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【インタビュー】平井堅 「”歌謡歌手”のような存在として、自分を捉えている」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
7/7・8「Ken's Bar2017」@河口湖ステラシアター
『Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2』
『Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2』

これぞ平井堅が”歌バカ”たる所以――改めてそう思わせてくれるのが平井堅の約12年ぶりのベストアルバム『Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2』(7月12日)だ。歴代のシングルコレクションに加えて、10組の超個性的なアーティストが手がけた新録曲10曲が収録され、平井はまさに”歌いまくっている”。そんなアルバムの直前にリリースしたシングル「ノンフィクション」(6月7日)が、好調で『歌バカ2』の中でも大きな光を放っている。インタビューはまず「ノンフィクション」についてからスタート。

「ノンフィクション」を作り、歌って感じた事

――『歌バカ2』のお話の前に、このアルバムにさらに力強さを加えているのが、最新シングル「ノンフィクション」のヒット、存在だと思います。まずこの曲のお話から聞かせて下さい。平井さんのセルフレビューを読むと、「ノンフィクション」への思い入れの強さが伝わってきます。

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平井 ちょうどこの曲を作っている時期に、近しい友人に悲しい出来事があって、思っている事を素直に曲にしようと作り始め、曲自体はすぐにできて、無我夢中で作ったのでその時の記憶があまりないというか、考えて考えてひねり出した感じの曲ではないんです。でも唯一自分を褒めてあげたいところは、歌詞を今まで以上に掘り下げたところです。それが結果どうかという事ではなく、そういう作業をもっとしなければいけないなと改めて思いました。

――「ノンフィクション」というタイトルにはどういう想いが込められているのでしょうか?

平井 ドラマ主題歌のお話(『小さな巨人』(TBS系))があって、脚本を読んで書いた曲なんですが、今までにも増して、自分の身に降りかかったことをそのまま曲にしたので、そういう意味での「ノンフィクション」というのもあるし。曲自体を硬派な感じにしたくて、アレンジもそうですけど、基本ギター1本で、そこにハーモニカが入っていて、フォークというと言い過ぎかもしれないですけど、ハードボイルドな感じにしたくて。甘め少なめというか、それで「ノンフィクション」という言葉が思い浮かんだ時に、そのヒリッとした響きがいいなと思いました。

「毎回どうやったらリスナーに喜んでもらえるのか、売れるのかを貪欲に追求し、いいシングルを出し続けたい」

――「ノンフィクション」もそうですが、今回の『歌バカ2』を聴いていて、平井さんは常に新しいことにチャレンジし続けてきたんだなと改めて感じました。「ソレデモシタイ」(2014年)ではインド人と一緒に踊るミュージックビデオを作ったり、届かない想いを描いた歌詞も、心の闇の部分にスポットを当てている「哀歌(エレジー)」(2007年)や、様々な視線からの歌詞は、常に新鮮さを感じさせてくれます。

平井 シングルが好きなんですよ。アルバムも好きなんですけど、80年代のキラキラ感のあるシングルを聴いて育ってきたというのもあって。シングルが好きとも言うし、芸能が好きというか、悪くいうと節操がないというか(笑)。毎回毎回どうやったらリスナーに楽しんでもらえるか、注目してもらえるか、もっとベタにいうと、売れるか、という事をもっとアーティスト然としたポリシーとして持っていて。ポリシーなのかカリスマ性なのか、根底にあるこだわりにこだわって作品を作っていくというよりは、カメレオン型というか、弱点もあるとは思いますが、“歌謡歌手”のような存在として自分を捉えている感じはします。

――いい意味でヒットに貪欲なんだと思います。

平井 貪欲だと思います、ただ打たれ弱くもあるけど(笑) 。本当は貪欲なんだけど、そう見えない人も多いですよね。僕は色々やっていてもすぐに嫌になってしまう部分もあります。

――平井さんも貪欲には見えないですよ。

平井 それなら良かったです。ダダ漏れというか、そこが見えまくっている感じなのかなと思っていました(笑)。

『歌バカ2』は、歴代シングルコレクションに加えて、平井が愛してやまないアーティスト10組が、平井のために新曲を書きおろし、それを集めたスペシャルディスク『歌バカだけに。』がセットになっている。KAN、草野マサムネ(スピッツ)、石野卓球(電気グル―ヴ)、TOKO(古内東子)、tofubeats、中田ヤスタカ、BONNIE PINK、槇原敬之、横山剣(CRAZY KEN BAND)、LOVE PSYCHEDELICOという多種多様なジャンルの、錚々たる顔ぶれのアーティストが平井に贈った10曲は、どれもそれぞれの”クセ”が前面に出た、新鮮かつ斬新な作品。平井は歌い手に徹し、楽曲と真摯に向き合い、歌いきった。

――前回のインタビューで「ソングライターという仕事はいつ放棄してもいい」というような事をおっしゃっていましたが、今回の『歌バカ2』は、シングルコレクションと、平井さんが敬愛しているアーティスト10組に曲を提供してもらい、一枚丸ごと歌い手に徹している『歌バカだけに。』というスペシャルディスクがついています。

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平井 この企画は3年位前から少しずつ進めていました。お願いをしたみなさんが、忙しい方ばかりで、なかなか締め切りを守ってくださらない方もいて(笑)、槇原さんや中田ヤスタカさんのように全部アレンジまで手掛けてくださった方もいるし、詞・曲だけ書いてくださって、アレンジはこちらでという曲もあって、それが10曲となると、割と大変で正直すごく疲れました(笑)。

――しかもひと筋縄ではいかない曲がズラッと揃っていて。

平井 自分の好きなシンガー・ソングライターにお願いするという事は、アカデミックなタイプの曲や、自分には書けないような曲を求めてしまうので、ひと筋縄ではいかない曲が多かったですね。

――曲を書いて欲しいアーテイスト10組はすんなりと決まったのですか?

平井 そうですね、基本的にまず僕が好きであって、ほぼ全部直談判なので面識、交流がある人、仲良しというと言い過ぎですが、お互いに何か積み重ねた関係性がある人にお願いをしました。長い付き合いの人が多いですね。

「アーティストの皆さんに書いていただいた楽曲を、そのまま歌う事にこだわった」

――近しい方にお願いをして、どんな曲が上がってくるんだろうという楽しみと、逆に不安もありましたか?

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平井 もちろんありました、気に入らなかったらどうしようとか(笑)。でもこの企画に関しては、言われるがままにやろう、歌おうと思っていました。そういう願望は実はデビューの頃からあったんです。他の方に提供していただいた「楽園」(2000年)という曲が、たくさんの方に聴いていただけて、名前を知ってもらって、そもそもデビューする時に自分の曲でデビューしたいとは全く思っていなかったので、嫌だったわけではないけれど、今は上がってきた曲について、全部自分でイニシアチブが取れてしまうので、逆に意見もできないような状況を勝手に自分で作ったという感じです。提供してくださった皆さんは優しいので、「何でも言って。詞も曲も書き直すから」と言ってくださって、でも手を加えると結局また自分の好みのものになってしまって、新鮮な作品を歌いたいと思ったので、何も言っていないんです。

――どの曲もそれぞれのアーティストの個性が出ていて、強烈です。

平井 そうですね、やっぱり癖がある。各自の癖をちゃんと出してくださって。

――この彩りが豊かすぎる曲達の中で、特に難しかったのはどの作品ですか?

平井 (横山)剣さんの「やってらんないぜ」とか(石野)卓球さんの「Don’t感・Don’t恋」までいってしまうと、難しいというか、どうしようというか(笑)。いただいたデモの剣さんの歌が濃いんですよ。自分で歌うと真逆の声質なので、歌ってブースから出て、卓に戻ってうーんって考えて、また歌ってというのを何回も繰り返して、結講苦労しました。苦労というか、どこまで“平井堅みたいに”して歌えばいいのか、もっと放り投げて歌ったほうがいいのか、その辺のさじ加減全てが迷いどころでした。(中田)ヤスタカさんとかtofubeats さんのような、普段歌わない感じのトラックのものも悩みましたが、悩むのは嫌いではないので。どうしようどうしようって言いながら、歌うのが好きなので(笑)。もっと下手に歌ったほうがいいのかなとか、色々なアプローチを試す作業はとても楽しかったです。

――LOVE PSYCHEDELICOから贈られた「Gift」も、思い切りLOVE PSYCHEDELICO なんですけど、やっぱり平井さんの曲になっています。

平井 「Gift」も苦労しました。初めて聴いた時に、眩しい西海岸をオープンカーで走っている、乾いたイメージでしたが、僕はずっと熱帯雨林みたいな歌を歌っているから(笑)、どう歌っても全然しっくりこなくて。でもレコーディングの時に二人が来てくれたので、サビ前の掛け合いのところをKUMIさんに「歌って」ってお願いをして、コーラスを入れてもらったら、ピッタリはまってカラッとした感じがでました。やっぱりKUMIさんの声は乾いた音が合うなと。手伝ってもらって、すごく背中を押してもらいました。LOVE PSYCEDELICOとは、2000年頃にお互い大きなヒットに恵まれた事もあって、その頃からずっと仲良くしていて、あれから17年経っても、二人が変わらず同じ熱量で音楽を作っているのを見る事ができた事が良かったです。

「これまでの軌跡、戦ってきた印のシングルコレクションと、「同志」と作り上げた、未来が楽しく見える『歌バカだけに。』」

――今のこのキャリアで、こういう企画が実現できたことは、すごく大きなポイントになりそうですね。

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平井 そうですね、今の時点でこの企画ができた事は、本当にいい経験になりました。今後どうなるかわかりませんが、例えば卓球さんのトラックで歌うことなんて、キャリアの中ではなかなかないと思うし、でもひょっとしたらシングル曲をお願いするかもしれないし、そういう未来が楽しく見えるというか。歌に徹する作業が楽しかったので、逆にソングライターとしても、頑張っていかなければいけないという思いも強くなりました。でもまた誰かに書いてもらったら面白そうだし、楽しいですよね。変な話、あまりストレスもないですし、曲を書くという苦しみからも逃れられるから(笑)。

――この『歌バカ2』というパッケージには、精魂込めて作り上げた歴代のヒット曲と、10人のアーティストが平井さんの事を思い作り上げた作品とが収録されている、血が通っている、熱いベストアルバムですね。

平井 そうですね、シングルコレクションというのはそれまでの軌跡、戦ってきた印だし、新録ものは未来を見せる曲でもあります。このシーンで長くやっていくのは、本当に大変だとしみじみ思いますが、今回楽曲を書いてくださった方達とは「同志」という気持ちもあって、今回、手法は違えど同じ業界で戦っている「同志」と、音楽的なやり取りをしたり、久々にしゃべった人も多いし、コミュニケーションが取れた事も心強いというか。

「これからは単純に面白い事をやりたい」

――これからの平井堅は、どこに向かっていこうとしていますか?

平井 音楽業界は今すごく大変な時代だし、でも懲りずにシングルで戦いたいなとは思っていて。もちろんいい曲を出す事が大前提になりますが、このご時世、ノンタイアップでヒットするというのが難しい時代になってしまって、昔だと例えばラジオから火がついてヒット、という形もあってそういうものにも期待はしているのですが……。でも、ノンタイアップのヒット曲ってざっと見てもこの数年は見つけられない状態で、策は練らないといけないと思っていて。今、策を練っているところです。

――音楽業界を救う策ですね。

平井 そんな大それたことではなく(笑)、単純に面白い事をしたいなと思っていて。ここ3作(「魔法って言っていいかな?」「僕の心をつくってよ」「ノンフィクション」)はミディアム、バラードという正攻法のシングルで、ラブソング、ライフソングを通して自分の想いを吐露した歌が続いたので、ちょっと違うところにいきたいなと思っていて。最新シングルの「ノンフィクション」は 、より強い意味を持った曲だったので、その真逆をやってみたいと漠然と考えています。ふざけるのもちゃんとふざけなければいけないと思っていて、もう一回インド人になるわけにもいかないので(笑)、今考えているところです。でもいい曲を作ったら必ずリスナーは評価してくれます。そこだけはいつの時代も変わらないと思っているんです。

――時代を超えて、歌い続けているという事が最大の武器だと思います。

平井 でもキャリアは時に足枷にもなるし、作品をリリースし続けていると、どこかで「この曲聴いたことあるな」って、同じことをやっていると思われてしまう事もあります。よく「「瞳をとじて」みたいな曲を書いてください」と言われますが、あの曲を目指して書いても、絶対超えられない。「瞳をとじて」には、リスナーそれぞれの思い出という強いものが寄り添っているので、過去のものを意識して書いたら、絶対それを超える事はできない。超える、超えないの判定は難しいですが、ちゃんと違う視点で臨まなければいい曲は生まれないですし、きちんと覚悟を持って書かなければいけないと常に思っています。

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<Profile>

三重県名張市出身。1995年デビュー。2017年6月発売の最新シングル「ノンフィクション」を含め42枚、最新アルバム『THE STILL LIFE』含めオリジナルアルバム9枚をリリース。歌謡曲は勿論のことR&B、POP、ROCK、HIPHOP、HOUSEなど多種多様なジャンルに傾倒し、数多くのヒット作品を輩出。累計3,000万セールスを記録する。日本人男性ソロアーティストとしては初めてのMTV UNPLUGGEDの出演や、スティーヴィー・ワンダー、ジョン・レジェンド、ロバータ・フラッグ、美空ひばり、坂本九、草野マサムネ、安室奈美恵など時代/ジャンル/国境を越えたコラボレーションを実現。これまでに4枚のアルバムでミリオンセラーを記録し、男性ソロでは歴代No.1の記録となるなど、記憶と記録に残る活動を続ける。2015年5月13日にデビュー20周年を迎えた。

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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