馳星周 ノワールの旗手が辿り着いた新境地 自然と差別と”ゆるす”がテーマの”泣けるサスペンス”が話題

Photo/近藤篤 撮影協力/ティートンブロス

お気に入りのブログがある。それは軽井沢在住の作家・馳星周が、愛犬である2匹のバーニーズ・マウンテン・ドッグとの日常を、自らが撮影した美しい写真と文章で綴っている『ワルテルと天使たちと小説家』だ。表情豊かな愛犬と、軽井沢の四季折々の自然を捉えた写真に、目を奪われてしまう。

”ノワール小説の旗手”から、あらゆるジャンルで話題作を発表するオールラウンドプレイヤーに。「年を重ねたことと、本が売れない時代だからこそ、好きなものを好きなように書きたい」

馳星周といえばこれまで『不夜城』をはじめ、『漂流街』『夜光虫』『ダーク・ムーン』他、数々の名作を生み出した、当代一のノワール小説の書き手として、確固たる地位を築いている。しかし最近は歴史小説や犬をテーマにした小説、そして原発問題に切り込んだものなど、そのジャンルの幅は広がっている。11年前に愛犬のために軽井沢に住まいを移したことが、少なからず影響している。自然に囲まれた中で、愛犬と穏やかな日々を送り、山登りを趣味にし、自然に抱かれた生活を送る中で、現代社会の異常さ、もっというと日本全体の異常さがより鮮明に見えてきた。その問題点を炙り出し、多くの人に知らしめる作業が、ジャンルを超えた作品作りにつながっているのかもしれない。

『神(カムイ)の涙』(実業之日本社)
『神(カムイ)の涙』(実業之日本社)

8月22日に上梓し、好調な最新刊『神(カムイ)の涙』(実業之日本社)は、まさにそんな一冊だ。馳の故郷・北海道を舞台にした、自然を敬い生きる、頑固なアイヌの木彫り作家・平野敬蔵と、その孫娘で、アイヌであることを消し去りたいと、都会の学校への進学を夢見る・悠、そして誰にも明かせない過去を抱え、自らのルーツを辿る雅比古の3人が出会ったことで始まるストーリー――。今なぜこの小説なのか、この小説を書くことがいかに必要だったのかを、馳に聞いた。

「単純に歳を重ねたことが大きい。もうひとつは、今文芸不況と言われていて、なかなか本が売れない時代なので、好きなものを好きなように書こうかなと」。ジャンルの幅を広げている理由を、まずは単純明快に説明してくれた。去年作家デビュー20周年を迎えたことも大きい。「やっぱり20年もドンパチものを書いていたら、違うこともやってみたくなります。軽井沢に移住して11年になりますが、この地で登山を始めたり、興味の幅がどんどん広がっています」。歳を重ね、住む環境が大きく変わり、色々なことに興味が湧いてくるのは至極当然のことだ。自然の中に身を置くと、逆に刺激されることが多くなってくるのかもしれない。

『神(カムイ)の涙』は故郷・北海道が舞台。「18歳で東京に出てきて、ほとんど顧みることができなかった故郷に対する想いが、年々強くなっている」

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馳の生まれ故郷・北海道を舞台にした作品は『神の涙』の他にも、『淡雪記』『約束の地で』『雪炎』などいくつかがあるが、やはり故郷への想いというのが、年々大きくなってきているのだろうか。「40歳を過ぎた頃から北海道を舞台にした作品が増えてきました。それは18歳で東京に出てきてから、ほとんど顧みることがなかった故郷に対する想いというのが、歳を重ねるにつれて出てきたことがあります。また、今の経済至上主義の日本人の在り方が嫌いで、長いスパンでみれば、縄文時代に帰ることができたらいいのになと思っています。自給自足で、その日食べるものだけを森や畑からとってきて、生活するスタイルです。でも、縄文時代を舞台にした小説を書くわけにはいかないので、いろいろ考えていると、アイヌの人たちの文化というのは縄文時代から連綿と続いているものなのかなと思い、書いてみようと思いました。僕は小さい頃、周りにアイヌの人がたくさんいる環境の中で育ち、差別というものを目の当たりにしてきたし、もしかしたら自分もアイヌの人たちから見ると、差別的な発言をしていたのかもしれません。そういうことへの贖罪も込めてということを最初に思いました」。

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『神(カムイ)の涙』では、今も差別に苦しんでいる家族を主役にし、そして自然を敬い、神と共に生きる、まさに縄文時代に生きた人と同じ気持ちを持っているアイヌを描くことで、現代社会、日本人へ警鐘を鳴らしている。自然との共存という考え方は、やはり軽井沢に移住してから、より強くなってきたのだろうか。「確かにそうですね。都会にいるとわからないこと、軽井沢に住んでいるからこそ見えてくることがたくさんあります。里山の問題もそうです。里山には高齢者が多く、山の手入れができなくなってきています。人里と山の境目があいまいになっていて、そこにクマをはじめとする山の獣が出現し始め、なんとかしなければいけないということは、田舎に住んでいる人たちはわかっています。でも都会にいる役人は、そこに予算を落としてなんとかしようという切実感がない。でも本当に切実な問題だと思うのに」。

「『神の涙』の大きなテーマ、”ゆるす”という概念は、軽井沢で犬と暮らしている中でどんどん大きくなってきた」

原発の問題もそうだ。日本全体の問題として、多くの日本人が感じていることがこの小説の中には存在する。差別と自然と、そして優しさが作品の大きな柱になっているが、やはり北海道が舞台だからこそ、北海道が書かせた小説なのだろうか。「一番重要だったのがアイヌの文化と自然に対する考え方だったので、北海道でなければ成立しないし、ヒグマの存在が必要でした。やっぱり日本で一番大きくて強い生き物であるヒグマを自然の象徴として、登場させたかった。それとこの小説の大きなテーマになっている“ゆるす”という概念は、軽井沢で犬と暮らしている中でどんどん大きくなってきた思いかもしれません。僕ら人間のことを彼らはいつもゆるしてくれているんです」。

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“ゆるす”という考え方は、北の大地に育まれた大らかさと、助け合いながら生きるという、北海道民の中にある、真の人間性から生まれる無償の愛のことだ。そんな大きなテーマに抱かれたこの作品の中で敬蔵、悠、雅比古がそれぞれをゆるし、また多くのことゆるす。しかし原発問題に関しては、馳の許せない思いが、雅比古という男に反映されているようだ。雅比古は、東日本大震災で親を亡くしている設定だ。「原発というのは、縄文文化を継承しているアイヌ文化とは対極に位置するものだし、やっぱり3.11は終わっていないんだぞということを言いたい部分もありました。それと、過去を持つ人でも“浄化”されるということを書きたかった」。ゆるしたことで、過去が浄化されるという、清々しい空気を感じるラストシーンも印象的だ。「雅比古と悠の世代で、敬蔵がやってきたことを受け継いでいかなければいけない。引き継ぐ、伝承する大切さも描きたかった」。

「軽井沢に来てから肩肘張らなくなった。今小説を書くことが本当に楽しい。あぶらが乗っていると自分で言っています(笑)」

この作品で、馳星周の作品に初めて触れるという人は、ノワールの第一人者と呼ばれている作家の作品とは思わないだろう。この極端な作風の違いこそが、馳の凄さであり、強さでもある。「自分の中では何の違和感もなく、色々なタイプの小説を書いています。そういう意味では今一番あぶらが乗っていると、自分で言っています(笑)。40歳を過ぎてから、小説を書くのが本当に楽しくて。それまでは、ベストセラー作家だからとか、変なしがらみがあって、余計なことを考えて、あまり仕事が楽しくなかったです。もちろんプロだから、それなりの作品は書かなければいけないのですが、でも軽井沢に来てから肩肘張らなくなったというのが大きいと思う」。

「人は人の中にいると色々な顔を作る、でも自然の中では作れない」

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今回の『神の涙』もそうだが、これからも自然をテーマに、舞台にした作品は増えていくのだろうか。「増えていくと思います。人は人の中にいるといろいろな顔を作れると思いますが、自然の中にいると作れないんです。自然の中では素の自分が出てきます。それと、この作品でも描いていますが、勇気を与えてくれるのは、やはり家族と友人だと思っています。一方で、僕は20代の頃は「人は一人で生きていく生きものだ」と思っていたタイプだったのですが(笑)。この変化はやっぱり大きいと思います」。

馳というと、どうしても酒、ゲーム、プロレス、サッカー、葉巻というイメージが強いが、今は自然の中でゆっくり犬たちと暮らすことが、一番の安らぎであり、一番興味があることのようだ。そして7年前に登山に初めてチャレンジし、その虜になり、忙しい合間を縫って度々山に出かけているという。「軽井沢に移住してきて、いつも犬の散歩をしながら写真を撮っている時、冬の浅間山がものすごくきれいだなと思ったのですが、ある日、モルゲンロートという、雪の斜面が太陽の光を受けて真っ赤に染まる現象を見たんです。そのあまりの美しさに感激して、下から見てこんなにきれいなんだから、上から見るとどうなんだろうと思ってしまったのが運の尽きです(笑)」。

作品に大きな影響を与えている登山の魅力は「達成感と自分の限界を更新できるところ」

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人の“裏側”を描く名手が、「人は人の中では色々な顔が作れるが、自然の中では作れない。素の自分が出てくる」ということを再認識したのも、登山なのかもしれない。なにがそこまで馳を夢中にさせるのだろうか。「達成感です。登った者だけが目にすることができる風景の美しさも、達成感の中に入っています。あの森林限界を超えて、尾根に出た時の最初の達成感はたまらないです。そこから山頂までの尾根歩きの気持ち良さは他にはない。登山を始めて7年目ですが、だんだん体力もついてきて、そうするとどんどん難しい山に登れるようになって、自分の限界を更新できることが楽しいです。去年は奥穂高岳(標高3190m)という山に登ることができました。岩場の連続で遭難者も出るくらい難しい山です。実は僕は高所恐怖症なのですが、師匠に教わったこと、自分が知っていることを間違いなくやっていけば、絶対に登れると言い聞かせて挑戦しました。足元を見ると怖くて体が動かなくなるけど、難しい箇所をクリアする度に経験値が上乗せされていく感じが、面白いです。18歳で北海道から東京に出てきて以来、今が一番体力があると思います(笑)」。

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酸いも甘いも経験済みであろう人気作家の口から、“達成感”“教わったことをきちんとやれば克服できると言い聞かせる”“難所をクリアし経験値が上乗せされていくのが面白い”という、ポジティブな言葉がポンポン出てくるのは意外だった。登山を人生に例える人も多い。苦しいが、その美しい風景や、途中に咲いている美しい草花や、意外な動物との出会い、そして同行者との会話、決して豪華ではないが格別に美味しい食事と、人を惹きつける色々な楽しみもあるのが登山だ。まさに人生の縮図かもしれない。

そんな登山に出会い、その人生がさらに豊かなものになった馳が、作家生活20周年を迎えて辿り着いた新境地が、シンプルかつ深い自然と人間の物語、『神(カムイ)の涙』だ。

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<Profile>

はせ・せいしゅう 1965年北海道生まれ。横浜市立大学卒業。編集者、フリーライターを経て、96年『不夜城』で小説家デビュー。97年、同作品で第18回吉川英治文学新人賞を受賞。98年『鎮魂歌―不夜城II』で第51回日本推理作家協会賞、99年には『漂流街』で第1回大藪春彦賞をそれぞれ受賞し、ノワール小説の第一人者として多くのファンを持つ。しかし近年はノワール小説だけに留まらず、さまざまなジャンルの作品を発表し、高い評価を得ている。近著に『雪炎』『アンタッチャブル』『陽だまりの天使たち ソウルメイトII』『神奈備』『暗手』などがある。

実業之日本社『神(カムイ)の涙』特設ページ