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若い人を夢中にさせる、今最もチケットが獲れない若き講談師・神田松之丞の魅力

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
『松之丞 講談-シブラク名演集-』
『松之丞 講談-シブラク名演集-』

7月11日夕方、タワーレコード渋谷店B1のイベントスペースには、次々と人が吸い込まれていく。客層は老若男女、幅広い。アイドル、アーティストのイベントではない。落語界の風雲児として、今注目を集めている講談師・神田松之丞が、6月28日に初のCD『松之丞 講談-シブラク名演集-』を発売し、その発売記念寄席「渋谷タワレコ亭feat.神田松之丞~~」が行われていた。シブラク=「渋谷らくご」とは、漫才コンビ「米粒写経」のサンキュータツオがキュレーターを務める、若い人に落語や講談、浪曲他などを気軽に楽しんでもらおうと、渋谷・ユーロライブで定期的に行われている“カジュアル寄席”で、今非常に盛り上がっている企画だ。

間口が狭い講談の間口を広げようようと奮闘。その結果、若い層にも認知が広がり、松之丞目当てのファンが寄席に殺到

講談とは、全く知識がないという人に説明をすると、講談師(講釈師)が演じる話芸の事で、高座で釈台(しゃくだい)と呼ばれる机の前に座り、張り扇(はりおおぎ)という道具を使いながら、独特の調子で話芸を披露する、落語にも似た伝統芸能。落語がフィクションの世界を面白おかしく演じるのに対し、講談は軍記物や政談など、史実に基づいた「読み物」を演じながら読み上げる。長い「連続もの」と一話完結の「端物」が あるのが特徴だ。

講談を聴いた事がある人は、「何を言っているのかわからない」「敷居が高い」という先入観を持ったり、特に若い人はまだ一度も聴いた事がないという人も多く、非常に「間口が狭い」世界だ。その間口を広げるべく講談の魅力や、演じ方についてのアプローチをわかりやすくしようと奮闘しているのが、松之丞だ。その努力が実を結んできつつあり、「渋谷らくご」もそうだが、今寄席には古くからの講談ファンに加え、松之丞目当ての20代とおぼしき若いファンが急増している。この日もチケットは200枚強が即完売となり、幅広い層のファンが駆け付けた。

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大きな拍手で迎えられ松之丞が登場すると、「CDがとにかく売れていない」と笑わせつつも講談の魅力を語り、「落語にしか聞こえないと思うけど」と、まずは初心者にも聴きやすい新作の「桑原さん」を披露。張り扇と扇子で釈台を叩くパンパンという音に、一気にその世界に引き込まれる。その独特の口調で客席を一気に松之丞ワールドに引き込んだ。続いてこの日のスペシャルゲスト、漫才コンビのナイツが登場。最新の時事ネタ満載の漫才で爆笑を取り、さすがの実力を見せつけてくれる。その後、松之丞と3人によるトークに突入。ナイツ塙は、松之丞が前座で寄席に出るようになった頃の思い出を披露し、当時、その風貌と、落ち着いた雰囲気から「脱サラしてきたと思った」と笑わせた。

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松之丞は2007年、24歳の時に講談師である三代目・神田松鯉(しょうり)に入門。2012年に二ツ目に昇進し、その実力が注目され、2015年頃からテレビやラジオ、雑誌での露出が増え、講談の魅力をアピールし続けている。そんな松之丞の初のCDの感想を聞かれたナイツ土屋は「元々貫禄があったけど、CDを聴くと60代みたい」と言うと、二人がCDをちゃんと聴いたのかを怪しむ松之丞は「薄口。誰でも言える感想」と笑わせた。

その情熱的な迫真の語りに引き込まれる。演技性も高く注釈も加えて初心者にもわかりやすい講談

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最後の一席は、それまでのお笑いムードから一転、場内の照明を落とし、釈台の前に座る松之丞に一本スポットライトが当たる中、長編の連続もの「慶安太平記」より「鉄誠道人」を披露。「慶安太平記」は江戸時代初期、由井正雪が幕府転覆を図るクーデター未遂事件を描いたもので、全19席あり「鉄誠道人」はその中の13話目。ちなみに松之丞は130を超える話を、持ちネタとして持っているという。

途切れることのない、その情熱的な迫真の語りは、まさに圧巻だった。演技性が高く、注釈も加えて初心者にもわかりやすい話術と、豊かな表現力に客席がどんどん引き付けられていくのが伝わってくる。もちろん見た事も感じた事もない江戸の町の風景や匂い、町人が集まっている様子が、ハッキリ見えてくるようだ。想像力を掻き立てられ、時間旅行に連れ出してくれる。

「演芸は点ではなく線で見ていくもの。未熟な今だからこそCDを出す」

連続ものはライヴで聴くのもいいが、途切れ途切れではなくCDでまとめて聴くのがオススメだと松之丞はいう。まさにマンガの連載ものを読んでいる感覚で、次が楽しみで仕方なくなる。自身初のCD『松之丞 講談-シブラク名演集-』の聴きどころを聞くと、「全く予備知識ゼロで聴けるものになっている。講談というのは面白い話、泣ける話、色々あるというのをこのCDで伝えることができたと思う。全部聴き終わった後に、“それまで思っていたイメージと違う”と、いい意味でイメージが覆って欲しい」と語った。さらに、このタイミングでCDを出すという事については「人によっては未熟な段階でこういうCDを出すというのは、マイナスの面が大きいという方もいらっしゃると思いますが、演芸は点ではなく線で見ていくものだと思うので、未熟なものも、後から見るとそれが面白さになると思っています。むしろ未熟だからこそCDを出すという印象があります。でもいい未熟さだと思います、ここに収められてるものは」と、成長を見届けて欲しいという気持ちと、覚悟を持って“残す”という作業に臨んでいると教えてくれた。

「CDを出す=将来を見据えて講談の種を撒く作業」

さらに「CDを発売できたことは素直に嬉しい。やりたい事が全て詰まった一枚なので、これを人様に聴いてもらえるという事は、ここからがスタートという気持ち。講談は予備知識なしで聴ける想像する芸能なので、CDは最適。商売のためにだけに出したのではなく、将来を見据えて講談の種を撒く作業だと思っている」と、講談の普及のために先頭に立って走る、最年少講釈師の強い意志を語ってくれた。

神田松之丞という若き才能の芸に触れ、それをきっかけに講談の世界を覗いてみてはどうだろうか。きっと、ものすごい奥行きと、豊潤な作品群を見つけることができ、その魅力にハマるはずだ。

OTONANO『松之丞 講談-シブラク名演集-』スペシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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