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太田裕美と『こち亀』作者・秋本治の素敵な関係 30年ぶりの再会で語られた秘話とは?    

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
Photo/増永彩子
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6月24日、東京・渋谷区総合文化センター大和田さくらホールには、その変わらない清楚で、そして透明感とキュートさを感じさせてくれる歌声が響き渡っていた。今年デビュー43年を迎えた太田裕美が、瑞々しさを失っていないその声で、色褪せない数々の名曲を歌うと、集まったファンは、思い出と共に聴き入り、時に涙、時に笑顔で、一緒に口ずさんでいた。4月26日に自身初となる、オリジナルアルバム23タイトルが一挙に配信されたり、デビュー35周年企画として2008年にリリースされたCD25枚組+初CD音源化40曲が収録されたCD BOXの『太田裕美 オール・ソングス・コレクション』が、約4万円という高額商品ながら完売となり、今春アンコール発売されたり、9月27日には、名盤『心が風邪をひいた日』(1975年)のアナログレコード盤の復刻発売されるなど、今また太田裕美の周辺が賑やかだ。

さらに今回それを記念して、昨年40年間続いた連載が惜しまれながら終了した、国民的人気マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の作者、秋本治との約30年ぶりの対談が実現。太田裕美は「こち亀」の主人公・両津勘吉が大ファンという設定で、何度もマンガの中に登場した。もちろん秋本治も、彼女の作品を全て持っているというほどのファンで、その音楽への造詣の深さを感じさせてくれる対談となった。

「『心が風邪を引いた日』には、当時の自分が置かれていた環境や、観ている風景が同じと思わせてくれる曲が、収録されていました」(秋本)

―― 秋本さんが最初に太田さんの声、歌を聴かれたのはいつ頃だったのでしょうか?

秋本治
秋本治

秋本 最初はラジオでした。太田さんはデビューしてからラジオにけっこう出られていて、すごくかわいい声だなと思っていました(照)。レコードも出していると聞き、早速レコード屋さんに行って1stアルバム『まごころ』(‘75年2月)を買いました。特にアルバムの冒頭を飾ったデビュー曲の「雨だれ」(’74年11月)が本当に好きでした。綺麗で優しい曲なので、ずっと聴いていましたので。そのあと2ndアルバム『短編集』(‘75年6月)を買って、またすぐに3rdアルバム『心が風邪をひいた日』(‘75年12月)を買って……。

太田 ありがとうございます!(笑)

秋本 とくに『心が風邪をひいた日』は印象深いですね。名曲揃いの名盤だと思うのですが、中でも2曲目の「袋小路」(作詞・松本隆/作曲・荒井由実)が好きでした。“ビルの狭間の硝子窓から アイビー越しにタワーが見えた”という歌詞があって、僕はその頃まだ漫画家デビュー前で、アルバイトで新橋や虎ノ門に通っていて、あのあたりのビルの狭間から本当に東京タワーが見えて。曲と同じ風景を見ているんだなあと思って……。「木綿のハンカチーフ」も『心が風邪をひいた日』の収録曲でした。“都会の絵の具に染まらないで帰って”という歌詞があって、自分は亀有で仕事をしていればいいのに、こんな都心に通って、都会に染まってきちゃったなあと思ったり(笑)。歌っている内容が、自分が置かれている環境や見ている風景と同じという事もあって印象的でした。「ひぐらし」という曲には“マクドナルドのハンバーガー”という言葉が出てきたり、当時はすごく新しかったです。

太田 その時代の文化が歌詞に出ていますよね。

秋本 そうでしたね。自分が置かれている状況と太田さんの歌がどこかリンクしているという点では、「七つの願い事」も印象的です。この曲は4月の出会いから、10月の別れまでの7か月間の恋を歌っていて、“〇月になれば何かが変わる”というフレーズが繰り返されます。僕も2月頃からアルバイトを初めて、12月頃に漫画家になれたらいいなと思って、4月頃に“こち亀”を新人賞に応募して、それが入選して6月にデビューしました。9月から『週刊少年ジャンプ』で連載が始まって、『心が風邪をひいた日』からシングルカットされた「木綿のハンカチーフ」もどんどん売れてきて、あ~よかったな~って勝手に思ったのを覚えています。

「当時のコンサートが題材になったものがすぐに”こち亀”に載って、私よりマネージャーが興奮していたのを覚えています(笑)」(太田)

―― 太田さんはこの頃から、“こち亀”に度々登場していました。

太田裕美
太田裕美

秋本 これには経緯がありまして、当時『週刊少年ジャンプ』の巻末に情報コーナーがあって、その中で音楽を紹介するコーナーがありました。僕の当時の担当編集者がそのコーナーも担当していて、毎回新人歌手や流行っているものをピックアップしていました。ある時その編集者が、CBS・ソニー(当時)のスタッフとやりとりをしているというので、「太田さんのレコード会社だ!」と思って、そのスタッフに会わせてもらいました。色々お話させていただいて、コンサートに誘っていただいて、それで行ったのが……。

太田 六本木の俳優座でのコンサート(1977年3月「まごころコンサートV」)ですよね。

―― 覚えていらっしゃいますか?

太田 その時のコンサートが題材になったものが、すぐに“こち亀”に載ったんですよね(第4巻「亀有大合唱!?の巻」)。私よりマネージャーが興奮して喜んでいたのを覚えています(笑)。

秋本 当時の太田さんのマネージャーの方がノリがいい人で、「(マンガに)出していいですか?」って聞いたら、「ジャンジャン出してください!」って(笑)。

太田 当時、地方でのコンサートやイベントが多かったので、移動の電車の中では、私もマネージャーも少年誌が大好きでいつも読んでいました。もちろん“こち亀”も読んでいて、そうしたらマネージャーが「“こち亀”の作者の秋本さんがファンみたい」って教えてくれたんです。それで是非お会いしたいと思ったこともあって俳優座の楽屋でお会いしたんですよね。

―― 俳優座の楽屋では、どんな話をされたんですか?

秋本 緊張していたのでよく覚えていないのですが、確か、曲大好きですとか、好きなものは何ですか?とか普通のファンのような事を聞いたような……。どんな会場なのか、ステージや照明のシステムがどうなっているかという取材をしていたら、マネージャーさんが、「今、楽屋にいますのでよかったらお会いになりませんか」と言って下さって、でもまさか会えると思っていなかったのでドキドキして、緊張して、楽屋までの階段がなかなか上がれなくて(笑)。

太田 当時は秋本さん22~23歳ですよね? まだお若い時ですもんね。

―― 楽屋で太田さんにレコードにサインをもらったそうですが。

秋本  『まごころ』というアルバムにサインをしてもらって、今もちゃんと持っています。太田さんのラジオ番組にも出させていただきましたよね。

太田 そうでした。それもまた“こち亀”の中に出てくるんですよね(笑)。

「声が魅力的。語るように歌えるし、特にささやくように歌う歌はすごく臨場感がある」(秋本)

―― 秋本さんが考えるアーティスト・太田裕美の一番の魅力はどこですか?

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秋本 なんといってもその声です。歌は上達するけど、声質は変わらないものなので、やっぱり最初からこの声を持っているというのがすごいなと思って。語るように歌えるし、特にささやくように歌う歌はすごく臨場感があって。よく喋っている声と歌声が違う人がいるじゃないですか。でも太田さんは、喋りながら歌に入っていける感じもいいし、高い部分もかなり出るので、すごいなといつも思っていました。だからアルバムでは作曲家もその声を生かせる色々なタイプの曲を書くので、聴いている方も楽しみでした。

太田 中学の時、友達に「太田さんって変な声だね」と言われて(笑)、初めて自分の声を意識しました。実際は他の人との違いはわかりませんでしたが、歌手になってああやっぱり独特の声だったのかぁ~ってわかってきて。今まで歌い続けてこられたという事は、今思うとそれが一番の武器だったんですね。神様が与えてくれた才能のひとつなんだろうなと思います。

「あんなに素晴らしい作品の数々を10代の、売れるかどうかわからない新人に与えてくださって幸せでした」(太田)

―― 太田さんはご自身で曲を書きつつ、松本隆さん、筒美京平さんというゴールデンコンビの曲も多く、他の歌手の作品とはちょっと違うなというのは感じていたのでしょうか?

太田 当時は他の人の事を考える余裕はありませんでした。ただデビュー曲の発表直後にアルバムのレコーディングが始まったのですが、できあがってくる作品が詞も曲も本当に素晴らしくて、それが当たり前のような状況だったのが本当にすごいなと思いました。あんなに素晴らしい曲を、まだ10代そこそこの新人で、これから成功するかどうかもわからないような女の子に与えてくださって、なんて自分は幸せだったのだろうと今つくづく思います。

「当時多かったアイドルとは違い、シンガー・ソングライターでもあり、ピアノも弾けるというアーティストの部分に惹かれていました」(秋本)

――今聴いても全く色褪せていないです。

太田 最近のコンサートでも、初期の曲も歌いますが、歌っていても全く違和感がないというか、曲のクオリティが高いので、40年以上経ってもなんの違和感もなく、素直に表現できます。

秋本 当時の、普通のアイドルと違って、シンガー・ソングライターでピアノも弾けるというアーティストの部分に惹かれていました。

―― 曲を提供する方達も、太田さんのアーティスティックな部分に向けて、ハードルを上げて曲を書いていたのかもしれないですね、これも歌えるだろう、もっといけるだろうと、それがどんどん曲のクオリティを高くしていったのかもしれないですね。

秋本 素晴らしい声なので色々な曲を歌えるし、だからアルバムはその才能が楽しめます。シングルは、ある程度大衆受けを考えて作ると思いますが、アルバムは挑戦しているなあと思う曲もあって、色々な太田さんを堪能できるので、毎回楽しみでした。 宇崎竜童さんも書いていますよね?(アルバム『12ページの詩集』収録の「あさき夢みし」)太田さんの声が、舌足らずで可愛いというところで、阿木燿子さんがわざと、太田さんが噛むような歌詞を書いて、宇崎さんのメロディがついて、この人達はわかっていてこういう風に書いているんだなと思いました。そういう曲はファンには嬉しいんですよね。他にも挑戦していると思ったのは、『こけてぃっしゆ』(‘77年7月)というアルバムの中に入っている「九月の雨」です。大好きな曲なんですが、本当にドラマティックで、それまでの太田さんの曲とは全然違う感じで、歌詞も大人っぽいし、どんどん歌い上げていって、ハイトーンになっていって、そこがすごく印象的でした。

太田 ご指摘の通りああいうパターンは初めてでしたね。『こけてぃっしゆ』の中でも「九月の雨」だけちょっと異質な感じでした。他の曲はシティポップ系の明るい感じの曲が多いんですが。

秋本 逆にそれが印象的なんですよね。太田さんのアルバムには必ずそういう曲が入っているので、当時SNSがあったら、今回これがいいよねって呟きたかったくらいです。でもひとりで、そうだよね、いいよねって自問自答していましたから(笑)。この曲はのちにシングルカットされたという事は、やっぱりみんないいと思っていたという事だったんだと思います。

※この対談の完全版は『OTONANO』太田裕美特設ページで公開中

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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