【気になる新人】瀬川あやか「誰かの力になりたい」――メジャーデビュー後も看護師を続ける強い想い

1/13Shibuya eggman

とにかく明るくて笑顔が素敵で、しっかりとした“芯”を感じさせてくれる新人――そうじゃないときっと看護師とシンガー・ソングライターの両立なんて不可能だろう。“二刀流”として、昨年の6月のデビュー以来注目を集めているシンガー・ソングライター瀬川あやかの1stアルバム『SegaWanderful』は、そんな彼女の「誰かの力になりたい」という、彼女の大部分を形成する強い想いが込められた一枚。強さと優しさ、せつなさ溢れ、清々しく等身大の彼女を感じる事ができる。瀬川あやか24歳。メジャーデビューしてもなお看護師を続け、歌を届ける理由とは?

「看護師とシンガー・ソングライター、やりたい事を仕事にさせてもらって、本当にありがたい」

――看護師とシンガー・ソングライターの二刀流をメジャーデビュー後も貫いていますが、正直、時間的にきつくないですか?

瀬川 病院での時間を調整していただいて、今も続けられている状況ですが、やはりメジャーデビューしてからはシンガーとしてもっと成長したいという気持ちが強くなっています。

――そうですよね。たまたまやり事が二つあって、それがたまなたま看護師とシンガー・ソングライターだったという事ですよね。それで両方続けていくにはどうすればいいか、というところから生活の全ての事がスタートしていて、メジャーデビューしてアーティストとしての向上心と、看護師としての向上心、その両方に自分で応えようとすると体力的も、精神的もかなりハードになりそうです。

画像

瀬川 続けていきたいとは思っています。今まで応援してくれていた人からも、初めて会う方からも「メジャーデビューしたコ」という見られ方をすると思うし、スタートのハードルが高くなったプレッシャーは感じています。でもだからこそ「やってやる!」という強い気持ちにもなれます。家にいる時に曲が浮かんできて、「今書きたいのに~」と思いつつも、もう病院に行く時間だったり、そういう時は「あ~」って思いますが、自分だけが特別だとは全く思っていなくて。バイトを掛け持ちでやっている人、働きながら子育てしている方も大変です。だからそこはやるしかないんだと思っています。やりたい事を仕事にしてやらせてもらっていて、本当にありがたいと思います。

――看護師という仕事をやりながらの方が、逆に曲が書けたり。

瀬川 助けられる部分はたくさんあります。看護師でもある部分も含めて曲を書いていると、やっていてよかったなと思う事の方が多いです。

「いつも私の歌が少しでも誰かの力になる事ができればと思っているのに、私の方が患者さん、ファンの皆さん、スタッフさんから力をもらっている」

――ライヴを観たり、曲を聴かせていただいていると、瀬川さんがそれこそ患者さんと話をしている姿や、職場でいきいきと働いている姿、その時の空気感のようなものが、ダイレクトではないかもしれないけれど、反映されている気がします。その歌を聴いて元気や勇気をもらって救われる人も多いと思います。

画像

瀬川 そこを目指してやってきたので、そう言っていただけると嬉しいです。「自分と向き合いたい時こそ、殻にこもっているのではなく、人と関わりなさい」とよく言われてきました。患者さんやファンの方、スタッフさんと話していると、自分が元気を与えたいのに、いつもこちらがもらってばかりいてすみませんという感じです。ライヴをやっても、ファンのからエネルギーをいただいて、持って帰るものの方がいつも多くて、申し訳ないなと思います。

――北海道の富良野市の出身ですが、小さい頃から歌手になりたいと思っていたのですか?

瀬川 歌う事はずっと好きでしたが、でも「こんな田舎じゃ無理だな、マックしかないし」と、全ての事を住んでいる町が田舎すぎるというせいにしていました(笑)。 

――富良野から旭川の高校に毎日2時間かけて行っていたそうですね。

瀬川 はい。高校入試の時も、卒業して東京の大学に行く時も、先生に「お前は無理だ」っていつも反対されていました。学力不足という点は否めないですが(笑)、今思うと、一度言い出すときかない性格を利用した先生の戦略だったかもしれませんね。無理と言われたら、余計に燃えてなんとかしようとするというこの性格を(笑)。

「女性シンガーの歌ばかり聴いてきた。洋楽を一切聴いてこなくて、バンドも未経験。でも今バンドでやるのが楽しい」

――高校時代は何を聴いていました?

瀬川 洋楽は一切聴かなくて、J-POPばかりでした。しかも女性シンガーが好きでした。大塚愛さん、奥華子さん、いきものがかりさんなどです。

――洋楽に全然通ってきていない人も、最近のアーティストには多いですよね。

瀬川 今敢えてコンプレックスは?って聞かれたら、洋楽を通ってきていない事ですと答えます。

――女性シンガーの影響が大きいんですね。

画像

瀬川 そうですね、バンド未経験なのも、その影響だと思います。でもこうやってライヴを経験していくと、バンド楽しい!って思ってきて。一人でアコギでやるのとはこんなに違うんだと毎回新鮮です。最近はライヴをやるごとに、バンドでやりたい事が増えてきて、「この前のああいう感じの音は、ここに入れる事ができますか?」って、自分の引き出しが多くなっていくと、音作りに参加できるので楽しいです。

――女性ボーカルンのバンドも聴いていなかった?

瀬川 女性ボーカルの方が歌詞を書いているものも聴いていました。

――やはり歌詞重視?

瀬川 いつもちゃんと歌詞カードを見ながら聴いていました。

――瀬川さんが曲を書く時も詞先ですか?

瀬川 昔からそうです。元気な曲を書きたいなと思った時は、部屋の中でメトロノームを早いテンポで流しながら作ったりします。

――普段から気になる言葉や文章をスマホにメモったり、詞の事を考えている感じですか?仕事中に思い浮かぶ事もありますか?

瀬川 いつも考えています。でも仕事中は歌詞を探す感じではなく、色々な人と話をしている時に「こう思うんだ…なるほど……忘れないようにしなきゃ!書きたい!」」という気持ちになります(笑)。

――言葉がリズムを引っ張ってきてくれますよね。

瀬川 そうですね、一文字増やしたり削る事で、曲の印象が全然違ってきますし、基本的に言いたい事がたくさんあるからか(笑)、詞が完成したらまず事務所の社長に送るのですが、よく「言葉がつまり過ぎ」と言われます。譲れない部分ももちろんありますが、削る事の方が多いですね(笑)。

――瀬川さんの歌は最後に必ず救いがありますよね。

瀬川 自分が歌う意味は、辛い思いをしている人が聴いてくれた時、その辛さの感じ方が変わってくれればいいなという事で。私のライヴを観てくれた後も、次の日あたりに「あんな小娘でも頑張っているんだから俺もやってみるか」とか「私も頑張ってみよう」って、少しでも思ってくれたらいいなと思い、歌っています。

――最後に必ず救いがあって、そういう歌を耳に残る声と、歯切れのいい歌い方で聴き手に届け、たくさんの人が救われていると思います。歌が看護師の時の瀬川さんの力になっているし、看護師の時の瀬川さんの部分が、歌に力を与えていると思います。

瀬川 ありがとうございます。両方とも続けて行きます。

1stアルバム『SegaWanderful』に収録されている「妄想スニーカー」のMUSIC VIDEOで、瀬川が披露している、“恋ダンス”ならぬ“妄想ダンス”が、今SNS上で「かわいい」と徐々に話題になっている。「曲が共感できる」という声と共に“妄想ダンス”が注目され、ライヴでも盛り上がりそうな一曲だ。記念すべきデビューアルバムを引っ提げて、東京、大阪、そして地元・北海道を回る全国ツアーも控えている。

「1stアルバム『SegaWanderful』には瀬川あやかの原点が詰まっている」

――メジャーデビューが決まってから、自分の中で未来予想図というのは描きましたか?

瀬川 理想はたくさんありましたが、正直イメージが湧かないです。一枚出してダメだったら終わりなのかなとか不安ばかりだったので、色々なアーティストさんのリリースの仕方、ヒストリーをチェックしました(笑)。

――3月15日についに1stアルバム『SegaWanderful』を発売しましたが、“名刺代わり”になる1枚目のアルバムは、こういうアルバムにしたいなと思っていた通りのものができましたか?

1stアルバム『SegaWanderful』
1stアルバム『SegaWanderful』

瀬川 思っていた以上のものができたと思います。今回の作品の収録曲を決める時、私とスタッフさんの意見がほぼ同じで、割とスムーズに決まりました。全部メジャーデビュー前に書いた曲ですが、1stアルバムは瀬川あやかの原点になる曲達を揃えて、私という人間を知ってもらいたいと思っていたので、そう考えるとこれかなという共通した思いが、私にもスタッフさんにもあったのだと思います。

――アルバムの最後の曲「未熟なうた」の歌詞には「誰かの力になりたい」とあるように、誰かの心に寄り添うという“決意表明”をしていますよね。

瀬川 この曲はライヴで「自己紹介ソングです」と紹介して歌っていますが、このタイトルからしてそうですが、私は基本的にネガティブで自信がないので、でもやりたい事があって、やれることがあると信じていて。大きな声では言えませんが、「私の歌で感じ方が少しでも変わるといいな」という歌を書く事によって、最初は自分を励ましていました。何があってもいつでもこの気持ちに戻ってこれるように、まずこの曲を書かなければと思って。最初に書いた曲は「妄想スニーカー」でしたが、初心に戻れる曲が欲しいなと思いました。

――オープニングナンバーの「妄想スニーカー」はどポップで、とにかく色々なタイプの曲が収録されていて、「瀬川あやかの原点の曲を集めたアルバム」と言っていましたが、いい意味ですごく“人間くさい”一枚ですよね?名刺代わりという意味では、わかりやすいと思いました。

瀬川 いい意味でとっ散らかったアルバムにしたかったんです。2曲目の「夢日和」と3曲目「声」があまりにも違うように…。

――今まで精力的にライヴを重ねてきて、こうやってアルバムが完成すると、もっともっとライヴをやりたくなるのではないですか?

瀬川 元々ライヴは好きですが、今までは音源化されていない曲ばかりやっていて、おなじみの曲とそうではない曲とではお客さんの反応が全然違うので、こうして音源化されると、もっと一緒に楽しめると思うので、一緒に口ずさんだり、踊ったりしたいです。

――アルバムをリリースして、それを抱えて全国ツアーをやるとまた音楽をはじめとして、色々な事に対する考え方や見方が変わりそうですね。

瀬川 そうですね、色々感じて色々思うところが出てくると思います。

――「もう看護師の仕事辞める!」とか言い出したりして(笑)

瀬川 「私、変わりました!」みたいな(笑)。

画像

<Profile>

1992年4月27日生まれ、北海道・富良野市出身。5歳からピアノをはじめ、幼少の頃から歌手になる夢を抱くと同時に、当時看護助士をしていた母親の影響で看護師を目指す。2011年、看護師になるため上京。大学ではミスキャンパスコンテストで準グランプリを獲得。2015年2月国家試験合格後は、看護師をしながらアコースティックギターとキーボードの弾き語りで年間50本を超えるライヴをこなす。どんなことでもすぐにポジティブに変換させる天性の明るさと、伸びやかな優しい歌声が、”なぜか元気になれる”と、口コミで広がり、ライヴの動員を増やし続けてきた。“人の痛みや辛さはゼロにはできないけれど、 明日の辛さの感じ方が少しでも軽くなったら…”という想いを抱え、昼は看護師として、夜はシンガーとして、明日への元気と心の栄養を処方する。2016年6月15日に「夢日和」メジャーデビュー。3月15日には1stアルバム『SegaWanderful』をリリース。

瀬川あやかオフィシャルサイト