく答えられたためしが、手応えとして一度もなくて、それくらいある種深い、重い意味はないです(笑)。

――発売日の8月22日に思い入れがあるということは…。

森山 ないです(笑)

――イタリアに行って、そこで食べたパニーニが衝撃的に美味しかったとかは…。

森山 それだったらどんなに楽か(笑)。でもそうではなくて、思いつきで言っちゃったんですよね。収集がつかない、僕も手に負えないような情報量、エネルギーを感じる作品ができてしまって。手に負えないというのは、言葉ひとつで説明できるような感じではなく、2年間かけて、色々な出会いがあって、気づいたらでき上がっていたという感覚。最終的にそれを言語化することができなくて、発売日にちなんだ数字になったという。でも結果的に“822”っていう数字、記号が全てをアリにしてくれました。後付けなんですけど、後付けじゃないっていう。

――こうしてインタビューさせていただいている、このプライベートスタジオで、ほぼ作り上げた感じですか?

プライベートスタジオでのレコーディングの様子
プライベートスタジオでのレコーディングの様子

森山 7~8割はここで作りました。リビング感、プライベート感があって、中学生の頃に、友達と入り浸る溜まり場みたいな感じで、ずっといれられちゃうっていう。演奏が終わったミュージシャンもなかなか帰らなくて、いつもキャパオーバー状態でした(笑)。

――1曲1曲、豪華なミュージシャンが参加していて、これはサウンドプロデューサーの河野圭さんと森山さんとで決めたラインナップなのでしょうか?

森山 そうです。曲に耳をそばだてながらというか、大胆かつ慎重に決めました。でもあまりこちら側で盛り上がり過ぎると、客観性がなくなるというのと、オファーして断られたときショックなので。僕と河野さんは、その辺は繊細なんです(笑)。でも今回はやりたい人全員とできました。例えば「人間の森」では、今回は女性のピアノがいいなと思っていたら、河野さんも同じ意見で、弾き語りができる人がアプローチするピアノのタッチがいいな、今その最高峰は世武裕子さんしかいないだろう、という感じで。

――本当にあらゆる世代、ジャンルの人気ミュージシャンが集結しています。

森山 自分の判断に自信がないし、自分の曲に対しては愛着しかなくて、判断が客観性に欠けるということはわかっていたので、河野さん、御徒町(凧。楽曲共作者)と3人で徹底的に話し合いました。もしかしたらそういうポンと閃いたことが、功を奏す場合と、誰かを傷つける場合があることは、これまでの経験からわかっていて。若いミュージシャンのエネルギーを呼び込んだのは河野さんで、コーラスを友部さんと母親に頼んだのは僕です。(高田)漣くんがいて、母親がいて、まさに「時代は変わる」をやってもらって、あれはイメージから入って作ったら、わざとらしいものになるけれど、積み重なっていったらこういうメンツになったという感じです。でも最後の最後までこれで大丈夫なのかって、疑いながらやっていました。「出世しちゃったみたいだね」という曲は、出世しちゃったミュージシャン達が一堂に会しながら、最終的に友部さんが、何ともいえない世界観の歌声で語りかけているのは、言葉で説明できないけれど、温かい気持ちになります。

――温かな雰囲気のこの秘密基地のようなスタジオで、全員が穏やかな気持ちで、楽しく演奏できたのだと思います。それがアルバムにしっかり出ています。

森山 自分でもそう思います。

「結局“答え”はないから、聴いた人がその時にしか気づけない想像力のスペースを残した作品を作っている」

――特典映像の、レコーディングの様子を収録した「822秒で振り返る『822』レコーディング風景」の中で、「時代は変わる」では森山良子さんのコーラスのディレクションを、直太朗さんがやっていて、「もっと包み込むように、時代をラッピングするように(笑)」って、わかるようなわからないような表現で指示していて、クスっとしてしまいました(笑)。

森山 僕もよくわからないです(笑)。やったことがなかったので、ディレクションってこういうことなのかなって(笑)。「じゃあ時代をラッピングする方向でお願いします」って(笑)。でも母親と友部さんのコーラスのディレクションができたのは、本当にいい経験になりました。こんな贅沢なこと、もう2度とないだろうなと最初から思っていたので、こうしたい、ああしたいと色々考えていました。

――「罪の味」もクスッとしてしまいましたが、最後にしっかりズシッとしたものを残してくれるという、直太朗さんの作品はそういうものが多いですよね。

森山 あるいはモヤつく(笑)

――確実に人の心に残すというか、置いていくというか。

森山 結局答えはないから、聴いた人がたちが、その時にしか気づけない想像力のスペースを残した作りになっていると思う。人によっては、そこも埋めてほしいというか、メッセージや思想で、そこも満たして欲しいというのもある。そういう人からすると、もの足りないかもしれないけれど、きっと人間って成熟していけば、そこが能動的に行われていかないと、人生が面白くないということに気づくはずだから、その部分はできるだけ埋めないようにはしているつもりです。

「わかりやすさを求められることもあるけど、それは誰かに任せて、僕たちは違うアプローチとアイディアで、自分たちの王道を見つけていく」

――舞台『あの城』もそうでしたけど、直太朗さんが表現するものは、聴き手の想像力の幅を、より広げてくれるという感じがします。

森山 あくまで一個人が感じていることだということですよね、僕はこう思う、僕はこう感じたっていう。それを誰かに強要するとか、押しつけるのはまたちょっと違う話で、でもそれを言い続けることはその人の主張だと。若い時はどうしても押しつけてしまったり、打合せで「みんなさ」って言ってしまうこともあるけれど、それは単純に「そう思うんだよね」ということを、発信し続けていくことでしか、伝えられないことでもあって。地道で忍耐のいる作業ではありますけど、日常と音楽は密接に関係しています。エンターテインメントという括りでいうと、もうし少しわかりやすいものを求められたりする時はありますけど、そこはその道のプロフェッショナルがいるから、僕たちは違うアプローチとアイディアで、この音楽の世界の中で、自分たちの王道を見つけていこうと、個人的にはそういうスタンスです。

――オープニングナンバーの「群青」は、収録曲の中で一番最後に完成した曲だとお聞きしました。この曲はより耳元で歌ってくれている感じがします。

森山 敢えて、より生々しい録り方をしました。仮歌のテンション感を、どうレコーディングするかという、旨味をちゃんと残しながら聴き応えのあるものにするか。生々しい息遣いにするのは簡単なんです。でもそれをどうリアルに録るかという部分は、本当にその場の雰囲気、空気とか、自分のその日の調子、緊張感が影響してくる。その緊張と緩和の狭間でいいものが録れたなと。だからレコーディングのことをあまり覚えてないというか、ライヴのような感じでレコーディングできたのでよかったのだと思う。

―一番最後にできた最新曲を、一番最初に持ってきたんですよね。

SETSUNA企画#1『なんかやりたい』(6月1日~5日@VACANT)より
SETSUNA企画#1『なんかやりたい』(6月1日~5日@VACANT)より

森山 曲の雰囲気を考えると、セオリーでいうと最後になるのかなって思っていて、曲順をみんなで決めていく中で、「糧」から始まって、前半で「人間の森」を聴いてもらいたい、で、最後は「群青」という感じでした。でも真逆の発想を、御徒町が提示してきて、びっくりしました。アルバムがほぼでき上がっていく中で、スタッフが「もう一曲新しいもの、“今”作ったものが欲しい」という雰囲気を醸し出してきて(笑)。時を同じくして6月に「なんかやりたい」という、トリッキーで実験的なイベントを原宿の小さな空間でやって。そのために作ったわけではないのですが、その時のモードの中で、御徒町がふわっとと書き上げてきた詞に対して、次、新しい曲を作るのであれば絶対詞先のものをやろうって考えていたので、その詞に曲をつけました。

――初回限定盤に、その「なんかやりたい」での「群青」のライヴ映像が収録されています。確かにトリッキーでシュールな映像ですが、<あのね あのさ><Hey Siri>という問いかけが印象的な曲です。

森山 でも僕も、たぶん御徒町もそうだと思うんですけど「オッケーgoogle」とか「アレクサ!」って使わないし、使っている人をあんまり見たことがない(笑)。「なんかやりたい」というイベントは、出演者がやりたいことをただ机の上にあげて、それを掘り下げていったら、こういうことになりましたという、非常に実験的な、台本も一切ない舞台で。本当にカオス状態の中で、最後に「群青」を歌うシーンがあって、それをレコード会社のスタッフがいたく気に入って、これを映像化したいと。初めて一緒にやる映像監督なのに、全然打ち合わせもないまま、どんどん話が進んで、打合せしたのは初日を目前に控えてのゲネプロの後という、一番きつい時で、アーティストに優しくない感じでした(笑)。でもそれくらいせめぎ合いをしないと、いいものは生まれないとも思うし、逆に変に気を遣われたりするのも嫌だし、もっと踏み込んでほしいと思うほうだし、当然たくさん失敗もあるし。でもそういうやり方のほうが好きかもしれない。

「たまたま出会った仲間たちと、甘えさせてもらいながら楽しくやらせてもらってきた。これからはもっと自分も傷つくことが大切」

――そういうヒヤヒヤ、ヒリヒリした、せめぎ合いの中から生まれる熱こそが大事なんだという考えは、年齢を重ねるごとに寛容になってきたから出てきた感覚なのか、それとも昔からですか?

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森山 基本的には昔からそうで、あまりこだわりがないというか。僕の周りのスタッフは御徒町を始め、たまたま出会った人たちがの集まりで。でもそうやってたまたま出会ってしまった人たちと、その運命を共鳴させていくって、こんな豊かなことはないと思います。もちろん色々失敗を繰り返し、出会いと別れも経験して、その度に立ち止まりながらここまでやってきました。そのイズムの中心にいるのが御徒町で、僕はその横で楽にやらせてもらっています。でも今後はそれだけではダメだなって去年くらいから思っていて、自分がちゃんと傷ついていかないと、これからは外に向かって何かを発信するときに、頭打ちになる、面白くないものになってしまうという危機感があって、互いの優しさに甘えてはいけないなと。ただ、楽しくなくなったら辞めようねとは、いつも言っています。

――先ほどこの作品は2年間の中で出会った人と作り上げたもの、とおっしゃっていました。2年前は9月に15周年記念のオールタイムベスト『大傑作撰』を発売しましたが、やはり足元を見つめ直すタイミングではあったのでしょうか?

森山 そうですね。まだまだやらなければいけないことが、たくさんあるんだということに気づきました。音楽的な部分でも、人間的な部分、対人的な部分でも。例えるなら、外から見るとなんとなく片付いている感じだったけれど、引き出しの中はぐちゃぐちゃだった、みたいな(笑)。 そんな「気づき」というか、15年間やってきて納得できたり、満足いくことはひとつもなくて。逆に15年やってしまったからこそ、やらなければいけないことはたくさんあるなという思いになりました。

「自分から何が飛び出すか本当にわからなくて」

――10月からは『森山直太朗コンサートツアー2018-~19“人間の森”』がスタートします。ライヴと舞台、ふたつの表現方法で森山直太朗は構成されている、という感覚なのでしょうか?

森山 歌だけじゃダメだとも思っていませんが、結局自分から何が飛び出すか本当にわからなくて。なんとなく理解できていることがあるとしたら、表現をしていることが自分のひとつの生き甲斐のような、夢中になれて、生きていることも忘れられるようなものなので。そのアウトプットがたまたま音楽で、プラスアルファそこからはみ出したものが、御徒町が作る舞台なので、そこに糸目をあまりつけていないんです。

「いつかどうせ死ぬのだから、毎回自分が面白いと思えることだけをやりたい」

――まもなく、17年目です。

森山 母親は50年やっているから、まだ半分にも満たない(笑)。 あまり年数のことを考えないようにして、どうせいつか死んじゃうんだから、毎回毎回自分が面白いと思えることだけをやりたいなと。僕自身は変わらないから、そこから発生している波紋がどうきれいに見えるかは、1対1の関係性だったり、普段からみんなと作っている環境でしかないと、最近はつくづく思います。人間は変わらないけれど、環境を変えることは自分たちの手でできますから。

『822』(通常盤)
『822』(通常盤)

特典映像『822秒で振り返る『822』レコーディング風景』に出てくる、スタジオの中の透明な扉がホワイトボードになっていて、そこにこのアルバムのタイトル、収録曲が順番に書かれている。イラストなども描かれていて、そのタッチや文字の書体も含めて、全体から滲み出ている雰囲気を感じると、『822』という文字がしっくり収まっている。このタイトル、文字が,、収録曲を優しく包み込んでいるようだ。「このタイトルに対して、スタッフのリアクションが薄かったので、収録曲が書かれたこのガラスの扉、ボードに実際に『822』と書いてみると、「人間の森」とか「絶対、大丈夫」といった一曲一曲のタイトルが、すごくふくよかに、ボードの上、紙の上で動き出すような感覚があった」(森山)。読み方は別としても、『822』の意味について「後付けだけど、後付けじゃない」という冒頭の森山の言葉が、腑に落ちた。

森山直太朗オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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