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NYを熱狂させる日本人シンガー・TiA 絶望から希望が生まれ、歌えることに感謝する日々

田中久勝音楽&エンタメアナリスト

「THEカラオケ★バトル」に出演し話題の、”アメリカ最大級のゴスペル大会の女王”、日本人シンガー・TiA

先日、テレビ東京系の人気番組「THE カラオケ★バトルSP 歌の異種格闘技戦 ルーキーズカップ」に、日本人でありながら、“アメリカ最大級のゴスペル大会の女王”として君臨する、シンガー・TiAが出演し、その鳥肌ものの圧巻のボーカルを披露し、誰もが驚いた。しかしカラオケ採点機という機械が相手だけに、感情を露わに、祈るように、魂を込め歌う彼女の歌は、機械には伝わらなかったが、司会の堺正章も審査員の野口五郎も、彼女の歌を絶賛していた。心から歌った歌が心に伝わったのだ。実は日本でのライヴとこの番組への出演のために、現在のホームグラウンド・ニューヨークから一時帰国していたTiAに、番組の収録直後に話を聞いていた。

今回の出演については、彼女のオフィシャルブログでも「カラオケ採点機が不得意な私ですし、自分が今NYの街で目指している歌は歌えないだろうとわかっていたので、出演することを決心するまで少し時間がかかりました」と、その胸の内を吐露しているが、最終的には遠く離れて住んでいる家族や、いつも応援してくれるファンのために元気な姿を見せたいという思いから、出演を決めた。しかしいざ歌ってみると、予想通り「表現力と抑揚という部分の点数が伸びなくて、メロディの正確率は96%だったのに、伝わらない、気持ちが全然機械に伝わらなくて(笑)」と、少しの悔しさと、自分の元気な姿を、多くの人に観てもらえたという嬉しさとが入り混じったような感じだった。

小さい頃からの夢が叶い、16歳の時、自作の曲でメジャーデビュー

TiAは2004年、16歳の時に自作の「Every Time」でエピックレコードからメジャーした。2ndシングル「流星」が、人気アニメ『NARUTO』の主題歌に抜擢されるなど、大きな注目を集めた。「小さい時から歌手になりたくて、高校2年生の時に夢が叶った感じです」。レコード会社は期待の新人だけに、大きなタイアップや、歌を披露する場を次々と用意、露出する機会も増やしたが、やっている事と彼女の頭の中、心の内側との足並が揃わなくなってきていた。当時彼女は、精神的にもナイーブだったこともあって、考え過ぎたり人の気持ちばかり考えて、自分を見失うタイプだったという。そんな中で、自分の色ではないキャラを作ったり、試行錯誤を繰り返すも、なかなかヒットに恵まれず、売上げもじり貧になっていった。「本当の歌手になるとはどういう事なのか、という事まで考えられていなかった。歌う事で何を伝えるか、そういう事まで考えていなかったのだと思う」。

「歌は心」――当時から変わらない母からの厳しくも優しい言葉を、今も大切にしている

TiAはいつも音楽が流れている家庭の中で育ち、特に演歌が好きでよく歌っていたという母親の影響を、色濃く受けている。デビューを果たした愛娘の歌も、母親は厳しさを持って聴き、彼女の事を叱咤激励し続けてきた。それは今も続いているという。「母は「歌は心だよ」とずっと言っていました。「歌詞を心から、魂を込めて歌うんだ」といつも言ってくれました。だから「あなたは心から悲しいという気持ちも経験した事がないし、愛しているという言葉も知らないし、そういう気持ちも経験したことがない子供が歌っても、お母さんには何も伝わらない」という感じの事を言う母でした(笑)」。

そんな母の言葉も、子供の時はわからなくて当然だが、その後、母から贈られたこの言葉を常に胸に、歌っていた事が日本での活動をあきらめ、アメリカ・ニューヨークで活動をスタートさせた彼女の人生を大きく花開かせることになる。「アメリカでゴスペルの大会に出て優勝した時に、審査員の方が言ってくれたことが「あなたは“Heart Singing”だった」って。日本語ではなく英語で歌っているので、言葉の意味をより噛みしめながら歌っていて、この気持ちが届きますようにということばかり考えて歌いました。他の出場者はものすごくレベルが高くて、テクニックとかそういう部分ではまだまだ負けてしまう部分がありましたけど、“Heart Singing”だったというのを感じてもらえて、優勝できた事が嬉しかったです」。

デビューから10年、「歌う事が楽しくなくなり、絶望感とどん底感を抱え」、”歌わない事”を目的にNYへ

2014年、デビュー10周年を迎えた彼女は「一回何もなくなって絶望感とどん底感があった」と、何も考えず、目的を特に持たずに、しいて言えば「歌わない」という事を目的にして、なんとなく選んだニューヨークへ飛び立った。しかしそれは導かれているようでもあった。「歌う事が楽しくなくなって、自分自身もこのままでは歌えないと思ってしまって。それで10周年といういい区切りで、大きく変わりたかったですし、日本にいたくないと思いました。変わるというのが、歌いたいという自分に変わるのではなく、歌わない人生を選ぶためにニューヨークに行きました」。全く言葉が通じないスパニッシュアメリカンの家にホームステイをしながら、音楽が溢れているニューヨークにいながらも、1か月間はライヴもミュージカルも観ず、それは貯金を切り崩しながら、生活をするのがやっという状況もあったが、音楽と距離をとっていたという。

渡米して2か月、心境に変化が。「ある人から言われた「Trust Your Gift」、「Trust myself」という言葉が心に響いた」

しかしニューヨークに滞在して2か月が過ぎた頃、彼女の心に変化が訪れた。「2か月経って、ちょっと歌いに行こうかなという気持ちになって、オープンマイク(ライヴハウスやバーでパフォーマンスを自由に表現する場)に行って歌ったら、そこで楽しいと思えたんです。そこから毎日色々なオープンマイクを調べて、歌いに行って、もうただの趣味ですよね。でも歌うことを趣味にしたのも初めてで、それが嬉しかったし、ただ単に歌うことが楽しいなって思えて。ニューヨークで毎日歌いに行くなんて、日本を発つ前の自分には想像もつかなかった」。様々な国から、様々な人種の人間が集まるニューヨークは、その価値観も様々で、しかしその全てを受け入れてくれる街だった。自分で自分を見つけ、自分で決めた事が全ての答えで、それを認めてくれる懐が深い街だ。そこでTiAは歌う事が好きという自分の原点に立ち返り、その想いを二度と忘れない、離さないと誓った。「歌を辞めようって言っていた事がバカバカとしいとさえ思えて。ある人から「Trust Your Gift」と言われ、あなたのギフトを信じなさい、あなたの持っているものはあなたにしかないのだから、それを信じてください、「Trust myself」、自分自身を信じることが大切と言われた事が、一番心に響きました。そういうことを今まで思ったことがないし、自分の事を信じてあげるとか、自分の歌声に感謝する事をしてこなかったのかなって」。大げさではなく、TiAが生まれ変わった瞬間だった。

オープンマイク、数々のコンテストで優勝し、現地の耳が肥えた音楽ファンから認められる

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それからのTiAは、とにかく歌う場を求め、様々なオープンマイクやコンテストに出場し、実力を磨き、度々優勝を勝ち獲りその名前をニューヨークに轟かせた。音楽の殿堂「アポロシアター」の「アマチュアナイト」では準優勝し、ニューヨークで活躍するベストシンガーを集めた大会「Brooklyn X Factor」、「Star is born」「Rip the Mic」など数々の大会で優勝。さらにアメリカ東海岸最大級の「マクドナルドゴスペルフェスト」では2016年に日本人女性3人組「おむすびシスターズ」として、2万人のオーディションからファイナリストとなり、グループ枠で日本人として初優勝。さらに今年の同大会でも、女性ソロイスト部門とグループ部門の2つのファイナリストに1万人の中から選ばれるなど、本場でも一目置かれるシンガーとなった。

「誰かに認めて欲しいという気持ちで歌っていたわけでもなく、ここで一肌あげてやるとか(笑)、優勝してやろうと思っていたわけでもなく、とにかくステージで歌わせてもらえることが嬉しくて幸せで、純粋に歌ったら結果がついてきたという感じです。ニューヨークに行ってから、初めて自分自身が本当に持っているパワーや、元々持っていたのを思いきり出せた気がします。そうしたら、やっぱりこれは私にしかできないし、私にしか歌えないし、私だけのカラーだという事がわかりました。それを認めてくれる場所があるというのも初めてわかりました」。

「心にポッカリ穴が開いた状態でNYに来て、そこで出会った強い人達からの、強い言葉でポジティブになれた。出会いが財産になっている」

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オープンマイクという場は、基本的にはお客さんは出演者にブーイングを浴びせ、退場させることを楽しみにして来ている。厳しい目を持って来ているともいうが、とにかく、ぐうの根も出ないほどの歌を聴かせなければ、容赦なくブーイングが飛んできて、強制退場させられてしまう。TiAもアポロシアターの「アマチュアナイト」でその洗礼を浴びた。「でもアポロシアターでブーイングされた時よりも、ニューヨークに行くと決めて、泣きながら飛行機に乗った時の絶望感の方が大きかったので、何千人からブーイングされて、さすがにへこんで悔しくて大泣きしましたけど、頭を切り替えないとこの街では生きていけないと思い、次の日はまた歌っていました」と、同イベントには準優勝を含め、4回チャレンジしている。「アポロシアターのステージに立てたことにありがとうございますという気持ちです」と、彼女はニューヨークで、一本太い芯を自分の中に作る事ができ、ネガティブだった性格が、ポジティブになり、それが逞しさにつながっている。「心にぽっかり穴が空いた状態でニューヨークに来て、でもそこで出会う人達が本当にみんな強い人たちばかりで、ポジティブな気持ちにさせてくれる言葉をたくさんくれて、私を前向きにしてくれました。本当に感謝していて、人との出会いも大きな財産です」。

もうひとつ、彼女の心の拠りどころになっているのがゴスペルだ。「ゴスペルを歌うようになってから、大きな愛、無償の愛を感じるようになって、ゴスペルを歌っている時は、自分が真っ白になって、邪念も何もない場所で歌うことができていて。当たり前のことなんですが、生きていることや出会い、全ての事に感謝して、ありがとうございますという気持ちを込め歌っていて、その時に流れてくる涙は言葉では表せません」。彼女のライヴでは感動して涙を流しながら聴いている人が多いが、彼女自身もよく涙する。それは悲しいとか嬉しいという涙ではなく、大きな愛を感じながら歌える幸せ、感謝の気持ちを歌に込めて、心が浄化された時の涙なんだろう。

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TiAは今も活動の拠点をニューヨークに置き、2015年にはシングル「I'm On my Way」を世界配信リリースするなど、ワールドワイドな活動になりつつあるが、再び日本を中心にした活動は考えていないのだろうか。「世界は広いので特にニューヨークにこだわらず、ニューヨークも住んでいたら小さな世界だし、日本でも、どこででも自分らしく歌えるアーティストになれたらいいなと思います。だから別に歌う場所はどこでもいいのかなって」。さらに、世界に打って出ようとしている日本人アーティストにアドバイスをくれた。「例えば日本でやっていることをそのままやってもアメリカでは通用しないし、もちろん日本オリジナルのアイドルとかアニメ系は強いですが、R&Bは、まさに本場なので、そこでちょっとそれ風に歌っても全く通じません。圧倒的な才能で、本場の人達を超えるか、アジア人の強みを生かした、自分達らしいR&Bソウルを歌ってアピールするか。現地で歌っていて感じることはそういうところです。それと、アメリカのプロデューサーに言われたことは、英語がネイティヴでなければラジオではかけてくれないと。本当に私がアメリカで勝負をすると決めたら、誰が聴いても「いい歌ね。え、アジア人なの?」って驚かれるような、本物の歌を歌わなければいけない。自分もまだまだ修行中です」。まずは言葉の問題をクリアしなければ、現地のリスナーは聴く耳を持ってくれないということだし、突き抜けた何かを持っていなければ、日本で売れたからといって、世界、欧米で成功することは非常に難しいと、経験から語ってくれた。

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16歳でデビューして今年で30歳を迎えるTiAだが、現在の自身が置かれた状況を俯瞰で見て、率直にどんな想いなのだろうか。「いい30代に向けて、いい女性になっていくためにも20代後半で、何か大きな決断をしたかった。30歳になった時には、人間として、歌手としてというよりも、こういう女性になっていたいという自分の理想があって、それが思い描いた通りになった事が嬉しい。だから30代もいいものになるし40代はもっといいものになるし、そう思える人生を選べたと思っています」と、自信に満ち溢れて、凛とした表情でそう語ってくれた。もちろん歌ももっともっと素晴らしいものになるに違いない。彼女の母親が言い続けている、人生の経験を経て歌う歌は全然違うという言葉が、今のTiAには誰よりもわかるからだ。「歳をとるのが嫌だという女性が多いですが、私は逆に嬉しくて。それは重ねてきた事が、歌う時に、ひとつずつ深みになっていくところが音楽って本当に面白いなって思えるし、そういうアーティストになりたいと思います」。

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TiAは時々帰国して日本でもライヴを行っているので、一度生の歌を、声を体験した方がいい。どんな想いを抱えて行っても、優しく包み込んで、そっと背中を押してくれるはずだ。そして彼女がニューヨークの人々から贈られ、前向きなれ、人生を変えてくれた言葉の数々を、その想いと共に今度は彼女がそこにいる全ての人に贈ってくれる。「2年前の私とは全然違うと思います。3か月前の私とも違うし、一日一日が精一杯なので、毎日成長していると思います」――笑顔で、力強くそう締めくくった彼女は、眩しいくらいに輝いていた。

TiAオフィシャルブログ「NEW YORK to JAPAN」

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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