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角松敏生 30年間の想いが結実 「どうしても録り直したかった」インストゥルメンタルアルバムとは?

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
5月12日神奈川県民ホール

'87年のインストの名盤『SEA IS A LADY』。しかし角松は自分のギタープレイに納得していなかった。「いつか落とし前をつける」

1970年代後半から1980年代前半、好景気が続きバブル期に向かう日本の音楽シーンは、時代の気分とでもいおうか、フュージョンがブームになっていた。フュージョンバンドが次々とデビューし、ミュージシャンがCMに出演したり、テレビ番組やニュースのお天気コーナーでフュージョンのインストゥルメンタル(歌が入っていない音楽)が使用される事が増え、フュージョンはお茶の間まで浸透していった。しかしブームは長続きせず、バンド、ミュージシャンは徐々に淘汰されていった。そんなブームが下火になっていく中の1987年、一枚のフュージョンの名盤が誕生した。角松敏生の『SEA IS THE LADY』だ。超売れっ子シンガー・ソングライター、プロデューサーとしてスポットを浴びていた角松が、全編インストゥルメンタルのアルバムを作ったという事で、大きな注目を集め、このジャンルの作品としては異例の10万枚を超える大ヒットになった。角松はシンガーである前に、フュージョンギタリストである。それはライヴを観ればわかるが、カッティングやストロークだけでなく、ギターソロも存分に聴かせてくれる。そんな角松のギターをフィーチャリングしたインストゥルメンタル作品が『SEA IS A LADY』であり、『LEGACY OF YOU』(1990年)だ。

角松は当時の自身のギタースキルに納得していなかった。だからいつの頃からか『SEA IS A LADY』をリカバリーしたいと思っていた。落とし前をつけたいと。それが『SEA IS A LADY2017』(5月10日発売)だ。このあたりの事情は同アルバムに付属している“詳しすぎるセルフライナーノーツ”に詳しいが、改めて今作を作った思い、今の音楽シーンについて、音楽の作り方の変化に至るまで、本人に話を聞いた。

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角松は1981年にデビューシングルとアルバムを同時リリースし、デビューした。しかしデビューアルバム、2ndアルバム共に詞・曲は手がけているものの、その他の部分では角松の意思は反映されず、本人曰くレコーディングは「見物状態だった」という。「アマチュア時代からギターを抱えて歌うスタンスでやっていたので、デビューがシンガー・ソングライター、歌に重きを置いたスタイルだったので、最初は戸惑いました。なにしろプロになって、売れてスターになるという発想は一切持っていなかった」と、ギタープレイヤーであり、プロデューサー気質である本人がやりたい事と、レコード会社、マネージメントがやらせたい事の乖離が大きすぎた。2枚のアルバムはセールス的にも今ひとつだった。

「当時フュージョンブームは完全に下火だったが、”夏・海・インスト”と完全にカテゴライズすれば売れると思った」

そして、背水の陣で臨んだ3rdアルバム『ON THE CITY SHORE』(1983年)では、セルプロデュース、セルフアレンジで全て自分でやるという、角松の意見が取り入れられた。以後このスタイルが定着し、アルバムも大ヒットした。この作品では角松はギタリストとして積極的にレコーディングでギターを弾いた。「何度もやり直しながら自分が納得のいくテイクが録れた時は嬉しくて、今度はそれを形にしてみたいと思いました」と、このアルバムでのギタープレイが『SEA IS A LADY』の起点となっている。結果を出した事で、当然その後は「野放し状態になって(笑)」、しかし次々とヒット作を世に送り出し、杏里など他のアーティストへの楽曲提供やプロデュースの依頼が殺到した。

『SEA IS A LADY』(1987年7月1日発売)
『SEA IS A LADY』(1987年7月1日発売)

そして1987年、角松はひとつのマーケティングアイテムとして、インストアルバム『SEA IS A LADY』を出す事を決めた。「みんなが歌い手だと思っていた人が、ギターしか弾かないというのは面白いんじゃないかと。当時ギターフュージョンは完全に下火でしたが、夏、海がテーマと明確にカテゴライズすればウケるはずだと思いました。そして「SEA LINE“RIE”」というように、曲のサブタイトル女性の名前を付けたり、そういうギミックを色々混ぜて、夏向きとハッキリ位置づけた」事が見事にハマり、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いだった角松の人気も手伝い、インストものとしては異例のヒットになった。しかしこのアルバムがきっかけで角松ファンになったという人も多い。ちなみに『SEA IS A LADY 2017』では女性の名前は空欄になっている。これは「時代を感じさせる名前で、古いんです(笑)。その時はギミックで興味をもたせようとやった事で。だから『~2017』では好きな人の名前を入れて下さいという思いを込め、空欄にしました」と教えてくれた。

盟友の名ベーシスト、故・青木智仁さんと温めていたインストアルバム企画。封印を解き、様々な状況が重なりやっと形に

『SEA IS A LADY』では確かにギターを弾いているが、本人的には「歌手がただギターを弾いているだけ」と自身のスキル、完成度に満足していなかった。しかしこういう作品が売れたら面白いと発売した作品が大ヒットとなり、「だから半分嬉しかったのですが、半分は複雑な気持ちでした」と、当時の複雑な胸中を振り返った。さらにこの作品を引っ提げてのツアーでも「ギターを弾くのは楽しかったのですが、歌わずにギターだけ弾く事がこんなに大変だとは思いませんでした」。いってみればギタリストデビューで、これまでに感じた事が緊張感があったという。ライヴは盛り上がったが「内心はヒヤヒヤしながら、でも虚勢をはってごまかしていました」と、この時の悔しさが糧となり、ギターのテクニック、サウンド構築の方法など、全てにおいてさらに磨きをかけ、本人もその完成度の高さに納得しているもう一枚のインストアルバム『LEGACY OF YOU』(1990年)へとつながる。

2016年12月、中野サンプラザ公演の最後に角松は、インストゥルメンタルアルバムの制作を行うと宣言した。これは角松バンドを長年に渡って支え、2006年に急逝してしまった名ベーシスト・青木智仁さんが、インストアルバムを作る事を角松に進言していたが、青木さんが亡くなってしまったことで、その想いを角松は封印していた。「確かに青木さんと2006年頃、オリジナルのインスト作品を作って、その中に『SEA IS A LADY』の収録曲のリテイクも入れようというアイディアを話していました」。しかし角松バンドのコーラスの卒業や改めて「ギターを練習したい」という思いが芽生えてきたことで、封印を解くことを決意した。

今、インストアルバムを出す理由。ベテランアーティストがオリジナルアルバムを発売し辛くなっている!?

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今インストアルバムを出す事について、マーケティングをした上での決断だと思うが、不安などはなかったのだろうか。「10年くらい前から、インストものを聴きたいという声が多くなってきていました。ただ音楽マーケットがこんな状況なので、すぐには手が出せず、でも40代、50代の人がちょっと余裕が出てきて、僕のライヴにも戻ってきてくれる人が増えたり、親父バンドを組んでいる人も多い今、それと僕のバンドメンバーの事情等、色々鑑みてこのタイミングで『SEA IS A LADY』をやろうと思いました。確かにこの時代にインストを聴く人がいるのかという思いもあったし、当時を知っている人には響くかもしれませんが、それ以外の人はどう捉えるのか不安でした」と、色々な事情や流れがひとつになり、今回のリリースに至ったが、そこには今の音楽シーンにおけるベテランならではの悩みも多い。「今の僕は、歌もののオリジナルを作るには、まだエネルギーが足りない。オリジナルを出すという事はものすごくリスキーな事で、特にベテランアーティストはオリジナルを発表できていない人が多い。これはわかりやすい話で、オリジナルを出すより、昔の曲をやってツアーをやったほうがビジネスになるから。ベテランになればなるほどいいもの作らなければいけない。でもいいものを作れば作るほど損をする時代なので、どうしてもそういう方向に行かざるを得ない。幸い僕の元には、ファンからオリジナルを作って欲しいという声が届いているので、その声に応えるためには、お客さんとの温度を徐々に上げていかなければいけないので、今回の企画がハマったと思う」と胸の内を吐露した。

「やり直したいという情念が強い分、オリジナルを作るよりも、苦労、苦心した」

『SEA IS A LADY 2017』(5月10日発売)
『SEA IS A LADY 2017』(5月10日発売)

『SEA IS A LADY』が他のインストアルバムと一線を画しているのは、シンガー・ソングライターとして活躍していた角松が作ったインストゆえに、どの曲もポップなメロディで、メロディラインにしっかりと起承転結を感じる、いわば“歌詞が存在しない歌モノ”である事だ。だから聴きやすくて、間口が広く、聴く人を選ばない魅力がある。そして角松のギターはもちろん、鉄壁のリズム隊が弾き出すリズムを存分に楽しめるのもインストアルバムならではだ。そんな名盤を、現在の角松のツアーバンド、最強布陣で再録音したのが『~2017』だ。「アレンジはそのままで、キーワードは“おふくろの味”です。おふくろの味というのは、どんなに腕がいいシェフでも再現は不可能で、でもそれは単純に“思い出”という名前のマジックスパイスがかかっているからで。だから大概セルカバーはオリジナルを超えられないという人がいますが、それはそうで、その時聴いていた人の年齢とか状況、季節、背景、恋をしていたかどうかとか、そういうことがひとつの総合的なバイブレーションとなってその曲と出会うわけですから、音楽と思い出の結びつきというのは特別なんです。だから1987年当時の思い出と音は大切にして欲しいと思いますが、僕はどうしても録り直したかった。やり直したいという強い情念があって、今回、普通にオリジナルアルバムを作る以上に苦労、苦心して、相当なエネルギーが必要でした」。それぞれ色々な思い入れがあり、感じ方も色々だとは思うが、30年経ち、その濃厚なキャリアがもたらしたミュージシャンとしてパワーアップ、成熟した今だからこそ出せる音、テクニックが詰まった『SEA IS A LADY2017』は、角松とミュージシャンの漲るエネルギーで満ちている。音が豊かになり、ギターを楽しんで弾いているのが伝わってくる。おなじみの「OSHI-TAO-SHITAI」は「聴きたい人だけ聴いてくれれば(笑)」と言うが、一発録りのスタジオライヴ、なんと約14分という収録時間で、凄腕ミュージシャン達の素晴らしいプレイが堪能できる。新曲も収録され、“安定感”と“新鮮さ”の両方を感じさせてくれる。「30年に渡るギター探求の総決算というか、僕なり集大成がここにはあるといっても過言ではないです」。

今の音楽シーンの状況、音楽の聴き方の多様化に作り手はどう対応していくのか

今、音楽の聴き方も多様化してきて、例えば『SEA IS A LADY』は当時は、車の中のマストアイテムだった。しかし今はどうなのだろうか。若者の車離れがニュースになったり、ダウンロードやストリーミングサービスを利用して、スマホで聴く人が圧倒的に多くなったり、聴き手の音楽の聴き方を、作り手はどう感じているのだろうか?「音楽の聴く場所や環境がどんどん変化してきて、今や家のコンポで聴いている人というのはもう音楽マニアしかいないと思います。今は外に音楽を持ち出して聴く時代。外というのは屋外という意味の他に、例えば何もしないで聴くというより、お酒を飲みながら聴いたり、テレビの音を消して、音楽を聴きながら観るとか。そうすると不思議なもので、音のほうに集中してくるんです。外からの刺激と一緒に音を聴いていると、音のほうが勝つんです。これが音の力だなと改めて思います。スマホにイヤホンでとか、スピーカを繋いでとか、今は性能がいいヘッドフォンもたくさんあるので、そういう聴き方で、昔とは明らかに違います。だからそこに照準を合わせる必要はないけど、でも作り手は、その音楽がどこで聴かれてもいいように、絶対にいい音で作らなくてはいけない」。メディアの多様化、聴く環境の変化により、音へのこだわりはさらに必要になってきているのかもしれない。

では、ストーリー性を考え、作り上げるアルバムの概念は、このデジタル配信全盛時代ではどう変化していっているのだろうか。「時代が変わってしまったので、ああだこうだ言ってももう遅いのですが、今の流れを考えると、アルバムの収録曲の数が多いと思います。トータルで聴いて欲しいと思うなら、多くて8曲、40分が限界だと感じています」。これも聴く人によって個人差があるとは思うが、世界的にはダウンロードやストリーミングサービスを利用し音楽を楽しむ事が主流になり、当然日本もそうなっているが、まだCDが売れている稀有な国で、音楽を聴く環境の変化等、色々な状況の中で、アルバムの“尺”というのは、ひとつ考えてみるべきポイントなのかもしれない。

角松敏生のギタリストとしてのキャリアの集大成、そしてミュージシャンとしてのこだわりと情念が詰まった『SEA IS A LADY2017』は、確実に次世代に残り、多くの人に影響を与える一枚になるはずだ。

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<Profile>

1981年6月シングル「YOKOHAMA Twilight Time」、アルバム『SEA BREEZE』でデビュー。その心地よいサウンドは多くの人々の共感を呼び、時代や世代を越えて支持されるシンガーとしての道を歩き始める。中山美穂や杏里など、アーティストのプロデュースや楽曲提供も数多く、またAGHARTA(アガルタ)としての活動では「WAになっておどろう」の国民的ヒットも生み出している。2014年3月角松の幅広い音楽性が1曲に組み込まれたプログレッシヴ・ポップアルバム『THE MOMENT』が話題となった。2016年7月、横浜アリーナで行ったデビュー35周年ライヴ「TOSHIKI KADOMATSU 35th Anniversary Live 〜逢えて良かった〜」では、6時間にも及ぶ圧巻のパフォーマンスを見せ、大成功させた。2017年は 『SEA IS A LADY 2017』を発売し、全国ツアー『TOSHIKI KADOMATSU TOUR 2017 “SUMMER MEDICINE FOR YOU vol3”〜SEA IS A LADY〜』が、5月12日の神奈川県民ホールを皮切りにスタートした。

角松敏生オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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