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ライヴの醍醐味は生身の人間が繰り出す生の音――”音の職人”のライヴを観て、改めて感じた事

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
角松敏生35周年記念ライヴ 7/3横浜アリーナ

先日、“音の職人”のライヴを立て続けに観て、やっぱりライヴの醍醐味は豪快かつ繊細な“生音”の良さだなと再確認した。ライヴビジネスが盛り上がりをみせている中、色々なライヴが日々繰り広げられ、それぞれのライヴにそれぞれの楽しみ方があるわけだが、やはりアーティストと凄腕ミュージシャン達が一体となって放つ音の素晴らしさは格別だ。グルーヴという名の“ノリ”を心と体で感じ、それが感動に変わっていく。“音楽は音を楽しむこと”、とよく言われている。確かにそうだが、音楽の“楽”は元々は“楽器”という意味もある。楽器を自在に操り、素晴らしい音を作り出すミュージシャン達の才能とエネルギー、それをまとめるアーティスト。そこから生まれる一体感ある音が客席へ放たれ、誰もがその音に心躍る瞬間が、会場全体の一体感となり、深い感動をもたらす。至極当たり前のことを書いているが、なかなかそういう感動は体験できない。でも、7月2日の角松敏生のライヴと、3日のさかいゆうのライヴは、二人とも“音の職人”らしい素晴らしい音と歌で、ファンを満足させていた。

角松敏生
角松敏生

まずは7月2日(土)、角松敏生のデビュー35周年記念ライヴ『TOSHIKI KADOMATSU 35th Anniversary Live~逢えて良かった~』を、大規模改修工事を終えたばかりの横浜アリーナで観た。立ち見も出るほどの盛況ぶりで、約12,000人のファンが角松の音楽に酔った。角松の5年ごとの周年ライヴは、横浜アリーナが恒例になり、公演時間が長いのもおなじみになっている。この日は途中休憩30分も含め、なんと約6時間のライヴ。これも角松のファンへの感謝の気持ちの表れだ。

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ステージ上には20名を超える、凄腕のミュージシャン達で構成されている角松バンドが勢ぞろいし、それだけで壮観だ。ファンはこの角松バンドが繰り出す素晴らしい音を楽しみにしてきている。チケット代10,800円も決して安くはないが、それは素晴らしいライヴを観せてくれる、角松敏生というアーティストへの“信用”でもある。

角松は1981年にデビューして以来、とにかく音にこだわり、理想を追い続けている。そこはどんなに時代が変わっても揺るがない。だから角松のファンは耳が肥えている。レコーディングではその時最高のミュージシャンを起用し、最高の機材を使い、国内外の最高のミキサーを起用し、そうして作り上げた音をパッケージしていた。それをライヴで表現する。だからCDとライヴは別物という考えではない。まずは作品ありき、ライヴはその次という考え方、時代だった。

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この日は、もちろん新旧織り交ぜたセットリストで40曲を披露。3月にリリースした、デビューアルバム『SEA BREEZE』のリミックスアルバム『SEA BREEZE 2016』を、曲順通りに再現するコーナーもあった。このアルバムは、当時のそうそうたる顔ぶれのミュージシャンのトラックはそのままで、ボーカル部分だけを歌い直したものだ。当時レコーディングに参加したドラムの村上“PONTA”秀一も登場。ドラムは村上の他にも、今最も忙しいドラマーの一人、玉田豊夢、注目の若手・山本真央樹が競演。それぞれが素晴らしいプレイでファンを喜ばせていた。ギター、ベース、キーボード、ホーンセクション、パーカッション、コーラス、合わせて総勢20名を超える腕利きのミュージシャンたちが、角松と一体となって、ほれぼれする音を聴かせてくれた。また「Get Back to the Love」では総勢98名のクワイアが登場し、圧巻の歌で観客を圧倒し、大きな感動を残した。声という楽器のパワーを見せつけられた。

角松の周年ライヴで思い出すのは、やはり他界してしまった角松バンドのメンバーの事だ。いつもみんな本当に楽しそうに演奏し、ライヴを楽しんでいた。’06年、ベースの青木智仁氏、’07年、ギターの浅野“ブッチャー”祥之氏、そして’13年と昨年、コーラスを務めていた高橋ジャッキー香代子氏、小島恵理氏という、角松バンドを支えていたミュージシャンを相次いで失ってしまった、角松とファンの喪失感は計り知れない。この日感じさせてくれたグルーヴも、決して一朝一夕で出来上がったグルーヴではない。これまで角松と関わってきたミュージシャンとファンとがライヴを重ね、作り上げてきたものだ。芳醇で、変わらぬカッコ良さ感じさせくれる35周年だからこその音を聴かせてくれた。

■参加ミュージシャン

<Dr>村上"PONTA"秀一・玉田豊夢・山本真央樹 <B>山内薫 <G>梶原順・鈴木英俊 <Key>小林信吾・友成好宏・森俊之<Per>田中倫明・大儀見元 <Sax>本田雅人 <Tb>中川英二郎 <Tp>西村浩二・横山均<Cho>チアキ・凡子 ・片桐舞子(MAY’S)・為岡そのみ・vahoE・鬼無宣寿<ゲスト>吉沢梨絵

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角松敏生の6時間ライヴの興奮が冷めやらぬその翌日、7月3日(日)昭和女子大学人見記念講堂で観たさかいゆうのライヴも圧巻だった。さかいゆうも角松同様、レコーディング、ライヴではミュージシャンに徹底的にこだわり、理想の音をとことん追求している。

この日は2月にリリースした4枚目のフルアルバム『4YU』を引っ提げた全国ツアーのファイナル。『4YU』はジャズ、ファンク、ソウル…様々な音楽が内包されていて、参加するミュージシャンは自ずと高度な技術と、彼が追求する“グルーヴ”が求められる。それはライヴにおいても同じだ。さかいはかなり高いレベルの演奏をミュージシャンに要求する。

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この日のバックには、ベース種子田健 、ギター柴山哲郎 、ドラムス望月敬史 、キーボード Pochi 、コーラス 吉岡悠歩、高宮マキ、という名うてのミュージシャンが揃った。そこにさかいの超絶テクのピアノが加わる。1曲目の『4YU』のオープニングナンバーでもある「SO RUN」のイントロが始まった瞬間から、鳥肌が立った。さかいのボーカルと、バンド全体から生まれるビートに、そこにいた全員が心を躍らせた。原曲に近いライヴアレンジの素晴らしさと、寸分の狂いもないアーティストとミュージシャンとの一体感が生み出すグルーヴのカッコ良さ、得も言われぬ心地よさは、一度味わってしまうとクセになる。

アルバムからはもちろん、さかいの「血となり肉となっている」名曲のカバーも披露。原曲のアレンジをリスペクトしながらも、さかい流のカッコよさをプラスし、印象的な仕上がりに。 Prince「Purple Rain」のカバーでは、さかいと、コーラスの2人が交互に力強く感情的に歌いあげ、その圧倒的なボーカルとハーモニー、柴山の超絶ギターソロの素晴らしさに客席は息を飲み、拍手が鳴りやまなかった。

角松とさかいの共通しているところは、ボーカル&コーラスの歌の力、そして凄腕ミュージシャンが放つ音の力、それが“極上”のライヴを創りだしているところだ。そう、一見シンプルではあるが、実は凄いワザを駆使しているのだがそれを感じさせずに、凄い事をやってのけているプロフェッショナルだ。ミュージシャンの腕の見せどころでもある「間奏」も、両者とも観どころ、聴きどころだ。楽器と楽器とが”掛け合い”、グルーヴが生まれる。聴き手のテンションも上がってきて、自分の血が、ビートとリズムに乗って体中を巡っていくような感覚になる。山下達郎のライヴもそうだ。映像を使わず、歌と音だけの、余計なものを削ぎ落した約3時間のショウ=ライヴで、大きな感動を与えてくれる。

さかいゆう
さかいゆう

音楽を聴くメディアも色々登場し、聴き手が音楽を聴く環境も大きく様変わりしてきた。音楽をスマホでしか聴かない人もいる、イヤホンにこだわってイイ音を追求している人もいる、家でスピーカーでしっかり聴いている人もいる。聴き方によって全く違う音が耳の中で広がっているわけだが、その音がその人のスタンダードで、いい悪いはない。でも少しでも音楽に興味があるならば、”いい音”とはどういうものなのかを追求して欲しい。特に若い人には角松やさかいのように、生身の人間が繰り出す生の音にこだわった、“本物の”ライヴに足を運んで、その迫力のエンタテイメントと音の色彩美を目の当たりにし、”いい音”、いいライヴを体感して欲しい。目から鱗が落ちて、より音楽にハマってしまうこと確実だ。

角松敏生オフィシャルサイト

さかいゆうオフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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